文/後藤雅洋

何ごともその歴史を知っていると「なるほど、そういうことだったのか」と理解が早まります。私もジャズの歴史を学んだことで、ジャズの聴きどころがたいへん掴みやすくなりました。

ジャズの歴史はジャズ・スタイル変遷の歴史であり、つまりは「音の歴史」です。その「変遷」の要所要所には、ルイ・アームストロング(トランペット、ヴォーカル)をはじめ、デューク・エリントン(ピアノ)やらチャーリー・パーカー(アルト・サックス)といった、私たちがその名をよく知るジャズマンが姿を現します。そしてレコード(現在ではCDですが)のおかげで、今でも彼らの演奏を聴くことができるのです。

彼らの演奏はたしかに昔のものですが、その中には、快適なリズムやアンサンブルの魅力、そしてジャズ特有の個性的な表現法など、今私たちが“ジャズ”と呼んで楽しんでいる音楽の重要なエッセンスが間違いなく凝縮されているのです。

そしてそれらのエッセンスこそが、ジャズをほかの音楽ジャンルと区別する重要なポイントであり、また、ジャズの“聴きどころ”でもあるのです。つまりジャズ史はけっして「お勉強」ではなく、ジャズの魅力を知る近道でもあり、また、ジャズの聴きどころを探る重要な手がかりを提供してくれるのです。

ですから私は、ジャズの歴史を「音の歴史」として解説しようと思います。つまり、演奏が面白くなかったり、次の世代のジャズマンに影響を与えていないようなミュージシャンについては思いきって省略し、ザックリと現代に連なる、ジャズの大きな流れを紹介していこうと思います。

細部に関心をもたれた方は、あらためて専門書をお読みになってください。現在最良のジャズ通史として、故油井正一先生の名著『ジャズの歴史物語』(アルテスパブリッシング)をお薦めしておきます。

ジャズの歴史は時代による演奏形態の変化の記述でもあるので、ジャズ史を知っていると、マニアが口にするさまざまなジャズ・スタイル、たとえば“ニューオルリンズ・ジャズ” “スイング” “ビ・バップ” “モダン・ジャズ”といった、ちょっと難解な用語の中身がスッキリと時代順に整理され、どういうふうにジャズの形が変わってきたのかということも頭に入りやすくなります。

歴史はさまざまな要因が複雑に絡み合って動いていくものですが、ジャズの場合はそれが特定のミュージシャンの活動に集約される傾向があります。ということはジャズ史早わかりのコツは、キーパーソンとなるジャズマンの動きを追っていけばよいということになります。

■ジャズの歴史は変化の連続

ジャズ史の1回目は、ジャズの始まりといわれた“ニューオルリンズ・ジャズ”から、ジャズがアメリカを代表する大衆音楽として一世を風靡した“スイング時代”までをわかりやすくご説明いたします。

今号のキーパーソンは、今に連なるジャズの基本形を作ったルイ・アームストロング、それぞれ持ち味の異なるデューク・エリントンとカウント・ベイシー(ピアノ)の2大ビッグ・バンド、そしてジャズを白人社会にも広めた功労者ベニー・グッドマン(クラリネット)です。

ジャズの歴史はジャズマンの歴史だとお話ししましたが、それはジャズがジャズとして形を現してからのことで、その発祥の実態はじつはよくわかっていません。というのも、奴隷として差別されていたアフリカン・アメリカンの音楽など、昔のアメリカ人はまったく関心を示さず、はっきりとした記録が残っていないのです。

ですから、今のところ定説とされているのは「19世紀末にアメリカ南部の港湾都市、ニューオルリンズで自然発生した黒人音楽」といったごく大ざっぱな事実だけなのです。しかし私たちジャズ・ファンはこれだけ知っていれば充分でしょう。

ポイントはふたつです。まず黒人音楽であるということ。現在ではアメリカ白人だけでなく、日本人も含めた世界じゅうの人々によって演奏され親しまれているジャズのルーツは、アメリカの黒人音楽であるという重要な事実です。

また、多くの無名黒人ミュージシャンたちによって少しずつ形作られてきたジャズは、あらかじめ決められたルールなどなかったので、できあがった音楽を「後から」“ジャズ”と名付けました。ですからジャズの定義といわれるものも、すべて「後付け」で、「こういうふうにやらなければジャズじゃない」というような決まりは、じつはほとんどないといってもよいのです。

その結果、ジャズは時代によって大きくスタイルを変えてきました。100年以上も昔に誕生した“ニューオルリンズ・ジャズ”と、現在世界じゅうで演奏されている最新のジャズは、「同じジャンルの音楽」とは思えないほど姿かたちを変えていますが、それでも同じ“ジャズ”と呼ばれています。これは考えてみれば不思議なことです。

しかしジャズの歴史を丁寧に辿っていくと、「なるほど」とおわかりになることでしょう。あらかじめ答えを用意すれば、そこには明らかな「連続性」を聴き取ることができるからです。自然発生的に誕生したジャズがしだいに姿かたちを整え、多くのジャズ・ミュージシャンたちによって演奏されるうちに、それは紛れもない黒人文化、伝統となっていきました。

しかしここからが面白いのですが、ジャズではその伝統がつねに革新されてきたのです。

そして途中からは、ベニー・グッドマンのような白人ミュージシャンたちもこの音楽に魅了され、「改革」に少しずつ参画していくのです。そしてその結果として、初めてジャズがアメリカを代表する大衆音楽たりえることともなったのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

>>「隔週刊CDつきジャズ耳養成マガジン JAZZ100年」のページを見る

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