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ヌアージュ|ジャズが芸術音楽になるとき【ジャズ耳養成マガジン JAZZ100年】第25巻より

文/後藤雅洋

ジャズはいろいろな点で特殊な音楽ですが、他の音楽ジャンルと比べた最大の特徴は「世界的広がり」をもっているところです。つまり、ヨーロッパや日本など、ジャズが生まれたアメリカ以外の地域でも幅広く演奏され、愛聴されているのです。もちろんタンゴやボサ・ノヴァなども、それらが生まれたアルゼンチンやブラジル以外の国々でも演奏され愛好されていますが、ミュージシャンの数やファン層の厚みでは、やはりジャズが突出しているようです。この号のテーマは、ヨーロッパのジャズにスポットを当て、その歴史・変遷・特徴を探るとともに、ジャズという音楽の伝播力の強さ、特殊性について考えてみようと思います。

北極に近づくほど距離が実際より離れて描かれる平らな「世界地図」ではピンときませんが、丸い地球儀を斜め上から眺めてみると、ジャズの中心地ニューヨークと大西洋を挟んだロンドン、パリは思いのほか近い。また、イギリスで弾圧されたピューリタン(清教徒)の一部が新大陸アメリカに移住したという建国の歴史もあって、アメリカとヨーロッパはきわめて近しい間柄。他方、はるばる陸路を辿り西海岸サンフランシスコから、大西洋よりはるかに広い太平洋を渡ってようやくたどり着く日本にもジャズは浸透してきたのですから、その伝播力はなかなかのものなのです。

ジャズがヨーロッパの人々に幅広く知られだしたのは、1914年に始まった第1次世界大戦がきっかけでした。17年にはアメリカも参戦し、それに伴って「軍楽隊」がヨーロッパ大陸に渡り、負傷兵の慰問など各地を巡演したのです。軍楽隊の演奏はジャズそのものではなく、ポピュラー・ミュージックを「ジャズ風」に演奏したものでしたが、それでもヨーロッパの聴衆の耳には新鮮に響きました。軍楽隊の中にはジャズマンもいて、彼らが仕事の合間を縫って現地のダンス・バンドなどに客演し、こうした交流から初めて「本場」のジャズマンにヨーロッパの聴衆が触れることになったのです。このあたりの事情は、第2次世界大戦後に日本に進駐してきたアメリカ軍の中にいたピアニスト、ハンプトン・ホーズなどが、「本場」のジャズを日本のミュージシャンたちに教えたこととちょっと似ていますね。

もうひとつの共通点は、戦後の日本人が「何か新しいもの」を求めていた気分に似たものが、当時のヨーロッパにはあったのです。それはクラシック音楽の「煮詰まり感」でした。ヨーロッパにはそれぞれフランスのシャンソンやスコットランド民謡、スペインのフラメンコなど地域ごとの民衆音楽がありますが、それらを覆うように君臨するクラシック音楽の伝統、影響力もきわめて大きかったのです。そのクラシックが聴衆の嗜好・日常感覚から遊離しはじめ、それを危惧した音楽家たちの中からも「新しい音楽」を求める気分がわき起こりつつありました。

まさにそうしたタイミングで「実際の演奏」としてジャズが聴衆の耳に届いた効果はたいへん大きく、一種のブームのようになったのです。「ブーム」の中身はエキゾチシズム趣味と言ってもよいかもしれません。アメリカに比べ黒人に対する偏見が希薄なヨーロッパでは、「黒人文化」としてのジャズがいい意味で好奇の眼で見られたフシがうかがえます。わかりやすい例は、25年「黒いヴィーナス」の異名をとった黒人ダンサー、ジョセフィン・ベイカーがパリのシャンゼリゼ劇場に登場し、一大センセーションを巻き起こしたことでしょう。彼女はベルリンはじめ、ウィーンやプラハなどヨーロッパ各地で魅惑的なダンス・レヴューを行ないましたが、その衣装は腰にバナナを吊しただけというたいへん刺激的なものでした。「ローリング・トウェンティーズ」あるいは「ジャズ・エイジ」などとも称された、20年代のちょっと騒々しいアメリカ風俗は、当時流行したチャールストン・ダンスなどとともにヨーロッパにも波及し、そうした「時代の気分」とともに「ジャズ」は大西洋を越えたのでした。

こうした風潮を背景に、第1次大戦終結後の30年代にはデューク・エリントンはじめ、ルイ・アームストロングなど本場の超一流ジャズマンが相次いでヨーロッパを巡演するようになり、ジャズのヨーロッパ伝播は確実なものとなったのです。アメリカとヨーロッパの距離的近さ、歴史的近さを感じさせる現象ですね。

■芸術音楽としてのジャズ

とはいえ、この時代のヨーロッパ・ジャズは模倣、学習の域を出ず、もっぱら本場ジャズマンのコピーに終始していました。このあたりの事情はまさに第2次大戦後の日本のジャズ・シーンを彷彿させます。しかし、唯一ともいえる例外がありました。ベルギーに生まれたロマ出身のギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトです。彼は火事のため左指に火傷を負うというハンディキャップにもかかわらず、ジプシー・ミュージックとジャズをきわめて高度なレベルで融合させたのです。

こうした例外はありましたが、ヨーロッパ・ジャズもまた第2次大戦のため大きな停滞を余儀なくされます。ナチス・ドイツの台頭です。その人種差別は黒人にも及び、ジャズは「退廃芸術」として逼塞を迫られたのです。「敵性音楽」として禁止されたのは、枢軸国であるイタリア、日本も同じでした。しかし第2次大戦の終了とともに、それこそ押し付けられたバネが一気に弾けるようにして、再びジャズはヨーロッパで息を吹き返したのです。そしてここでも第1級のジャズマン、チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスたちのヨーロッパ巡演が大きなきっかけとなりました。戦後間もない40年代後半のことでした。

とりわけ解放後のパリでは、地下の酒蔵を改造した「実存主義酒場」などという一風変わった空間で、ジャズ・トランペッターでもある作家ボリス・ヴィアンが、パリを訪れたチャーリー・パーカーを実存主義哲学で有名なジャン・ポール・サルトルに引き合わせたりという「変わった交流」が象徴するように、ジャズが「傾聴すべき芸術音楽」として時代の脚光を浴びたのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る

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