嬉々として「香炉峰の雪」の情景を再現する清少納言(演・ファーストサマーウイカ)。(C)NHK

ライターI(以下I):『光る君へ』第16回のトピックスはなんといっても「香炉峰の雪」の場面。「少納言よ、香炉峰の雪はいかならむ」という『枕草子』に描かれた場面が大河ドラマで見ることができるなんて、感動するのと同時にうるうるしてしまいました。

編集者A(以下A):平安時代の愛好者の方々、とりわけ「定子・清少納言」派の方々、さらには『枕草子』を読んだことのある人にとっては、「胸熱」の回になったんでしょうね。

I:まさに「大河史に刻まれる」記念すべき回になりましたが、さっそく振り返りたいと思います。劇中では、藤原行成(演・渡辺大知)などが一条天皇(演・塩野瑛久)、中宮定子(演・高畑充希)に『古今和歌集』の写しを献上するなど、「きらびやかなサロン」の場面が展開された流れで、中宮定子が唐突に「少納言、香炉峰の雪はどうであろうか」と謎合わせのお題を出します。『枕草子』の原文は、

雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子(みこうし)をまゐりて。炭櫃(すびつ)に火おこして、物語などしてあつまりさぶらふに、「少納言よ、香炉峰の雪はいかならむ」と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾(みす)を高く上げたれば、笑はせたまふ

ということになります。過去に何度も読んでいる場所ですが、大河ドラマで映像化されると、より解像度が上がって、情景がよりくっきりと浮かんでくる感じになるのが不思議ですね。

A:これは唐の詩人白居易(白楽天)の「香炉峰下 新たに山居を卜(ぼく)す」の漢詩が原典。45歳の白居易が左遷先でつくった作品になります。作中の「遺愛寺の鐘は枕にそばだちて聴き   香炉峰の雪は簾をかかげて看る」の場面の「簾をささげて看る」の部分を、ききょうこと清少納言(演・ファーストサマーウイカ)が「再現」した形になります。中宮定子の唐突な問いに、機転をきかせて当意即妙に対応したということが賞賛されたという場面です。

I:ポイントは、紫式部同様に漢籍に詳しいと評判だった高階貴子(演・板谷由夏)の深い教養が娘の定子に受け継がれているということと、特別待遇で定子の女房を務めていたといわれる清少納言が面目を施した場面になるということになるかと思います。『枕草子』によると、中宮定子のサロンに出仕する際には、かなり緊張していたといいますから。

A:白居易の原典に詠じられた香炉峰は、江西省廬山(ろざん)の深山幽谷の地として知られています。中国史の中でも漢詩などの材になることの多い景勝地。劇中の上級貴族は誰も現地で見ることができなかった絶景を、現代の私たちは行こうと思えば行けるというのが感慨深いですね。

I:『枕草子』には清少納言と中宮定子との間に交わされたやりとりがいくつも描かれています。今週の劇中で雪遊びを楽しんでいましたが、時系列でいうともう少し後になりますが、雪山作りのエピソードや、古い和歌を引歌として引用するエピソードなど、この際全部映像化してほしい題材がたくさんあります(やや、興奮気味)。

A:こういう言葉遊びというか謎々合わせのようなことを好んでいたようですね。現代でいったら、「線路の脇のつぼみは、いかならむ」とお題を出されて、赤色系のスイートピーの花を用意するといったところでしょうか。

I:え、松田聖子さん? 「赤いスイートピー」ですか? それは昭和世代にとってはあまりに簡単なお題で、同じ『枕草子』に登場する「弓張月」のエピソードようなお題ではないですか?

A:「弓張月」のエピソードもぜひ映像化してほしいですね……。いずれにしても、中宮定子と清少納言が漢籍を通して世界観を共有しているのがうらやましくもあり、美しく思えたり、粋なやりとりだと思ったり、受け止め方はさまざまかと思います。私が「香炉峰の雪」のやりとりでいつも思い出すのが、作家山口瞳さんのエピソードです。雑誌『サライ』2004年12月2日号の引用になります。この特集では酒場での山口瞳さんのちょっと粋な話が紹介されています。該当箇所のみ引用します。

長男で映画評論家の正介さんが、はち巻岡田での山口と先代の女将・こうさんとの粋なやりとりを紹介してくれた。
切らした空豆を、ほかの店に借りにいこうとしたこうさんが呟く。
「いろもよう、ちょっと借り豆」
カウンターでそれを聞いていた山口が、すかさず切り返す。
「“貸さね”といったらどうする」
豆を借りにいくこうさんは、歌舞伎の演目『色彩間刈豆(いろもようちょっとかりまめ)』で洒落た。『色彩間刈豆』の別名は『累(かさね)』。山口は当意即妙に掛け合わせたのだ。正介さんがいう。
「この会話は、ふたりが歌舞伎の演目を知っていて、しかも『色彩間刈豆』の別名が『累』ということまで理解していたからこそ、粋なやりとりになるわけです。父は宴席や酒場で、こういう会話を楽しむのが文化だと思っていたのです」
※女将のこうさんの「こ」は実際は旧字

I:ということは中宮定子と清少納言のやりとりもまた「文化」ですよね。

悲田院で発熱したまひろ。次ページに続きます

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