文/後藤雅洋
この巻のテーマはふたつほどあります。まず、市場に山ほど出回っているジャズCDを効率よく購入するための有効な情報源として、プロデューサーの存在に着目すること。みなさん、とりあえずはマイルス・デイヴィスやらビル・エヴァンスといったお気に入りのミュージシャンを見つけ出し、彼らのリーダー・アルバムを集中的に購入することでしょう。また少しジャズに詳しくなれば、第21号で紹介した「ブルージー」やら「グルーヴィー」といった「感覚的区分け」に従って、お好みのアルバムに見当をつけるなど、いろいろなCD購入方針が考えられますね。そして今回のテーマであるプロデューサーに注目してアルバムの中身を想定するという、かなり「通っぽい」手法があるのです。
ふたつ目の目的としては、プロデューサーの役割とそれぞれ多才な彼らの資質を理解することで、アルバムの聴きどころを的確に把握するという「ジャズ耳養成」の高等技術を身につけるということがあります。すべからくものごとは「あ、そういう見方もあったのか」という「発見」によって、見え方、聴こえ方も違ってくるものです。そしてできるならなるべく多くの「発見」によって、ジャズの美味しさをより貪欲に味わい尽くしたいものです。ジャズ・プロデューサーの仕事は、ジャズマンとジャズ・ファンの間に立って、「聴きどころ発見」の仲立ちをする、じつはたいへん重要な存在なのです。
そもそも、ふつうの仕事をしている方々はプロデューサーという職種にあまり馴染みがないのではないでしょうか? かくいう私自身、ジャズにおけるプロデューサーの役割に注目するようになったのは、ジャズを聴き出してからずいぶん経ってからでした。きっかけは「レーベル」ですね。当時はまだレコードだったのですが、ブルーノートやらプレスティッジという「レーベル名」が気になりだしたのです。
高校時代、ポール・アンカやコニー・フランシスといったアメリカン・ポップスのレコードを買っていたころは、そもそもレコードに「レーベル」なんてものがあることさえ考えが及びませんでした。それが小遣いを貯め、背伸びしてジャズLPを購入するうち、曲目などを印刷した円形の「センター・レーベル」が気になりだしたのです。
今から思えば当たり前のことなのですが、レーベルごとにデザインが異なり、それぞれが雄弁に自己主張をしているように見えるのです。円形をブルーと白でL字型に切り抜いたブルーノートのセンター・レーベルや、昔のオープンリールのテープレコーダーをデザインしたリヴァーサイドなど、それぞれ印象的でカッコいいのです。
■プロデューサーの仕事はプレゼン
そのうち、ミュージシャンによる違いとは別の次元で、レーベルによる個性があることに気がつきだしたのです。それもはっきりとしたものではなく、「どこか違うなあ」とか、「なんか傾向があるような気がする」といった漠然としたものだったのです。それがプロデューサーの資質の違いによるものだと気がついたのは、1980年代のことでした。そのころ、ブルーノート日本盤の発売権が、キングレコードから当時の東芝EMIに戻り、それを記念すべく壮大なプロジェクトが立ち上がったのです。オリジナル盤カタログ番号1501番から1600番に至る、およそ100枚(欠番あり)のいわゆる「ブルーノート1500番台」をすべて再発するという大企画です。
たまたま私はその企画に協力し、私の経営するジャズ喫茶「いーぐる」でさまざまなイヴェントを行ないました。「ブルーノート・クイズ」などというお楽しみ企画もあって、のちのEMIミュージック・ジャパン会長、行方均氏とふたりで頭を悩ませつついろいろ問題を考えたり、けっこう楽しませていただきました。その過程で、嫌でもブルーノート・レーベルの勉強をせざるをえず、その結果としてアルフレッド・ライオンという優れたジャズ・プロデューサーの存在を知ったのです。それと同時に、ジャズ・レコードにおけるプロデューサーの役割の重要さ、ひいては一般に「表現」といわれているものと、それを受け取る私たちファンの間に立つ人々の役割の大きさを実感したのです。
プロデュースという仕事はジャンルによって内容が異なりますが、ジャズの世界では次のように要約できるでしょう。
まず優れたミュージシャンを見いだし、その演奏を広くファンに紹介すること。そのためには、それぞれクセのあるジャズマンの資質・個性を見極め、その長所をプレゼンテーション、つまりわかりやすく紹介することに尽きます。優れたプロデューサーはジャズという音楽を知り尽くしていると同時に、それを楽しむであろうジャズ・ファンの「期待のありよう」をも、的確に理解していなくてはならないのです。
文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。
>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る
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