文/後藤雅洋

私は20歳でジャズ喫茶を開店したので、お客様から「ジャズ・マニアの熱が嵩じて始めたんですよね」と言われることがよくあります。

しかし本当のことをいうと、若いころの私はジャズのカッコよさに憧れこそすれ、ほとんどジャズのことをわかっていませんでした。たいへん失礼な言い方かもしれませんが、拙文をお読みのみなさんと五十歩百歩、いや、間違いなくそれ以下だったと思います。ですから、「ジャズ入門者の困惑」は自分自身の体験として手に取るようにわかるのです。それと同時に大いなる「回り道」にも……。

私が「背伸び」ではなく、実感として「ジャズって、面白い」と思えるようになったきっかけは、まさにこの「ジャズ耳」養成マガジン『JAZZ100年』第3巻のテーマである「聴き比べ」でした。

それはたまたまの出来事でした。店でアルバムをかけているとき「アレ、この曲、どこかで聴いたぞ」と気がついたのが始まりでした。根がいい加減な性格ゆえ、レコードをかける際、さすがにアルバム・タイトル、演奏者名ぐらいは見ますが、曲名まではちゃんとチェックしていなかったのです。

白状いたしますが、ジャズを聴き始めたころの私は、いわゆる〝スタンダード〟の存在も意味も知らなかったので、「なんだか知らないけど、ジャズって似たような曲をやるなあ」というのが最初の印象でした。

でもそのうち、「これ、同じ曲だよ!」と気がついた。今思えばかなり「ニブい」のですが、ジャズの聴き始めはみなこんなものです。次いで、興味を惹かれたのが「似ているけど違う」ところだったのです。

まあ、「似ている」のは同じ曲目だから当たり前ともいえるのですが、だからこそ「じゃあどうして違うんだ」となるわけです。

で、あらためてヴォーカルのエラ・フィッツジェラルドからトランペットのマイルス・デイヴィスまで、ありとあらゆるミュージシャンのアルバムを仔細に点検し、意識的に同じ曲をたくさん聴き比べてみたのです。そうすると、ほんとうに多種多様な「違い」が見えてきて興味が尽きません。

■聴きどころのキモをつかむ

まず、演奏楽器による違い。同じ曲でも、ピアノとサックスではまったく受ける印象が違う。もちろんテンポやらアレンジも千差万別で、注意しなければ「同じ曲」と気がつかなくとも不思議ではない。

しかし、どれもがそれなりに面白いのです。それまで聴いてきたジャズ以外の音楽ジャンルでは、お好みの曲目の演奏は、だいたいひとつに収斂し、ほかのヴァージョンは「ちょっとイメージ違うなあ」となったものでした。

ところが、ジャズではそれぞれが個性的で、「その手もあるな」と思わせるわけです。ほんとうに不思議な体験でした。しかしこれがジャズが面白くなるきっかけであり、また、振り返ってみれば「ジャズわかり始め」の第一歩だったのです。

要するに「同じだからこそ見えてくる違いの面白さ」に目覚めたということだったのでしょうね。

これが「違う曲目」であれば、違うのは当たり前で、比較は「曲と曲」、つまり曲の好みということになります。しかしこの、同じ曲で見えてくる違いこそが「演奏」なのですね。

結論すれば、偶然かつ無自覚ではありましたが、当時の私はこの同じ曲の「聴き比べ」でジャズの聴きどころのキモともいうべき、「演奏の違い」に着目できたということだったのです。

この号では、若いころの私の無自覚な「ジャズわかりはじめ体験」を、整理し順序立て、システマチックに追体験していただこうと思います。

■ポピュラーとジャズの間の「壁」

前述の「曲と曲」の比較はクラシックでもポピュラー・ミュージックでも普通のことで、たとえば、「私はモーツァルトの交響曲なら41番より、40番のト短調が好き」といった話になるわけです。

これも「カール・ベーム指揮のベルリン・フィルもいいけれど、ジョージ・セル指揮、クリーブランド管弦楽団の演奏も新鮮で悪くない」となると、ちょっと通っぽくもあり、同時にジャズ・ファンの感覚にかなり近づいてきます。ちなみに、ベームとセルが採用している楽譜は微妙に違うそうです。

一見、水と油のようなクラシックとジャズですが、聴き手の感覚として「必ずしも曲だけが聴きどころではない」という部分に着目すれば、あながち無関係でもない。むしろ一般には同類とみられているポピュラー・ファンとジャズ・ファンのほうが、けっこう越えがたい「壁」というか、すれ違いがあるようです。

私が見るところ、ポピュラー・ミュージックの魅力の大半は「キャッチーな曲想」に負っているケースが多い。ですから、どうしても「曲を聴きたい」という願望が強くなる。そしてそれは正当な欲求でもあるのです。

しかし、その要望をそのままジャズに持ち込むと、これはどうしたって裏切られざるをえません。それはこれから詳しくご説明するように、ジャズでは「曲」は二次的な存在だからです。

■敷居が高いと感じるのは、入る店を間違えただけ?

ジャズに興味をもっていろいろ聴いてみたけれど、どうもうまく馴染めないという方々をほんとうにたくさん見てきましたが、そうした方々はおおむね「曲をちゃんと聴きたい」という、ポピュラー・ファンとしては至極まっとうなご意見の持ち主であることが多いのです。

しかしそれは無いものねだりといいましょうか、魚屋でヒレ肉を所望するようなもの。最初にして永遠のすれ違いとならざるをえません。

ヒレ肉も美味しいけれど、秋刀魚、かつおの旬の味もまた格別。「ジャズは敷居が高い」とよくいわれますが、それは「入る店を間違えた」だけのことかもしれないのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る

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