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ジャズ・ヴォーカルの奇跡の競演!『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)創刊号(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

文/後藤雅洋

■“声”という個性的な楽器

“ジャズ・ヴォーカル”の魅力は格別なものです。その理由は、“歌”がもつ親しみやすさ、“ジャズ”の奥深さが好ましい形で融合しているからです。“ジャズ”というとちょっと敷居が高いなあと思われる方でも、“ジャズ・ヴォーカル”ならごく自然に魅惑的なジャズの世界に入っていけるのです。

私もジャズ聴き始めのころは、若干「背伸び」して、マイルス・デイヴィスのトランペットやらジョン・コルトレーンのテナー・サックス演奏に耳を傾けていたものです。しかし、「歌がない」彼らの演奏の聴きどころを摑むまでは、かなり戸惑ったものでした。それに比べ、たとえ曲名は知らずとも、耳に聴き覚えのあるスタンダード・ナンバー(定番曲)を、スキャットを交えて歌う“ジャズ・ヴォーカル”は、まずもって「曲の魅力」から入れる親しみやすさがあるのです。

それと同時に、“ジャズ・ヴォーカル”ならではの特別の魅力にも、それとなくですが気づいていました。歌詞ではなく「ウビダヴァ、シャバダヴァ」と歌う“スキャット”がわかりやすい例ですが、とにかく今まで聴いていた「普通の歌」とは違うのですね。簡単にいってしまえば、「ちょっと変わって」いるのです。あとからそれが「アドリブ」というものなのだと知りましたが、歌謡曲やポップスがごくスムースに聴こえるとしたら、“ジャズ・ヴォーカル”はところどころに「引っ掛かり」が用意されているのですね。  「引っ掛かる」のですから違和感でもあるのですが、不思議とそれがマイナス要因には聴こえず、寿司の山葵やステーキの胡椒のように、歌の味わいを引き立たせているのです。

その理由はふたつほどあります。まずはリズムです。「ちょっと風変わり」なメロディも、快適なリズムに乗せられると意外にすっきりと気持ちの中に入ってくるのですね。

ふたつ目はやはり「声の質感」でしょう。演歌の歌い手さんなどには特別な「声質」が魅力の人がいますが、ジャズ・ヴォーカリストはほとんど全員といっていいほど声が個性的なのです。というか、おおよその音楽ファンのみなさんがイメージするジャズ・ヴォーカリストの歌声は、声自体がもう「ジャズ的」だと思われているようです。はやい話、本シリーズ付属CD冒頭に登場する大トランペッター、ルイ・アームストロングのヴォーカルは、そのきわめて個性的な「だみ声」と一緒に親しまれているじゃないですか!

「リズム感」にしても「特徴的な声質」にしても、「声」を「個性的な楽器の音色」に見立てれば、そのまま“ジャズ”の特徴でもあるのですね。つまり“歌”が、この部分で“ジャズ”とうまい形で融合したものが“ジャズ・ヴォーカル”というわけなのです。

■10曲のスタイル見取り図

『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』では、奥深いジャズ・ヴォーカルの魅力を、スター・ヴォーカリスト極め付きの名唱でお楽しみいただくと同時に、それぞれの歌手の聴きどころ・魅力、そして興味深いエピソードをわかりやすく解説していきます。

創刊号はシリーズ全体の紹介も兼ね、次号以下に登場する綺羅星のごとく豪華な陣容のトップ・ヴォーカリストたちの代表曲を収録し、ジャズ・ヴォーカル・シーン全体のわかりやすい「見取り図」を提示しています。

最初に登場するのはジャズを代表するトランペッター兼ヴォーカリストで、ジャズ・ヴォーカルの開祖といわれたルイ・アームストロングと、黒人女性ヴォーカルの女王、エラ・フィッツジェラルドの豪華なデュエットです。歌うのはアメリカを代表する大作曲家、ジョージ・ガーシュウィンのよく知られた名曲「サマータイム」。

2曲目のエラが情感を込めて歌う「アイ・ラヴ・パリ」は、これも多くのスタンダード・ナンバーをジャズ・ミュージシャンに提供した大作曲家コール・ポーターの魅力的な楽曲です。

そして3曲目はジャズ・ヴォーカリストの代名詞的存在にして幾多の伝説の主人公、ビリー・ホリデイの心に染み入る名唱です。サラ・ヴォーンの極め付き「バードランドの子守唄」は、ジャズ・ヴォーカルの特徴を象徴しているといっていいでしょう。聴き慣れたメロディを歌う部分と、「スキャット」を使って自在にアドリブを行なう部分が交互に出てくるので、「ジャズ・ヴォーカルとはどういうものか」がよくわかります。また、この曲目のもうひとつの聴きどころは、歌の伴奏をする名トランペッター、クリフォード・ブラウンの存在ですね。

エラ、サラ、ホリデイと並び称される黒人女性ヴォーカルのスターがカーメン・マクレエです。そっと囁くような歌声はジャズ・ヴォーカルには「こういう歌い方もある」という見本でしょう。

そして話題の曲目が「素敵なあなた」です。スケート・ファンの方なら浅田真央選手が最近この楽曲を使っているので聴き覚えがあるのではないでしょうか。歌うのは白人女性3人のコーラス・グループ、アンドリュース・シスターズです。

19世紀末に黒人音楽として誕生したジャズですが、時代を追うごとに白人たちもこの目新しい音楽をやるようになりました。そしてもちろん優れた白人ジャズ・ヴォーカリストも大勢います。日本でもっとも有名なのは「ニューヨークのため息」と呼ばれたヘレン・メリルでしょう。歌うのはこれもクリフォード・ブラウンが「歌伴」を務める「恋に恋して」です。白人女性ジャズ・ヴォーカルの技巧派ナンバーワンはアニタ・オデイではないでしょうか。小気味よくトリッキーな歌い方はまさにジャズ。伴奏者は大物ピアニスト、オスカー・ピーターソンです。

ルイ・アームストロングと並んでトランペットも歌もこなすのがチェット・ベイカーです。しかしその歌声はルイとは対照的。白人ならではのソフトな声質がジャズ・ヴォーカルの魅力を広げています。そして最後に収録したのは、ポピュラー・シンガーとしても知られた黒人ジャズ・ヴォーカリスト、ナット・キング・コールの極め付き名曲「アンフォゲッタブル」です。この曲は、昨年末に惜しくも亡くなった実の娘、ナタリー・コールとのオーヴァー・ダビング(二重録音)による「共演」が話題になりましたね。

■シナトラも美空ひばりも

このようにひとことで“ジャズ・ヴォーカル”と言っても、男女黒人白人、そしてコーラス・グループとその中身はじつに多彩です。本シリーズではこのような幅広い“ジャズ・ヴォーカル”の魅力をすべて網羅しているだけではなく、アメリカ文化を象徴する国民的大歌手フランク・シナトラの名唱や、天性の歌い手、美空ひばり、そして雪村いづみなど、日本が誇る素敵な歌手たちのジャズ・ナンバーも収録し、紹介していきます。

また、この奥深いジャズ・ヴォーカルの歴史を、ジャズは言うまでもなくロック、ポップスなど幅広くアメリカン・ミュージック全体を視野に入れた音楽評論家、村井康司さんが連載でわかりやすく解説していきます。この解説を読むことによって、アメリカが誇る素晴らしい文化遺産“ジャズ・ヴォーカル”の魅力が立体的に体感できるでしょう。

■歌の限界を突破する?

ところで“ジャズ・ヴォーカル”の魅力はどこにあるのでしょうか? 冒頭の「“歌”と“ジャズ”の好ましい融合が“ジャズ・ヴォーカル”である」という話をもう少し掘り下げてみましょう。

私たちの最初の音楽は、おそらく歌だったのではないでしょうか。“歌”は楽器を使わずとも誰もがもっている“声”を用いて、言葉だけでは表しきれない微妙な感情を伝えることができます。そして“声”は、楽器では表現できないリアルな情感をダイレクトに伝えることができるのです。もちろん“歌”や“声”の限界もあるでしょう。歌詞が伝える内容を限定することや、声量の限界や音域が制限されることなど、楽器による演奏が発達した理由もそのあたりにあるのですね。

ところが“ジャズ・ヴォーカル”はこうした“歌”の限界をうまいやり方で乗り越えました。まず歌詞が歌の内容を限定することは「スキャット」というジャズらしいアイデアで解決しました。この新発明はふたつのメリットをジャズ・ヴォーカルにもたらしました。

最初のメリットは言うまでもなく歌詞の内容からの自由ですね。悲しい歌詞の歌を陽気なスキャットで歌うのもありなのです。そしてもうひとつは、歌詞の文字数が音符の数を制限するため、リズム・旋律が枠にはめられてしまう問題も、スキャットが解き放ったのです。

■アドリブで個性を発揮

次に声量の限界や音域の問題はいかにもジャズらしいやり方で突破しました。それはご存じ「アドリブ」です。これは「スキャット」の話とも関わってくるのですが、ジャズ・ヴォ ーカルの「アドリブ」には、ふたつのレベルがあります。

まずは「崩し」 です。メロディの一部を改変して自分 なりの味を出す「崩し」はポピュラー・シンガーもやりますが、ジャズ・ヴォカーリストは「改変の幅」が大きく大胆です。ですから、人によっては「もとの曲」がなんだかわからないところまでいってしまう場合もあります。

そしてその「もとの曲がなんだかわからない崩し」の最たるものが、「コード進行に基づく即興」=「ジャズのアドリブ」です。これは1940年代半ばにアルト・サックス奏者チャーリー・パーカーが考えついたアイデアです。この「発明」によって、19世紀末に自然発生したといわれる黒人大衆芸能音楽のジャズは、一気に芸術性を高め、いわゆる「モダン・ジャズの時代」が始まったのです。

「コード進行に基づく即興」は厳密な音楽理論の知識がなければできないので、ジャズ・ミュージシャンにとっては必須科目です。もちろんジャズ・ヴォーカリストもこれができなければジャズ歌手とはいえません。しかしファンはそうした理論を知る必要はないのです。というのも、ジャズの「アドリブ」は「目的」ではなく、「手段」だからです。ジャズマン、ジャズ・ヴォーカリストが「アドリブ」をする目的は、譜面とは違ったやり方で「個性を発揮させる」ところにあるのです。

ですから私たちファン・聴き手は、シンプルに「聴いて魅力的で個性的であるかどうか」だけを判断すればよいのですね。一部に、「音楽理論を知らなければジャズの本当の良し悪しは判断できない」というような「教養派」の方がおられますが、そんなことはないのです。簡単な話、ジャズマン、ジャズ・ヴォーカリストは当然理論に通じていますが、はっきりいって、魅力的なミュージシャンと退屈な人との違いは歴然ですよね。どうやら知識と審美眼は、微妙に違うもののようです。

■曲の魅力に個性をプラス

ところで、「アドリブ」も「崩し」も、原曲をあえて変えることによってより自分らしい個性的魅力を発揮させるのが目的ですが、それはどういうメカニズムなのでしょうか。

率直にいって、才能豊かな専門作曲家が苦心して作った楽曲は、譜面どおりがいちばんいいに決まっています。崩せばメロディのバランスは崩れるでしょうし、「コード進行に基づく即興」に至っては「もとの曲がわからない」というありさまです。

にもかかわらずこうした「暴挙」とも思われかねないことをやるのは、ジャズマン、ジャズ・ヴォーカリストといった連中の桁外れの「冒険心・探究心」のゆえではないかと思うのですが、それが結果として「吉」と出たのです。ここに、「改変」によって失われた「原曲の美」を上回る「ユニークで個性的な魅力」が、図らずも誕生したのですね。

つまり「差し引き勘定」がプラスになったのです。それを後押ししたのが、最初にお話しした「個性的な声質」です。「アクの強さ」一歩手前のジャズ・ヴォーカリストの歌声は、それが巧みな「崩し、アドリブ、快適なリズム」と相乗すると、ポピュラー歌手が表現しえない個性的な歌の魅力を発揮できるのです。

こうした要素の総合が、声量や音域の壁を意識させないジャズ・ヴォーカルの魅力の源泉なのです。

■必ず“好み”の声がある

最後に、このように幅広い魅力をもっている“ジャズ・ヴォーカル”の私流の楽しみ方を紹介しておきましょう。

率直にいって、人は“声”に対する好みにはけっこう敏感なものです。ですから最初は「好みの声の歌手」を愛聴するということでよろしいかと思います。というのもこの創刊号で紹介するように、ジャズ・ヴォーカルとひとことで言っても、その中身はきわめて多様なので、必ずみなさんの好みの歌手がいるはずです。

そして少し余裕が出てきたら、いろいろと「浮気」をしてみてください。苦手と思う歌手も、その人の「狙い・聴きどころ」を理解すると、意外と面白く聴こえてくるものです。

そのために、さまざまな個性をもった歌手たちの具体的特徴をわかりやすく解説していきます。このシリーズを全巻お聴きになれば、思いのほか魅力的なヴォーカリストが大勢いることを実感されることでしょう。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

>> 「隔週刊CDつきマガジン JAZZ VOCAL COLLECTION」のペジを見る

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