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文/後藤雅洋

1日の仕事を終え、何かジャズでも聴こうかなというとき、私たちは無意識のうちに次のような選択をしているのではないでしょうか? たとえば、今夜はちょっと冷えてきたから身体が温まるような演奏を聴きたいな、とか……。これってじつは、晩酌のつまみは鍋にするか、それとも刺身にするか迷うのと似ていると思いませんか。

鍋や刺身の味はどなたもご存じでしょうが、ジャズ演奏のテイストは門外漢にはわかりにくいものです。もちろん〝ビ・バップ〟や〝ウエスト・コースト・ジャズ〟といった歴史的スタイルによる違いや、ピアノやトランペットといった楽器別紹介はすでにしてきましたが、「身体が温まるようなジャズ」などというきわめて感覚的な切り口での分類はまだですよね。今回のテーマはまさにそうした要求に応えるためなのです。

ところで、こうした発想は素人くさいと思っておられませんか? 違うのです。首までドップリとジャズに浸かったようなマニアは、むしろスタイルよりテイストでジャズを楽しんでいるものなのです。ですから、ジャズの演奏が与えてくれる多彩な感覚的味わいを実感していただくことは、「ジャズ耳養成」の重要なテーマなのです。「ジャズ通」とは、ジャズ演奏を「味で捉えている人種」といってもよいでしょう。

ジャズは、楽器そのものがもっている基本的性格が色濃く演奏に反映するものです。ジャズマンはそうした楽器の特性を熟知したうえで、自分の演奏スタイルを磨いているのです。いよいよ本論です。ジャズで使われる楽器には、たとえてみれば、ビーフシチューやうなぎの蒲焼のようなこってり濃厚系の楽器と、蕎麦や寿司のようなサッパリ型の楽器があるのです。当然、前者からはホットなジャズが生まれやすいし、後者の演奏はクールになりがち。こうした傾向を知っていると、それこそ晩酌の格好の肴を選ぶように、「そのときの気分に合った」演奏を自在に選ぶことができるようになるのです。まさに〝ジャズ耳〟の完成ですね。

ルイ・アームストロングの肉感的なトランペット演奏(第8号収録)の例を出すまでもなく、ジャズはもともと〝ホット〟を目指した音楽ですから、どんな楽器からも熱気に満ちた演奏は生まれます。しかし音色そのものがもつ「温度感」では、やはりテナー・サックスが1番ではないでしょうか。トランペットの聴きどころは、むしろ輝かしい高音がもたらす心地よい高揚感でしょう。

■低域と音量感が〝ホット〟の要件

また、同じサックスでも、小ぶりなアルトによる熱演ももちろんたくさんありますが、たとえばチャーリー・パーカーの演奏(第9号収録)などは、むしろ〝切れ味〟が聴きどころ。パーカーとは対照的なウエスト・コースト系アルト奏者、アート・ペッパー(第10号収録)の特徴も、彼ならではの哀感のこもった情緒的フレージングですね。

他方、ジョン・コルトレーン(第4号収録)の〝熱演〟のイメージは、楽器がテナー・サックスだからこそ。そしてもちろん、同じ号に収録されたテナー奏者、ソニー・ロリンズ以下、デクスター・ゴードンにしろ、ジョニー・グリフィンにしろ、おおよそのテナー奏者の演奏からは、熱気、あるいは人間味のある温かさが伝わってきます。例外的ともいえる〝クール・ジャズ〟の大物、スタン・ゲッツの演奏ですら、楽器そのものの音色はけっこう暖色系。というか、彼の初期の、ほんとうにクール色を前面に打ち出した演奏は、あえてテナーの温かさを抑えるかのごとく、意識的に掠れ気味の音を出しているのです。こうしたテナーならではの特性は、この楽器が低音を出しやすく、そして分厚く豊かな音量をもっているからなのですね。「低域の表現と音量感」、どうやらこれが〝熱気〟〝温かさ〟を感じさせる重要要件のようなのです。

そうなると当然、「もっと低い音が出る」バリトン・サックスの登場となります。この楽器の低音の迫力はたいしたもので、別にコルトレーンのように「早吹き」せずとも、ペッパー・アダムスのバリトンからは昔の石炭を焚く、だるまストーブのごとく、じんわりと、しかし圧倒的な熱量が部屋いっぱいに広がってきます。まさに雪国向きのジャズですね。ところで、やはりここでも「演奏法」によって「温度感」は変わります。同じバリトンでも、第10号に登場したジェリー・マリガンなどは〝熱気〟というよりむしろ温かさ。まさに雪解けの春の陽のごとくです。

どこが違うのか。それは音のエッジ、輪郭なのです。アダムスのバリトン・サウンドは音がゴリゴリとしており、まるで4Bの鉛筆で画用紙にぐりぐりと強く線を引くよう。他方マリガンの音の輪郭線はあたかも水墨画のようにふんわりと穏やか。その違いが、だるまストーブと春の陽射しの違いになっているのですね。

そして、ハモンド・オルガンの登場です。1934年にローレンス・ハモンドによって開発された電気式鍵盤楽器は、オルガンにきわめて似た音が出せたので、高価なパイプ・オルガンを設置できない黒人教会で使用されました。この楽器はパイプの笛に空気を送り込む本物のオルガンと違い、電気的に音を合成するので音の立ち上がりが早く、また輪郭も明瞭。そして40年代ごろからこの楽器がジャズでも使用されるようになったのです。低音・音量、どちらもハモンド・オルガンの得意分野。ジミー・スミスはこの楽器でジャズに熱気と新風を送り込んだのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る

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