
ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)第31回では、第10代将軍徳川家治(演・眞島秀和=ましまひでかず)が亡くなるという大事件が描かれました。しかも、毒殺説を採用する衝撃的な展開に驚きを禁じえません。
編集者A(以下A):将軍家治は、祖父にあたる第8代将軍吉宗にその才能を見出され、吉宗が将軍を退いて大御所となってから亡くなるまでの6年間、家治(幼名竹千代)のことを側において直接薫陶を与えたことで知られています。
I:将軍とは何たるかという帝王学を学んだわけですね。そう思うと感慨深いです。そして、そもそも家治が田沼意次(演・渡辺謙)を重用したのは、父である第9代将軍家重の遺言を遵守したためと伝えられています。なんでも意次は「まとうどの者(正直者)」だから重く用いるようにと遺言したといいます。
A:そうした中で、家治役の眞島秀和さんの取材会が行なわれました。今回は私が参加しております。当欄では眞島さんが、家治の肖像画にそっくりだということを幾度も指摘してきたのですが、眞島さんと間近に接して、再確認しました。眞島さんは、まず、家治という人物を実際に演じてみてどうだったかという質問に答えてくれました。
収録が進む中で少しずつ固まっていったこともあります。家治は、将棋を非常に愛した将軍であるとか、あまり政務にかかわるのではなく、全て配下に任せていたといった説もある中で、今回の『べらぼう』の中では、将軍家治と渡辺謙さん演じる田沼意次との間の信頼関係がとてもしっかりと描かれていました。政治に関しては意次に任せながらも、将軍として最終的な責任は取る、という関係性、バランスでやってきたふたりなんだなと思ったので、そういう距離感、信頼関係を持っているような将軍像にしたいなと思いながら、少しずつ固めていきました。
I:将棋を指しながら対話する家治と意次の姿に、言葉以上に通じ合っているものがあると感じさせられました。眞島さんは、特に印象に残っているシーンについても語ってくれています。
渡辺謙さんと一緒に演じさせていただくことが多かったのですが、一番印象に残っているシーンとしては、自分は今は評価されない将軍かもしれないけれど、田沼意次を守ったということが、将軍として自分が成しえた仕事なんだということを吐露するシーンですね。そこに全てが凝縮されていると感じています。
A:5月に放送された第19回の場面だと思われます。このときの家治は、意次に対してわりと激しく思いを吐露した回で、印象に残っていた場面でもあります。そうか、眞島さんはこの場面が心のうちに刻まれていたんだと感慨深いのですが、眞島さんから語られた次のエピソードに触れると、第19回でのシーンがぐっとこみあげてくる感動シーンに転じるのです。
I:眞島さんにとっての大河ドラマの源流は、渡辺謙さん主演の『独眼竜政宗』だったということが注目のポイントです。
大河ドラマを全話通して初めて見たのが『独眼竜政宗』でした。ものすごくハマって見ていました。実際に謙さんにお会いしても、全話見ました、とはお伝えしましたが、照れくさくて、『独眼竜政宗』が僕の大河ドラマの原点だとは言えませんでした。
A:『独眼竜政宗』が放送されたのは1987年。いまから38年前です。現在48歳の眞島さんはまだ小学生だったと思われます。しかも眞島さんは山形県米沢市で生まれ育ちました。政宗は仙台に居城を移すまでの間に米沢を本拠にしていた時代もありましたから、眞島さんにとって政宗は「郷土の英雄」。おそらく当時の「眞島少年」は毎週わくわくしながら『独眼竜政宗』を視聴したと思われます。あれから38年。同じ大河ドラマのステージで将軍と老中という役どころで競演を果たす。こんな感動ドラマってありますか?
I:なんだか涙が出てきますね。大河ドラマに内包されたこういうドラマ、私は好きです。確かにこの話に触れた後に、第19回の家治と意次のシーンをみると号泣するかもしれないですね。
A:そして、眞島さんは、収録中の渡辺謙さんとのエピソードも語ってくれました。
謙さんとは、役や台詞について特に話し合うということもあまりなかったのですが、謙さんは休憩時間が終わると少し早く戻ってこられることが多く、そんな時に自然と台詞を合せて下さったりしていました。以前、あるインタビューで僕がつい、謙さんとの共演は緊張するといったようなことを語ってしまって、それを謙さんが見られて、「なんだ眞島、お前緊張してるのか?」「そんなに緊張させちゃってるかな?」とおっしゃったことがありました。いえいえあれはつい……大丈夫です! とお応えしたんですが(笑)。
将軍家治は名君なのか?
A:当欄ではこれまで何度か言及していますが、大河ドラマに徳川家治が登場するのは『べらぼう』が初めてです。ですが、よくよく考えてみると、田沼意次という逸材に政治を任せる采配ぶりも含め、実はとてつもない名君だったのではないかと感じています。眞島さんはその辺りについて、どう思っているのでしょうか。眞島さんの中での家治像についても語ってもらいました。
想像ですけれど、台本で描かれている以上に、意次から様々な報告を受けて、状況を把握していたのではないかと思っています。意次の仕事の進め方に家治も納得しているからこそ、全て任せているように見えます。逐一、かなり報告を受けていたんじゃないかという気がするんですね。ふたりが進んでいく方向が一致していたのが良かったのかなとも思います。ふたりで将棋をさしながら、そういう会話もあったんだろうなと想像しています。
A:将軍家治と意次の関係について、「なるほど、確かにそうかもしれない」という言葉が紡がれるというのは、さすがですよね。
I:さて、眞島さんご自身は、どういう上司が理想の上司だと思うかも、聞いてみました。
家治のように、何かあったら責任を取るから、任せるよ、なんて上司に言われたら、きっと部下は頑張ろうって思いますよね。そんな風には思いますが、僕自身会社員じゃないからなぁ(笑)。収録現場としては、ぐいぐいと引っ張って下さる監督がいて下さると、非常に心強いなと思いますけど。役者として、「好きにやってみなよ」と言われると、困りますね(笑)。もうちょっとヒントが欲しいな、なんて思ってしまいます(笑)。
A:眞島さんが大河ドラマに出演されるのは『べらぼう』で4回目。もはや大河中堅というより大河ベテランの域に入っていると思いますが、これまで出演してきて、大河ドラマとしての進歩も目の当たりにしてきたのではないでしょうか。その辺りも語ってくれています。
鬘(かつら)の方もメイクの方もとても苦労されるところだと思うのですが、月代(さかやき)というんですか、これはものすごく進化していると感じています。特殊メイクの技術を使ってあまり鬘と地肌の境目がわからないようにつけているのですが、どんどん進化していて、見た目もわからないし、スタンバイする時間も短縮できているんですね。すごいなと思っています。同じようなものを使っているところは使っているんですが、間に挟む薬品だとか、そういう細かい下地のようなものがどんどん変わって、鬘をつけてもらっている間、進化しているんだなと感心して見ていました。
I:家治は肖像画で見る家治と似ていて、すごく品のある将軍様でしたよね。鬘も本当に自然でした。
A:大河出演4回目ということですが、これまで大河ドラマで眞島さんが演じてこられたのは、豊臣秀次(2009年『天地人』)、顕如(2014年『軍師官兵衛』)、細川藤孝(2020年『麒麟がくる』)、そして今回の家治で、わりとストイックな人物を演じることが多かった印象があります。眞島さん自身が今後演じてみたい歴史上の人物はいるのでしょうか。
『べらぼう』では将軍役として江戸城の中にほぼずっといて、外に出ることが滅多にないわけですが……祖父の第8代将軍吉宗は外の世界で大活躍でしたけれど(笑)……でも、吉原の忘八なんか、すごく楽しそうで、いいなぁと思って見ていました(笑)。演じてみたい人物といっても、その作品の時代にもよりますけれど、『べらぼう』の時代だったら江戸の市中の、刀を差していない町人はやってみたいですよね。時代的には幕末が好きなので、2年後の大河ドラマの幕府側の人物は演じたいです(笑)。勝海舟よりも、当時の幕閣の誰かとか、演じたいですねぇ(笑)。僕は山形県出身なので、幕府側の人物には思い入れも持てると思いますし、演じたいですねぇ、はい(笑)。いろんなところにこれは言っていこうと思っています(笑)。
A:こういうリップサービス、大好きなのですが、幕末時の幕閣、眞島さんの演技ががぜんみたくなりました。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
