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ストレート、ノー・チェイサー|ミュージカルや映画から名曲を借りたジャズ【ジャズ耳養成マガジン JAZZ100年】第13巻より

文/後藤雅洋

ジャズに親しみだすと、最初に気になるのが「専門用語」です。なるべく難しい言葉を使わないで説明しようと心がけていても、どうしても避けられないいくつかの用語のうち、みなさんがもっとも気になるのが「スタンダード」という言い回しではないでしょうか。

私もジャズ入門のころ、周りの「ジャズ友」たちが「あれはスタンダードだからね」などと囁きあっているのを小耳に挟み、「よくわからないけど、通っぽいな」と内心思ったものです。それだけに誤解も多く、「スタンダードの意味を正確に理解していれば、ジャズ・ファンとして一人前」などともいわれています。

いちばん多い誤解は「スタンダードという曲がある」と思われることですね。「エッ、それじゃあ、あれは楽曲のことじゃないの?」と当然の疑問が出されることでしょう。

ひとつひとつご説明いたします。まず、「スタンダード・ナンバー」というのは「ブルース」や「ゴスペル」のように楽曲の種類や音楽スタイルの名称ではなく、しいて言えば「状態」の呼称なのです。日本語に訳して「定番曲」といえばわかりやすいでしょう。多くのミュージシャンたちによって繰り返し演奏され続けている楽曲、つまり「定番演奏曲」が、スタンダード・ナンバーなのです。

ということは大ヒットした曲でも、それが一時的だったり、特定のミュージシャンしか演奏しないような楽曲は、「ヒット曲」あるいは「人気曲」で、「スタンダード」とはいいません。つまりどんな楽曲でも、誕生した時点でスタンダードということはありえないのです。あえていえば、「スタンダード曲に育つ」ということなのですね。

■「出来合い」の曲を「新しい」曲に

では、具体的にどんな楽曲がスタンダードになるのでしょう。大きくふたつに分かれます。その第一はジャズの特徴をよく表していると思うのですが、「借りもの」です。「借り先」はまず、ブロードウェイ・ミュージカル。そして映画の主題歌や挿入歌。アメリカでは最初にミュージカルとして上演され、それが映画化されることも多いので、両者から「借りる」ということもありますね。第12号「映画とジャズの出会い」で紹介した『ウエスト・サイド物語』の挿入歌「トゥナイト」などが典型的。極端な例では、マイルス・デイヴィス(トランペット)などの名演で知られる「枯葉」も、最初はバレエのために作曲され、のちにイヴ・モンタンによって歌われたシャンソンなのです。

ところで、なぜ「借りること」が「ジャズ的」なのでしょう。これはジャズが誕生した状況に関係しています。奴隷として強制的にアメリカ合衆国に連れてこられたアフリカン・アメリカンは、自前の文化、伝統から切り離され、他の音楽のように「その音楽のための楽器」、たとえば邦楽の三味線や琴、あるいはインド音楽のシタールのような専用楽器がない。そのかわりに第8号「ジャズ史1」で説明したように、南北戦争後に南軍軍楽隊の払い下げ楽器を「借りて」(実際は安く買って)自前の音楽を作り上げたのです。

そしてジャズマンたちは、「借り先」であるヨーロッパの音楽原理「平均律」に調律されたトランペットやクラリネットから、魅力的でエキゾチックな「ジャズ」を生み出しました。つまり楽器は「借りもの」でも、そこから彼らはまったく「新しい音楽」を作り出したのです。同じように、黒人ジャズマンは白人たちの楽曲を使って、それをじつに魅力的な「ジャズ」として演奏し直したのです。

これは第3号「聴き比べこそジャズへの近道」で説明した、「何をやるか」ではなく、「どうやるか」がジャズの肝、という話に繋がりますね。この「出来合いのものから個性を引き出す」というのはじつにジャズ的な感覚で、こうしたよい意味での「場当たり的」な発想が、ジャズならではの特徴である「即興性」にも通じるのです。

さてここで「ティン・パン・アレー」という、またもや聞き慣れない専門用語を紹介します。愚直に訳せば「ブリキ鍋の通り」、まったく意味がわかりませんね。これはニューヨークの小道の名前で、ブロードウェイと6番街に挟まれた位置にあり、19世紀末、この通り沿いに楽譜の出版社が多数集まっていました。

当時はまだレコードより楽譜出版が音楽ビジネスのメインで、そうしたオフィスでは楽曲を作ったり、作曲家がエージェントに新作を聴かせるため、常時ピアノの音が鳴り響いていたのです。その音があたかもブリキの鍋を叩いたように賑やかだったので通りにこうした名前が付き、転じて、そこで出版されたブロードウェイ・ミュージカルの楽譜や作曲家たちのことを「ティン・パン系」などと称するようになったのです。つまりスタンダードとティン・パン・アレーは切っても切れない関係にあるのです。

ティン・パン・アレーの代表的作曲家としては、有名なオペラ『ポーギーとベス』の作曲者、ジョージ・ガーシュウィンがいます。彼はクラシックとジャズを融合させた作品「ラプソディ・イン・ブルー」の作者としても知られていますね。今号では『ポーギーとベス』の劇中歌「サマータイム」のほか、「バット・ノット・フォー・ミー」「サム・ワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」そして「ザ・マン・アイ・ラヴ」といった、ガーシュウィンの名曲を収録しています。これらの楽曲はすべて、スタンダードとして多くのジャズマンたちによって演奏され続けてきました。これは凄いことですね。

もうひとり有名なティン・パン・アレー系作曲家をご紹介すれば、収録音源「イエスタデイズ」の作曲者、ジェローム・カーンでしょう。第4号収録の「今宵の君は」も彼の作品です。そして彼は「それが演奏できなけりゃジャズマンじゃない」とまでいわれたスタンダード中のスタンダード「オール・ザ・シングス・ユー・アー」(第4号収録)の作曲者でもあります。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る

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