サライ責任編集・隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン『JAZZ100年』第5巻

文/後藤雅洋

前回、ジャズで使われるサックスはだいたい4種類であると説明しました。そして、いちばん音域の高いソプラノ・サックスは1960年代に、ジョン・コルトレーンがテナー・サックスのほかにソプラノ・サックスを使用したことによって、多くのファンの知るところとなりました。また、いちばん音域の低いバリトン・サックスは、ジェリー・マリガンやペッパー・アダムスなど、一部の優れた例外はあるにしろ、おおむねビッグ・バンドにおける最低音域を受け持つ、アンサンブル要員としての性格が強い。

結果として、上から3番目の音域を担当するテナー・サックスがジャズにおいて最初に脚光を浴びるサックスとなったのです。そして今回の主人公、上から2番目の音域にあたるアルト・サックスは40年代後半、チャーリー・パーカーの出現によって、ジャズ史に大きな影響を及ぼすこととなりました。

ここでもう一度、別の角度から、なぜ多くのサックスのうち、テナーとアルトがジャズにおいて主要な楽器となったのか考えてみましょう。

人間の耳にはちょうどよく聴こえる音域があります。それは人の声に相当する音域です。これは当然ですよね。人間にとっていちばん重要な聴覚情報は「言葉」ですから。

しかし、原始時代を生き抜いてきた私たちの祖先は自然の猛威、天候の急変や肉食獣の襲撃から身を守るため、それらの前兆と思われる音響を聞き分ける必要も生じていました。鋭い雷の炸裂音、地響きを立てて接近する大型動物の足音などですね。

結果、まずいちばん重要な情報を伝達する人の話し声、叫びを中心として、その上下の音域を聞き取る能力が身についたと考えられます。ということは、「相対的に聴き取りやすい音域」があるということですね。そしてそれが、おおむねテナー・サックスとアルト・サックスの音域とも重なるのです。

実際、いわゆるメロディ・ライン、旋律を聴き取るには、これらの楽器の音域がちょうど具合がよい。そして面白いことに、サックスのように人間の吹く息をエネルギー源とし、生身の人間が操る楽器のサイズもまた、ちょうどテナー、アルトあたりが扱いやすい大きさ、重量であるようです。実際、重くて吹く息も大量に必要とするバリトン・サックスをすばやく演奏するのは、たいへん難しい。

それではもう一歩突っ込んで、なぜテナーとアルトがあるのでしょう。念のために申し上げておけば、スモール・コンボ(7名ぐらいまでのジャズ・グループ)においては、アルトのほうがとりわけテナーより高い音域で演奏されるというわけではありません。音程だけで、どちらの楽器を演奏しているのかを判別するのはかなり難しいのです。

ビッグ・バンドのアンサンブル要員としての役割を離れてもなお、このふたつのサックスがジャズで主要な位置を占めたのは、それぞれ固有の持ち味があるからなのです。

■スピード感と情感がアルトの魅力

前回ご紹介したテナー・サックスは大きさが充分あるため、豊かでふくよかなサウンドが楽しめます。そして豪快さも。それに対し、若干小ぶりなアルト・サックスは、音色の豊潤さこそテナーに及ばないとはいえ、鋭さ、切れ味はテナーに勝る。

また、小柄で扱いやすいアルトは構造上、速い旋律も吹きやすく、結果として切れ味鋭くすばやい演奏を得意としたチャーリー・パーカーの出現となったのです。小型スポーツカーが曲がりくねった山道を軽快にすり抜けてゆく様をご想像ください。この「スピード感」はそのまま現代のジャズ、すなわち「モダン・ジャズ」の感覚に通じます。

そして興味深いのは、人の話し声にとても似た音色をもつアルト・サックスは、音楽の情感、表情を表現することにたいへん長けているのです。要約すれば、アルト・サックスをすばやく吹けばスピード感を、そしてゆったりと演奏すれば、音楽の情感、表情を豊かに表現できるのです。ですから、アルト・サックス・ジャズの聴きどころは、このふたつであると心に留めておいてください。

■特徴を決める音色とフレージング

ジャズ耳養成マガジン『JAZZ100年』5号では、天才的アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーの音楽と、彼の強烈な影響下にジャズマン人生をスタートさせたジャッキー・マクリーンを対比させつつ、多彩なアルト・サックス・ジャズの魅力を紹介していきます。

1920年生まれのパーカーはジャズの巨人ですが、優れたジャズ・アルト奏者は彼以前にもいます。最初の重要人物は07年に生まれ、パーカーよりはるかに長生きしたベニー・カーターでしょう。彼はビッグ・バンドにおけるサックス・セクションのアレンジで大きな功績を残しただけでなく、その華麗で明るいアルト・サウンドは多くのアルト奏者に影響を与えました。

そして奇しくも彼と同年生まれのアルト奏者、ジョニー・ホッジスはパーカー以前のもっとも重要なアルト奏者です。ホッジスはその個性的なアルトの音色によって、偉大なデューク・エリントン楽団で独自の地位を占めました。ヴェルヴェットのような艶を湛えたホッジスのサウンドは、官能的ともいえるフレージング、音の表情とともに、多くのファンを魅了したのです。パーカー以前のアルト奏者の人気では、おそらくホッジスが一番ではないでしょうか。

面白いことに、彼の艶やかな音色は、まったくスタイルの異なるエリック・ドルフィーにも影響を与えているのです。しかし、ドルフィーもまた初期は圧倒的なパーカーの影響下にあるなど、テナーのデクスター・ゴードンのケースと同様に、ここでも「音色」と「フレージング」それぞれ別系統からの影響がうかがえるのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

サライ責任編集・隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン『JAZZ100年』第5巻

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