文/後藤雅洋
ジャズ・ファンは大きくビッグ・バンド・ファンとコンボ(=スモール・コンボ。小編成バンドの意)・ジャズ・ファンに二分される傾向があります。言うまでもありませんが、どちらも同じジャズであり、本質的に違うものではありません。しかしまた、それぞれのファン層が分離してしまった理由もわからないではないのです。
全国の大学にはビッグ・バンドを擁するところが多く、その部員、OB、OGたちからなるビッグ・バンド・ファンは、累積すると膨大な数に上ります。しかし、どちらかというとこの方々は大学バンドの必修科目ともいえるカウント・ベイシー・オーケストラ(以下、本文ではオーケストラを楽団と表記)はじめ、サド・ジョーンズ&メル・ルイス楽団などビッグ・バンドは熱心に聴きますが、マイルス・デイヴィス(トランペット)やジョン・コルトレーン(テナー・サックス)といった「コンボ・ジャズ」にはさほど関心を示さない傾向があるのです。
他方、“ビ・バップ”以降、スモール・コンボがジャズの主流になり、ベニー・グッドマン楽団のような大編成バンドがジャズ・シーンを大きく動かすような状況が生まれにくくなりました。その結果、多くのジャズ・ファンはビッグ・バンドにさほど関心を示さなくなってしまったのです。実際、両者の「聴いた感じ」はかなり異なっており、「別もの」のように感じられてしまうのもわからなくはない。つまり同じジャズとはいっても微妙に「聴きどころ」が違うのですね。
■ビッグ・バンドを〝ジャズ耳〟で聴く
ジャズを他の音楽ジャンルと区別する大きな特徴は、ルイ・アームストロングのじつに人間的な表情をもったトランペットに象徴される、「ジャズならではの個性的表現」(第8号収録)。そして、アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーの改革に代表される、「ジャズならではの即興」(第9号収録)であると解説してきました。また第8号「ジャズ史①」では、ベニー・グッドマン楽団やデューク・エリントン楽団を例に挙げ、「ジャズならではの快適なリズム」そして「ジャズならではの濃密なバンド・サウンド」がジャズを他の音楽ジャンルから区別する大きな特徴であり、また「聴きどころ」でもあることを説明しました。
要約すると、「個性」「即興」「リズム」「サウンド」がジャズの4大特徴であるということです。しかしこの4つの特徴のうち、微妙に相反する要素があるのです。おわかりになるでしょうか? そうです、「個人の即興」と「バンド・サウンド」は、お互いに微妙な関係にあるのですね。 草創期のニューオルリンズ・ジャズは「集団即興」を行なったといわれていますが、時代が古すぎて録音がないので詳しい実態はわかっていません。しかし文字どおり大人数の楽団が完全に即興で演奏したとは考えにくいのです。というのも、のちに〝フリー・ジャズ〟の影響を受けたジョン・コルトレーン(テナー・サックス)が総勢11名による『アセンション』(インパルス)という「問題作」を1965年に録音したのですが、この演奏はかなり「集団即興」的なのです(それでも、最小限の「決まりごと」はある)。聴いた印象はまさに迫力満点のカオスで、正直にいって一般性はあまりなかったと言ってよいでしょう。実際、こうした方向にジャズ・シーンの主流が動くことはありませんでした。
結論を言うと、絶対的とまでは言えませんがジャズにおける即興演奏は、ある程度人数の制限を受けざるをえないようです。せいぜいが7~8名程度までのスモール・コンボなら、ピアノ、ベース、ドラムス、場合によってはそれにギターが加わった4名ほどの「リズム・セクション」をバックに、トランペット、サックスなど、3名から4名程度の管楽器奏者がアレンジされたテーマを全員で合奏し、ソロ・パートになって初めて各人各様の「アドリブ」を、「交代に」演奏することができる。
しかしビッグ・バンドとなると、あらかじめ譜面に書かれアレンジされたバンド・サウンドを背景に、あたかもクラシック音楽の「協奏曲」のようにひとりの「ソロイスト」が前に出てきて短い「即興」を行なうスタイルがほとんどです。「コンボ・ジャズ」のように長々とソロをとったり、あまりにも多くのソロイストが次々に登場したりすれば、肝心の「大人数によるアンサンブル」こそが聴きどころであるビッグ・バンドの存在意義が怪しくならざるをえませんよね。
こうした「即興性」と「バンド・サウンド」の相反現象がビッグ・バンド・ジャズとコンボ・ジャズの「聴こえ方の違い」を生み出し、結果として両者のファン層の分離を来たしているのです。
文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。
>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る
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