撮影:弥永浩次

これまでいくつものオンライン体験サービスに参加してきた中で、とりわけ心地よい余韻を感じたのが、脱サラをして農業に転身し、福岡県・糸島市で農園を営む若松潤哉さんによる体験プログラム。自宅に届いた、農園に実る黒豆とびわの葉が入った体験キットを使い、パソコン画面に映る若松さんに教わりながら、自分で豆や葉を焙煎し、黒豆茶とびわ茶をつくるというものだ。人生初の焙煎は心躍る体験であり、お茶の味わいを一層深めると同時に、何より若松さんが伝える農園や地元・糸島にまつわる語りも楽しい。まるで糸島を訪れ、豊かな自然の中で、若松さんや他の参加者たちと共に、ティータイムを満喫しているような気分に浸っていた。

笑いの絶えない若松潤哉さん(左)のオンライン体験。ライブで焙煎の方法を教えてくれるのはわかりやすい。

豊かな自然や文化を100年後の未来につないでいく「三ツ矢青空たすき」

この都市生活者と自然を結ぶオンライン体験は、2024年に生誕140周年を迎えたアサヒ飲料の炭酸飲料『三ツ矢サイダー』から生まれた体験サービス事業「三ツ矢青空たすき」が提供するプログラムである。

「三ツ矢青空たすき」は、日本の自然の恵みに育まれた『三ツ矢サイダー』を軸として、「日本の豊かな自然や長く受け継がれてきた文化のたすきを、100年後の未来につないでいきたい」という思いからうまれた。名前にある「青空」は、日本の過去と未来を、全国の人と人をつなぐ象徴として使われている。

三ツ矢青空たすきの事業に携わる宮本史帆さんは、自社が実施した調査で、三ツ矢サイダーにまつわるエピソードや思い出として、日本の原風景で味わった経験や、大事な人と飲んだ郷愁の記憶が目立ったことが、着想のヒントになったと語る。

アサヒ飲料のマーケティング本部マーケティング企画部ブランド活用推進グループプロデューサーである宮本史帆さん。糸島ではみずから語り部探しなどにも奔走した。

「“田舎の祖父母の家で、田植え後に家族みんなで飲んだことを思い出しました”、“夏休みにお父さんと昆虫探しに出かけた時に飲んだ三ツ矢サイダーは最高においしかった”といった声を聞き、そこに現代の日本人が失いかけているものや、大切にしたいと願っているものがあるのではと感じたことが事業の原点になりました。豊かな自然資産を持つ地域で、“語り部”の方々の協力を得て、体験プログラムの提供をはじめました」(宮本さん)

語り部とは、自然と共生し、人と人とのつながりや自然を守るために活動されている人を指す。冒頭に紹介した農家の若松潤哉さんをはじめ、木の皮をむく間伐で森を再生する方や、天然素材を使ってものづくりをされている方など、職業、年齢が違う語り部が、それぞれの活動スタイルで、自然の恵みや自然に寄り添う暮らしを多くの人に伝えている。

自然の恵み豊富な福岡県・糸島を拠点にオンラインをはじめ多彩な体験を提案

この物語の舞台として選んだのが福岡県西部に位置する糸島半島だった。沿岸は玄界灘に面し、中央には別名「筑紫富士」とも呼ばれる美しい姿の可也山(かやさん)などの山々があり、森林や田園地帯など豊かな自然資産を持つ地域である。

「糸島を拠点としたのは、海、森、畑、自然に寄り添う暮らし、そのすべてがあることが一番の理由です。もう一つは、100年後も、この豊かな暮らしを守っていくために、みんなでできることを考えていきたいという熱い思いを持った“語り部”が多くいらっしゃることです。『三ツ矢青空たすき』では、語り部が物語の主人公となり、自然に触れ合いたい、 人との触れ合いを取り戻したい、日本の良さを発見したいと思っている都市生活者の方に体験を提供していくことをテーマとしています。私たちは、両者の仲人的な役割を担っていると思っています」(宮本さん)

レジャーや観光とは一線を引き、楽しいだけで完結しないプログラムを充実させている。

「私たちが伝えたいのは、『自然の好循環』や『持続可能な暮らし』です。例えば、私たちがふだん三ツ矢サイダーの製造や生活の中でお世話になっているお水も、無限に湧いてくるものではなく、空と森と海がつながって循環しているものであること。古民家も、みんなで手入れをして、100年、200年と維持してきた文化があることなど、身近にある自然やくらしの素晴らしさを改めてお伝えしていければと考えています」(宮本さん)

山側から望む玄界灘。糸島には海、山、森、畑など、日本の原風景が現在もしっかり残されている。

プログラムの提供方法は、現地体験、オンライン体験、動画視聴の3タイプがある。現地に赴く時間のない人も気軽に参加のできる「オンライン体験」を入り口ととらえ、「森」、「海」、「畑」、「自然に寄り添うくらし」をテーマに、自然の好循環や、持続可能な暮らしを伝えていく、多くのプログラムを発信している。

海底から湧き出る海底湧水を汲み、塩をつくる現地体験。
築150年の古民家を使ったDIY体験。

「現地体験とオンライン体験を半々ぐらいの頻度で実施しています。オンラインの自然体験は一見すると、リアリティがなく成立が難しい印象もありますが、自分自身が実践者である“語り部”が発する言葉にこそリアリティがあり、パソコンの画面から投げかける言葉でも心に染み込んでいきます。この体験に参加していただくことで、自然を感じ、自然に寄り添う暮らしを踏み出してもらうきっかけになると思っています」(宮本さん)。

冒頭で紹介した「わかまつ農園」で育てられた無農薬の黒豆茶・びわ茶を焙煎するオンライン体験。
森づくりの過程で出る皮むき間伐材を使ったコースター作りが楽しめるオンライン体験。

忙しくてライブ配信のオンライン体験に都合がつかないという人のために、いつでも好きな時間に楽しめる動画視聴プログラムも用意している。

体験を通じて自然との距離を縮め、都市生活者の意識を変えていく

「三ツ矢青空たすき」にはもう一つ、これまで企業が行ってきた自然をテーマとする取り組みと異なる独自性がある。

「常々、世の中を変えるのは、企業ではなく、1人ひとりの消費者の方の力だと思っています。それゆえ、私たちは、特に都市に暮らす方の自然に対する行動を変えるような、きっかけをお渡ししていくのが、とても大事なことだと考えています。自然志向の暮らしに関心がありながら、なかなか実践ができないと感じている方に、興味を持っていただけるような、さまざまな切り口で体験を提供することで、自然との距離を縮め、今のままの暮らしだと100年後にこの豊かさは保たれないことに気づいて、自然との向き合い方・暮らし方が少しずつ変わっていただければうれしいですね」(宮本さん)

最終的には体験から何かエッセンスを感じ、自分の住んでいる地域で実践するスタイルを理想としている。

「事業に携わる以前は、都会の空き地に生える“雑草”に目を留めることはありませんでしたが、今では、こうして“野草”が生えるのも、まだ水や土が豊かなんだな、良かったなと感じたり、雑草ではなく野草というとらえ方になったり、まったく違う視点で見られるようになりました。そこに小さな命があると感じることによって、自分も自然の一部であることの認識が一層深まると思います」(宮本さん)

 

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