文/後藤雅洋

世間のみなさんにジャズならではの特徴を質問すると、多くの方々が「リズム」あるいは、「アドリブ」と答えます。そしてリズムは誰にでも実感でき、そのぶんアドリブよりわかりやすい。それだけリズムはジャズにとって重要な要素といえます。ロックだってリズミカルな音楽だとおっしゃる方もいますが、ロックンロールの歴史をひもとけば、その源流に黒人音楽であるリズム・アンド・ブルース(R&B)があり、そしてそのR&Bとジャズは親戚関係にあるのですね。

ジャズではもちろん全員がリズミカルに演奏しますが、そのリズムの肝を握っているのが今回のテーマ、ドラムスとベースなのです。とりわけ打楽器なのでリズム表現が明確なドラムスは、ジャズにおけるリズムの主役です。それを裏付けるように、トランペットはじめピアノやベースなど、ほとんどがクラシック用楽器からの転用であったジャズ楽器のうち、唯一「ジャズ専用楽器」がドラム・セットなのです。ちなみに「ドラムス」と複数形でいうのは、セットが複数のドラムでできているから。

そして演奏の動きが派手なため、ドラムスもまたトランペットと並んでジャズの花形楽器といえるでしょう。第12号「映画とジャズの出会い」で、石原裕次郎主演の映画『嵐を呼ぶ男』の話をしましたが、ヒーロー裕次郎に似合いの役柄は、やはりドラマーなのですね(「♪おいらはドラマー~」)。この映画にはふたりのドラマーが競い合う「ドラム合戦」のシーンがありましたが、昭和30年代、日本ジャズ界の大御所にして楽しい「ホラ話」で有名なジョージ川口や、同じく一時代を画した名ドラマー、白木秀雄らによって行なわれた華やかなドラム合戦は、ジャズの普及に大いに貢献しました。ちなみに、『嵐を呼ぶ男』の裕次郎の吹き替えを演じたのがこの白木なのです。そしてアート・ブレイキーやマックス・ローチといった来日ドラマーによる、さまざまな組み合わせのドラム合戦も盛大な人気を呼びました。

誰にでもリズムが明確に体感できるドラムスが、ジャズ演奏のリズム・キーパーであることは容易に理解できると思いますが、その役割はじつは多岐にわたっているのです。わかりやすい例はアート・ブレイキーでしょう。ご存じのように、彼は「ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」というグループのリーダーでもあります。つまり彼のドラミングは、リズム・キーパーとしての役割と同時に、バンド全体を統括する「司令塔」としての機能も担っている。

その結果、アート・ブレイキー率いる「ザ・ジャズ・メッセンジャーズ」の演奏からは、明らかに「ブレイキーの音楽」というテイストが感じ取れるのです。他方、第11号「ジャズ史④」に登場したピアニスト、デューク・ジョーダンの「フライト・トゥ・ジョーダン」のサイドマン、アート・テイラーのドラミングなどは、演奏を支える重要な役割こそ果たしているものの、とりわけ「アート・テイラーのカラー」というようなものは聴き取りにくい。

それは彼がサイドマンだから、という理由だけではありません。同じサイドマンでも、第3号のソニー・ロリンズ「朝日のようにさわやかに」におけるエルヴィン・ジョーンズなどは、たんなる「脇役」にとどまらない存在感を示しています。脇からドラミングでロリンズを煽っている。そしてソロでも他のドラマーとはひと味違う「個性」を発揮しているのです。

つまり、演奏を支える「職人的」ドラマーと、もう少し自己主張するタイプのドラマーに分かれるのですね。私はどちらのタイプも好きです。面白いもので、ノリの悪い演奏はたいていドラマーがいまひとつなのですね。ピアニストやホーン奏者がよい演奏をしていると、私たちの気持ちは彼らに集中しがちですが、そういう演奏は間違いなく職人ドラマーがいい仕事をしている。彼らのリズムは完全にピアニストやホーン奏者と一体になっているので目立ちにくいけれど、そのこと自体がメンバー全員の演奏を心地よく盛り上げているのです。

■進化しつづけるジャズ・ドラム

ドラマーのリズムは多彩です。モダン・ドラムの開祖といわれたケニー・クラークのおおらかなリズム。彼に続くマックス・ローチの正確無比なリズムに対し、ビート自体が波打つようなエルヴィン・ジョーンズのドラミングはまさに対照的。また、同じ煽り方でもアート・ブレイキーとロイ・ヘインズでは微妙にやり方が違う。こうしたドラマーの違い自体も面白いのですが、それら多様なリズムがフロントのホーン奏者たちと絡むと、本当にさまざまな「ノリ」が生まれ、それがジャズの醍醐味ともなっているのです

1960年代にマイルス・デイヴィス(トランペット)のグループで颯爽とデビューしたトニー・ウイリアムスのスピード感溢れるドラミングは、まさに新世代の息吹を感じさせました。そして60年代後半には、現在も活躍中のジャック・ディジョネットが華々しくシーンに登場しましたが、彼の色彩感のあるドラミングはドラムという楽器のイメージを変えるものでした。このように時代とともにジャズ・ドラムは進化し、その勢いは現在も続いているのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る

ワルツ・フォー・デビイ〜ジャズに親しむにはピアノ・トリオから

マイ・ファニー・ヴァレンタイン〜なぜトランペットは「ジャズっぽい音」か

朝日のようにさわやかに〜ジャズ入門の近道は「聴き比べ」にあり

チュニジアの夜〜テナー・サックスがジャズの花形楽器になった理由

センチメンタル・ジャーニー〜アルト・サックスという楽器の2つの魅力とは

イパネマの娘〜ジャズとラテン・ミュージックの深い関係とは

奇妙な果実〜ジャズ・ヴォーカルの特殊性とは?

シング、シング、シング〜南部で生まれた黒人音楽の影響

グルーヴィン・ハイ〜ジャズを変えたビ・バップ革命

木の葉の子守唄〜映画産業と戦争特需から生まれた“白人ジャズ”

クール・ストラッティン〜モダン・ジャズの完成形

死刑台のエレベーター ~ ジャズの〝新しい波〟

ストレート、ノー・チェイサー ~ ミュージカルや映画から名曲を借りる

ザ・サイドワインダー ~新しい波を起こした「ファンキー・ジャズ」

処女航海 ~ アドリブ手法を転換させた「モード・ジャズ」

ファイヤー・ワルツ 〜 ジャズの魅力は〝ライヴ〟にあり

ブルース・マーチ ~名演の陰に名ドラマーあり

ジャンゴ ~ エレクトリック・ギターの出現

スイート・ジョージア・ブラウン ~楽器の音色が演奏の〝温度〟を決める

リメンバー ~「B級」にこそジャズが匂い立つ

ラウンド・ミッドナイト ~個性のぶつかり合いから生まれるジャズ

フル・ハウス ~ジャズとブルースは兄弟として育った

ジャンピン・アット・ウッドサイド ~サウンドのビッグ・バンドと即興のコンボ

ア・デイ・イン・ザ・ライフ ~ミュージシャンとプロデューサーの役割分担

ヌアージュ ~ジャズが芸術音楽になるとき

この素晴らしき世界 ~男性ヴォーカルがわかれば「ジャズ耳」は完成

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2024年
4月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店