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バド・パウエル|内なる炎が燃えるピアノ・トリオの開祖【ジャズの巨人】第7巻より

文/後藤雅洋

ジャズ史上もっとも偉大なピアニスト、バド・パウエルは、眺める角度によってさまざまな姿を浮かび上がらせる、まさに「ジャズの巨人」です。

私はまだ高校生のころ、パウエル晩年の人気アルバム『ザ・シーン・チェンジズ』(ブルーノート)をくり返し聴きながら試験勉強をした、懐かしい思い出があります。ジャズならではの小気味よいリズムに乗って繰り出される哀感に満ちたパウエルの演奏は、何度聴いても飽きませんでした。こうした体験をおもちのジャズ・ファンは少なくないように思います。

パウエルの第1の顔は、「ジャズの気持ちよさをわかりやすく教えてくれるピアニスト」といったところでしょうか。具体的には「メロディとリズムの心地よい合体」の魅力が、「ピアノ・トリオ」というシンプルなフォーマットを採ることによって入門者にもわかりやすく伝わってくるのです。

メロディ・ラインを演奏する楽器がピアノだけなので、誰でも容易に旋律が聴き取れると同時に、打楽器の性質ももっているピアノならではの明確なリズム感が、ジャズ特有の躍動的リズムを際立たせているのです。

注目していただきたいのは、とりわけ日本のファンに人気の高い「ピアノ・トリオ」という楽器編成を最初にジャズに持ち込んだこと。それがバド・パウエルだったのです。

19世紀末、アメリカ南部の港湾都市、ニューオルリンズで始まったとされる「ジャズ」は、日本でいうブラス・バンドの楽器編成を基本に生まれました。コルネット(トランペットの一種)やクラリネット、トロンボーンなど、演奏しながら行進できる楽器がメインで、持ち運びができないピアノは加わっていません。

ピアノがジャズに入り込んだ経緯はちょっと複雑で、「ラグタイム」というアメリカ中西部で盛んだった音楽がその発端にあります。ラグタイムは譜面どおりに演奏するのが基本で、そのままではジャズとはいえませんが、これが変形され、しだいにジャズ・ピアノとしての形を整えていきます。

パウエルが登場する以前の大ピアニストとしては、クラシックの演奏でも一流だったアート・テイタムがいます。彼が得意としたのはソロ・ピアノで、持ち前の超絶技巧を駆使した華麗な演奏でファンを魅了しました。同時に複数の音が出せるピアノは「ワンマン・オーケストラ」の異名どおり、左右の手を生かすことでひとりでも多彩な音楽表現が可能なのです。

ピアノはビッグ・バンドでも用いられました。ジャズを代表するビッグ・バンド、デューク・エリントン楽団もカウント・ベイシー・オーケストラも、バンド・リーダーであるエリントン、ベイシーともにピアニストです。彼らはリズムが明確なピアノの特性を利用し、ベース、ドラムス、そしてギターといっしょに、ジャズの基本であるリズムを提示する「リズム・セクション」を形作りました。

また、同時に複数の音が出せるピアノは、音楽の基本を形作る「和声構造=音楽の響き」をバンド・メンバーに的確に知らせることもできます。

このようにソロ、あるいはビッグ・バンドのリズム・セクションとして活躍したピアノでしたが、それ以外の楽器編成はあまり試みられませんでした。それには理由があります。音色自体が派手なトランペットやサックスといったホーン楽器に比べ、相対的に音量が乏しく、ややおとなしい音色のピアノは、ホーンといっしょに演奏すると目立ちにくいのですね。

この欠点を克服したのはアール・ハインズという名ピアニストでした。彼はホーン楽器に負けないようメロディ・ラインを強調するため、1オクターヴ上の音域で同時に同じメロディを演奏するなどという斬新な試みを行なっています。

バド・パウエルはハインズの試みを改良し、左右両手が使えるピアノの機能をあえて右手に特化し、即興的なメロディ・ラインを演奏することに専念させました。そして従来左手が受け持っていた、低音域でコード=和音を響かす役割をベーシストに、リズム・キープはドラムスに任せたのです。

その結果として、現在定番となっているピアノ、べース、ドラムスという「ピアノ・トリオ」のフォーマットが確立されたのです。要するにパウエルは、それまで脇役的存在に甘んじていたジャズ・ピアニストの位置を、一気にホーン奏者並みに引き上げた最大の功労者ということになるのです。

■モンクとパーカーに学ぶ

しかしパウエルの凄さはここから先にあるのです。

1940年代半ば、アルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーによって「コード進行に基づく即興演奏」という革命的なジャズ・スタイル〝ビ・バップ〟が誕生しました。この先鋭的なスタイルはトランペッター、ディジー・ガレスピーなど、当時の革新的若手黒人ミュージシャンたちによって担われ、それまでのジャズを一変させてしまうほどの影響力をもっていました。

そしてその即興スタイルをピアノで実現させたのが、バド・パウエルだったのです。

現在「ジャズ・ピアノ」と呼ばれる演奏スタイルの骨格は、この時代にパウエルが試みた奏法が基礎になっているのです。彼が「モダン・ジャズ・ピアノの開祖」と呼ばれるのは、こうした歴史的事実によっているのですね。

1924年(大正13年)ニューヨークに生まれたバド・パウエルは、世代的には20年生まれのパーカーの弟分で、26年生まれのトランペッター、マイルス・デイヴィスの兄貴格にあたります。パウエルの弟、リッチー・パウエルもピアニストで、名トランペッター、クリフォード・ブラウンのサイドマンを務めましたが、自動車事故のためブラウンといっしょに亡くなっています。

〝ビ・バップ〟前夜42年に、彼もまた「ジャズの巨人」である大ピアニスト、セロニアス・モンクにパウエルは出会います。ちなみにモンクは20年生まれでパウエルより年上。この出会いはパウエルにとって重要で、先輩ピアニストであるモンクから音楽理論を学んでいます。

興味深いのは、先生にあたるモンクとパウエルのスタイルにはほとんど共通点がなく、また〝ビ・バップ〟発祥の場所とされるクラブ『ミントンズ・プレイハウス』でハウス・ピアニスト(常雇いピアニスト)を務めていたモンクのスタイルが、あまりビ・バップ的ではないところです。それだけモンクの位置はユニークだったのですね。しかし教師としては優れていた。

45年、パウエルに最初の不幸が訪れます。警官に警棒で殴られ療養生活を余儀なくされるのです。彼にはこうした不運がその後もたびたび訪れ、それがもとで精神状態が不安定となり、演奏活動にも支障をきたしています。

好不調の波が歴然と現れ、天才的閃きを見せるかと思うと、時期によっては指の動きも定かではない怪しげな演奏も少なくありません。ですから、ファンはこうした事実を理解したうえで、彼の音楽の全体像を把握しようとするのです。

しかしこの年は悪いことばかりではありませんでした。ジャズ革命の中心ともいうべきチャーリー・パーカーのバンドに参加したのです。ここにジャズ史を彩る天才ふたりが顔を合わせたのです。そして47年には、まだ駆け出しのトランペッター、マイルス・デイヴィスとともにサヴォイ・レーベルにパーカーのサイドマンとして録音を残しています。

ところで、先ほどから「天才」という言葉を用いていますが、これは私の独断ではありません。サヴォイのレコーディングだけでなく、クラブで毎夜パウエル、パーカーらと共演したマイルスが自伝で証言しているのです。

彼は後年当時を思い返し、天才の名に値するミュージシャンとしてパーカーとともにパウエルの名を挙げているのですね。彼の自伝でこうした最大級の賛辞を与えられたミュージシャンは、このふたりだけです。だいたいにおいて辛口なマイルスの実体験に基づく批評だけに、これは重い。

しかし率直にいって、私自身パウエルの天才性を理解するのにはちょっと時間がかかりました。最初に挙げた「親しみやすいパウエル像」と「天才パウエル」の間には、微妙な距離があるのですね。ひとことでそれを説明すれば、パウエルの音楽はどこかしら「自分だけの世界」に遊ぶ風情があるのです。

音楽は演奏者と聴き手がセットで成立するものですから、いくらジャズは自己表現が大事とはいっても、まったく聴き手の存在を無視するような演奏はありえません。パウエルはけっしてファンをないがしろにしているわけではないのですが、音楽に対する突き詰め方が尋常でなく、その結果完全に「音楽の世界」に没入してしまうのです。

これは天才のみに許された特権といっていいかもしれません。凡庸なミュージシャンならただの「自己満足」が「至高の表現」足りえているのですね。

ですからパウエルの絶頂期といわれている演奏の凄みを体感するには、「外から眺める」ような聴き方ではダメで、「身体ごと音楽に入り込む」姿勢が求められるのです。

といっても別に難しいことではなく、パウエルが紡ぎだす1音1音を丁寧に追っていくだけのこと。しかし、これがけっこう大変。というのも、ふつうミュージシャンは自分の呼吸に合わせ、適当なところで「息継ぎ」するので、聴き手もそれに合わせて一呼吸することができます。しかし不思議なことにパウエルは、まるで酸素ボンベを背負っているかのごとくなかなか息継ぎをしない。ですから真剣に彼の演奏を追っていくと、心理的にではなく生理的に「息苦しく」なってくるのです。

しかしそうした「苦行」(笑)に耐え、全身でパウエルのピアノの音に寄り添うようにすると、一種異様な高揚感が訪れてくるのです。いわば音楽を通して天才の世界に入り込んだ状況ですね。

思うに「天才」と「よいミュージシャン」の違いはこのあたりにあるのではないでしょうか。先ほど書いた「親しみやすいパウエルと天才パウエルの距離」ですね。ごく自然な態度で聴いても楽しめる音楽と、相手の世界に寄り添うようにしないと見えてこない境地の違いと言い換えることもできるでしょう。

■〝枯淡〟にも深い味わい

このあたりの事情を反映させているのが「パウエル派」の存在です。ソニー・クラークはじめ、ウィントン・ケリー、トミー・フラナガン、ケニー・ドリューといった、深く日本のファンに愛されているジャズ・ピアニストの多くが、バド・パウエルの影響を強く受けているところから「パウエル派ピアニスト」と称されています。

しかし彼らが継承したのはパウエルがよく使うフレーズの断片やスタイルの大枠までで、パウエルが表現しえた「境地」にまで到達できたピアニストはひとりもいません。つまり誰も天才の天才性は受け継ぐことができなかったのですね。

まあ、これは当然といえば当然で、そんなことが可能ならば世界は天才で溢れてしまいますよね。ちなみに同じことはアルト・サックスの天才といわれたチャーリー・パーカーにも当てはまり、多くのパーカー派アルト奏者がコピーできたのは彼の表面的フレーズだけだったのです。

と、ここまでお読みになった読者の方々は、内心「ちょっと近寄りがたいなあ」と思われたかもしれません。しかしご安心ください。パウエルの音楽はもっと奥深いのです。それは「天才」より上の境地ということではないのですが、ある意味ではそれに「並ぶ境地」といってもいいかもしれません。

晩年のパウエルは絶頂期の聴き手の息を詰まらせるような超絶技巧こそ影を潜めましたが、いわく言いがたい「味わい」が素晴らしいのです。「枯淡の境地」といってもいいでしょう。しかしただの枯淡ではありません。「天才の枯淡」なのです。それは技術と表現の関係をあらためて考えさせられる境地といってもいいかもしれません。

そしてこうした深い演奏は、やはりパウエルにしかできないのですね。

文/後藤雅洋
ごとう・まさひろ 1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

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