
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)第30回で私が注目したのは、歌麿(演・染谷将太)の新たな一歩についてです。
編集者A(以下A):相変わらず歌麿のこととなるとどこか鈍感な蔦重(演・横浜流星)が、歌麿を売り出すための方策を練るわけですが、傍から見ている貞(演・橋本愛)たちの方が、歌麿の苦悩を感じて心配しているようでした。
I:後世の私たちは、歌麿が美人画の名手であったことや、枕絵なども描いたことは知っているわけですが、今回はそこに至るまでの「知られざる」の部分を物語として描き出していました。
A:母親を見殺しにしたこと、母親の情夫を殺害してしまったこと、性の問題など、歌麿自身も乗り越えなければ先に進めないと感じていることが、切ないまでに伝わってきました。演じる染谷さんから、こんなコメントが届いています。
歌麿の直感的にここは避けて通れないというか、枕絵に挑戦してみないと、きっとこの先には行けないというのを感じたんだと思います。描こうとすると過去のトラウマが出てきて、魂のこもった作品を作るには生みの苦しみはあるとは思いますが、歌麿はそれがすごく重いと言いますか。演じていて気づいたのは、幻覚を「自分から出しにいっている」感じがしたんですよね。きっとそれが歌麿の弱さでもあり、同時に、表現しようと絵に自分の思いをぶつけようとすることができるからこそ天才絵師なんじゃないかなとも思いました。

I:「演じていて気づいた」という染谷さんの言葉から、歌麿が憑依したんじゃないかと思えてきました。蔦重のもとを一旦離れ、幼少期に出会っていた鳥山石燕(演・片岡鶴太郎)に再度弟子入りすることになるわけですが、そこでの歌麿の様子についても、染谷さんが語ってくれています。
久々に何も考えず、思うがままに、目的がない絵を描き始めます。自分が絵を描くのが好きっていうのはこういう感覚だったよなっていうのをもう一回感じ直せた、もう一度原点に戻れた、そんなシーンだったと思います。蔦重がいなかったら、外に出てまた絵を学ぶということもできないと思いますし、帰るところがあるからこそ、一歩外に踏み出せるようになっていってるのかなとも思いました。蔦重は拗ねながらも見送ってくれたんじゃないかなと思っています。
A:生みの苦しみを経て、脱皮しつつある歌麿の様子が染谷さんの言葉から伝わってきます。
I:そして、劇中で注目だったのは鳥山石燕と蔦重、歌麿のやり取りです。石燕の妖怪画が劇中でも登場しました。石燕の妖怪画を参考に妖怪漫画を創作したのが水木しげるさんというエピソードは有名ですが、「げげげの源流」ともいえる画ですね。
A:歌麿が花を写生している場面も感慨深いです。ここからどんな風に歌麿が飛躍して見せるのか。要注目ですね。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
