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ハービー・ハンコック|「時代の感受性」と並走しジャズを拡大した変容するピアニスト【ジャズの巨人】第15巻より

文/後藤雅洋

「ジャズマン」「ミュージシャン」「音楽家」、どれも似たような意味で、私は全部の言葉を使ってきました。しかし、よく考えてみると、それぞれのニュアンスは微妙に異なっています。

ジャズマンは当然ミュージシャンですし、音楽家ともいえるでしょう。しかし「逆も真」ではありませんよね。音楽家といってもジャズマンとは限りません。「言葉遊び」のようでもありますが、今回の主人公ハービー・ハンコックの音楽をわかりやすく解説するには、こうした視点がたいへん有効なのです。

結論から申しましょう。ハービー・ハンコックは非常に優れた音楽家であると同時に、きわめて才能豊かなジャズ・ピアニストなのです。その理由を説明する前に、今まで登場してきたジャズ・ピアニスト像を素描してみましょう。

まずモダン・ピアノの祖バド・パウエルは、いかにも「ジャズマン」らしいジャズマンですね。ジャズのことしか考えていない魅力的な「変わり者」で、人間的にもものすごく色の濃い興味深い人物です(あまり個人的にお付き合いしたくはありませんが……。だって、会うたびに「1ドル貸してくれ」なんて言われたくないですよね)。ですから「音楽家」というような、ちょっとかしこまった言い方はそぐわない。

ビル・エヴァンスは「ジャズのことしか考えていない」点ではパウエルと同じですが、世代のせいかもう少し私たち「普通の人間」に近い親しみやすさを感じます。彼はピアノという楽器にこだわったという意味で、まさに「ジャズ・ピアニスト」という呼称がふさわしい。

偉大なエンターテイナー、オスカー・ピーターソンもまたピアノという楽器の能力を100%発揮させるミュージシャンという点では、まさに「ジャズ・ピアニスト」ですね。しかし彼もまた「カナダ生まれ」という文化背景のせいか、パウエルほどには強い「ジャズマン臭」は感じません。

そしてセロニアス・モンクです。モンクこそが典型的な「ジャズマン」であると同時に、彼ほど「音楽家」という言い方が似合うジャズ・ピアニストはいないでしょう。では、どこが? ふたつほど条件があります。

まず優れたバンド・リーダーであること。優れたジャズマン=優れたバンド・リーダーとは限らないことは、天才アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーはじめ、バド・パウエルなど、個人技で勝負が決まるビ・バッパーならありがちなこと。彼らはさほどサイドマンたちの演奏に気を使っているようには思えません。

そのことと関連しますが、どちらかというとトランペットやサックス類といった「ホーン奏者」を前面に押し出し、彼らの「サウンド込み」で音楽表現を行なうということが「音楽家」としての条件ですね。それには「作曲家」であるということも当然絡んできます。

というのも、たんなる「ジャズ・ピアニスト」なら、「素材の料理の仕方」が勝負ですから、素材である「曲」は他人が作った「スタンダード・ナンバー」でも一向に構わないのです。

他方「自分のサウンド」ということにこだわれば、当然曲想自体から自分の味を出したほうがいいに決まっています。モンクがその典型でしたよね。「ストレート・ノー・チェイサー」など、いい曲であるだけでなく「モンクらしさ」がぷんぷん匂ってきます。

つまりはジャズを「トータル・ミュージック」として捉えていることが、私が「音楽家」という言い方をする条件なのです。そしてそれにはバンド・リーダーとしての能力が欠かせません。

ハービー・ハンコックは、私流の「音楽家」の条件にすべて当てはまっているのですね。では同じ「音楽家」たるモンクとの違いは? それはなんといっても「目標点」の違いでしょう。

モンクの目指すものはまず自分自身の感受性の表現ですが、それを冷静に観察する理論的な視点もある。他方ハンコックの目指すところは、もちろん自分自身の音楽なのですが、その「音楽」はより「一般的」というか、いい意味で「時代の感受性」あるいは「人々の嗜好」みたいなものを含んでいるのですね。

ですから、「世間の風潮」に合わせて音楽自体がめまぐるしく変化するのです。これはハンコックの音楽の最大の特徴といってもいいでしょう。モンクにはそうところはまったくありません。

「変容するハンコック・ミュージック」の背景には、当然彼の「親分」でもあるカリスマ・トランペッター、マイルス・デイヴィスの影響も考えられるでしょう。マイルスの音楽的変遷がそのまま「ジャズ」の範囲を広げたとまでいわれるのです。

しかし、その「変化の動機」は、マイルスとハンコックでは微妙に違うように思えます。というのも、マイルスの場合は彼自身の気質の中に「二面性」というか「変化への欲求」が潜んでいるからです。つまりマイルスは必ずしも「世間の嗜好」だけに従って自分の音楽を変えていったわけではないのですね。

■芸術性と大衆性の両立

こうしてみると、「音楽家」としてのハンコックの発想はわりあい常識的なものといえるでしょう。一般的に「好ましい音楽」とされているものを希求しつつ、その中に自分の個性を表現しようとしているのですから……。

「ブラインド・マン・ブラインド・マン」などにみられるアーシー(土臭い)な感覚などは、クラシック音楽から出発したハンコック本来の体質というより、黒人大衆の好みを念頭に入れた、いい意味での「意図的な音楽」といった側面が大きいのです。要するに優れた「プロ作家」としての資質がハンコック・ミュージックの本質なのですね。実際、彼はコマーシャル・ミュージックの類を依頼されてずいぶん制作しています。

こういう紹介の仕方をすると、「自己表現」を唯一の価値とする「ジャズマンたち」に比べ、ハンコックの音楽は劣っているのでは……と思われる方もいるかもしれませんが、そうではありません。そういう発想は芸術音楽が偉くて大衆音楽は劣っているという先入観に惑わされているのですね。

たとえば、モーツァルトやバッハといった偉大な「芸術家」たちだって、王侯貴族たちや教会から「依頼された」作品をずいぶん残していますが、それらはけっして劣っているわけではありません。他方、自発的に作った音楽がすべて優れているわけでもないことは、どなたもご存じのはず。要は、作家の才能・能力の問題なのですね。

そういう意味では、ハンコックはきわめて優れた音楽家といえるでしょう。レコード売り上げのことを考え、「人々の好み」を念頭に入れつつ、そうした条件の中で「音楽として」優れ、しかも「ハンコックの個性」をも込めるという、非常に厳しい条件をすべて高いレベルでクリアーしているのですから……。

ハンコックは本来の意味で「プロフェッショナル・ミュージシャン」なのです。

■スタイルは変化の連続

とはいえ、そうしたハンコックの個性が広く理解されているわけではないようです。というのも、時期によって彼のスタイルが大きく変わるため、ハンコックに対するイメージがファンの世代によってかなり異なっているからです。

1970年代にハンコックに出会ったファンは「ハンコック=フュージョンの元祖」というイメージが強く刷り込まれていると思います。1973年に録音された『ヘッド・ハンターズ』(コロンビア)は爆発的にヒットしただけでなく、それ以降のジャズ・シーンに大きな影響を与えたエポック・メイキングな作品でした。ジェイムズ・ブラウンなどの「ファンク・ミュージック」寄りの音楽をジャズマンが行なうことで、一気にジャズ・シーンのフュージョン化現象が進んだのです。

それに対し、団塊世代を中心としたもう少し前からジャズを聴いていたファンは、いわゆる「60年代新主流派」の代表的ミュージシャンとして、「新しいけど、オーソドックスなジャズマン」としてハンコックを見ていたはずです。

とはいえ、今やベテラン・ファンとなっている彼らにしても、おそらくハンコックの「変容」は知っているはずです。というのも彼のデビュー・アルバム『テイキン・オフ』(ブルーノート)は、彼の作曲したファンキーな名曲「ウォーターメロン・マン」の大ヒットとともにハンコックの名前を知らしめたからです。

そして、その音楽は、同じころ大ヒットしたトランペッター、リー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」に代表される「ジャズ・ロック」の一種のようにファンには思われていたのです。

しかし、マイルス・デイヴィス・バンドに採用されてからのハンコックのリーダー作は、かなり傾向が変わり「新主流派(New Mainstream Jazz)」と当時のアメリカのジャズ評論家に呼ばれたように、より正統的なジャズ・スタイルとなっているのですね。

■ふたたびジャズの王道へ

ハービー・ハンコックは1940年(昭和15)、アメリカ中東部の大都会イリノイ州のシカゴに生まれました。ハンコックは幼少期からかなり本格的にクラシック音楽の教育を受け、それに見合う才能を示していたのです。

コンサートでの評価もたいへん高く、わずか12歳でシカゴ交響楽団とモーツァルトのピアノ協奏曲を演奏したりもしているのです。それと同時にジャズにも興味をもって、演奏を試みたりしているのですね。

しかし、あくまで順序はクラシックが先で、ジャズの演奏方法はクラシック教育の成果の上で身につけたというハンコックの経歴は、「音楽家」としての彼の発想を理解する上で重要なポイントです。

こうした境遇のミュージシャンの卵にありがちなことですが、ハンコックもまた本来目指していたクラシック音楽家の道と、ジャズ・ミュージシャンへの転進との狭間で思い悩む青春期を過ごしていました。結局トランペッター、ドナルド・バードのバンドに参加することで進路が決まったのですが、出会ったのがドナルド・バードであったことは、思いのほかハンコックの「その後」にとって大きな意味をもっていました。

バードは、ハンコックをブルーノート・レコードのオーナー、アルフレッド・ライオンに紹介しただけでなく、ジャズ界のしきたりや著作権管理の方法など、ハンコックの経済面にひとかたならぬアドヴァイスをしているのですね。その効果はたいへん大きく、ハンコックは前述の「ウォーター・メロンマン」の印税で新人ジャズマンとしては破格の収入を得ることができたのです。

そして63年にハンコックは当時のナンバーワン・ジャズ・バンド、マイルス・デイヴィス・クインテットに参加し、68年まで所属します。この間にハンコックがマイルスから受けた音楽的影響は圧倒的でした。しかしそれと同時に、ハンコックは「自分自身の目指す道」への欲求も強まり、同年独立します。

その後の彼の経歴を見ると、前述の『ヘッド・ハンターズ』はじめ大衆的成功を収めたアルバムは数知れません。しかし、彼もまた年を経るごとに本来彼が目指していた「ジャズの世界での音楽的成功」という「王道路線」に回帰しつつあります。彼は現在でも第一線で活躍しており、私も彼のライヴの素晴らしさは何度も体験しています。

文/後藤雅洋
ごとう・まさひろ 1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

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