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セロニアス・モンク|「ジャズは個性の音楽」を体現した唯一無二のスタイルと存在感【ジャズの巨人】第14巻より

文/後藤雅洋

ジャズを聴き始めたばかりのころ、私がジャズマンに抱いたイメージは、とにかく「特別な人たち」の集団なんだということでした。

それは周りにいたジャズに詳しい友人たちの話や、ジャズ雑誌などのコラム記事からの受け売りなのですが、一風変わった人たちが演奏する音楽が、「ジャズ」だったのです。そしてそのことが私にとってジャズに興味をもった大きな理由でもあったのです。

「野次馬的」と思われるかもしれませんが「変わり者たちの音楽」って、ものすごく想像力をかき立てますよね。 もっとも、ただの「変人」では仕方ありません。演奏が素晴らしく、そして音楽の内容と結びついた「変わり者」こそが、ジャズに対する想像力を刺激し、一般音楽ファンの関心を呼ぶところなのです。

それでは、音楽も人物もユニークなジャズマンの代表はいったい誰でしょうか? 私は偉大なるピアニスト、セロニアス・モンクこそが一番その条件に当てはまるような気がします。

天才アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーも「変わり者」コンテストなら断然トップでしょうが、彼のスタイルこそが「モダン・ジャズ」となってしまったため、あとから彼の演奏を振り返ると、その天才性は疑いようもありませんが、「聴いた感じ」はごく一般的なものとなっているのです。つまり「演奏の枠組み」としては、特段ユニークとはいえなくなっているのですね。もっともそのこと自体がじつに偉大なことだったのですが……。

話をモンクに戻すと、まったくその逆だということがわかります。「モダン・ジャズ・ピアノ」の開祖バド・パウエルに音楽理論を教え、テナー・サックスの巨人ジョン・コルトレーンがスランプに陥ると適切な助言を行なう。それにもかかわらず、モンクのピアノ・スタイルは主流にはなりませんでした。じつに不思議です。いや、そうでもないかもしれません。理由はあります。つまり、あまりにも「個性的」だったのです。

少しずつ説明していきましょう。それにはやはりジャズ・ピアノの歴史をひもとくのが近道でしょう。すでに何度か解説済みなので要約して説明します。

“ラグタイム”というアメリカ独自の音楽(譜面あり)から始まったとされる「ジャズ・ピアノ」は、アート・テイタムなど“ビ・バップ”以前のピアニストたちによって次第に形を整えていきました。そしてバド・パウエルも、彼とはまったくスタイルの異なるオスカー・ピーターソンも、ともにテイタムの影響を受けているのです。つまり「ジャズ史的連続性」はちゃんとあるのですね。

同じことがモンクにもいえるのです。彼もまたアート・テイタムはじめ、偉大なビッグ・バンド・リーダーでもあるピアニスト、デューク・エリントンなど「モダン期以前のピアニストたち」の影響を強く受けていたのでした。そしてバド・パウエルがスイング・ピアノを「改革」してモダン・ピアノ奏法を開拓したのに対し、ある意味でモンクはスイング時代の巨匠たちのスタイルを「そのまま」うまい具合に自分の個性に結びつけることに成功したといえるのかもしれません。

結果として、強固な「ジャズ史的連続性」を保ちつつ、パウエル一派のスタイルとも、そしてピーターソン流ヴァーチュオーゾ(超絶技巧)・スタイルとも一線を画した、まさにユニークなスタンスを勝ち得たのですね。

ちなみに「パウエル派ピアニストたち」がモダン・ピアノの主流足りえたのは、パウエルの右手のメロディ・ラインを強調した演奏法が「大枠として」模倣しやすかったということがいえます。また、ピーターソンの演奏がその親しみやすさにもかかわらず、あまり追従者が現れなかったのは、ひとえに技術の壁が厚かったからですね。

では、ジャズ・ピアノの伝統と結びつきつつも、ピーターソン以上に似たピアニストがいないモンクの「壁」とはいったい何だったのでしょうか?

それこそが「個性」だったのです。

ジャズの特徴の第一に「個性的演奏」ということがありますが、まさに「言うは易く、行なうに難い」のがジャズのアドリブなのですね。しかし個性的表現のキモであるジャズの即興演奏には、ちゃんと「ガイドライン」があるのです。それがたとえば、先ほどの「パウエル奏法の大枠」なのですが、モンク流即興演奏はガイドライン自体をそのつど探求しなければいけないような趣があるのですね。これはきわめてコピーが難しい。

■コントロールされたズレ

ところで、先ほどからジャズのもっとも大事な要素という前提で、個性、個性と連呼してきましたが、ちょっとここで「モンクの個性的演奏」について、あるかもしれない誤解を解いておきましょう。

ふつう個性というと「個性的性格」と結びつけられ、「思いつき」でユニークな演奏を行なうんじゃないかと思われがちですが、モンクの場合はそうではないのです。

たしかにモンクは性格的にもユニークだったのですが(その件はのちほどのお楽しみ)、音楽については他のジャズマンたちと同じようにきわめて真剣でした。けっして「思いつき」や「いっときの気まぐれ」であのようなユニークな演奏をしたわけではありません。

と続けてきて、思い出しました。まだみなさんに、モンクの演奏がどんなふうに変わっているのか説明していませんでしたね。ここで説明しておきましょう。

まずいちばんわかりやすいのは、異常とも思えるメロディ感覚ですね。端的にいって「変」。具体的には「調子っぱずれふう」。要するに、ふつう耳にする歌やジャズのメロディとは、かなりかけ離れているのです。

そしてその「変で調子が外れたようなメロディ」が「蹴つまずいた」ようなリズムに乗って展開されるのですから、これは怪しくもすさまじい。しかし当然のことですが、一応「音楽」にはなっているのです。これが考えてみれば不思議。

その理由は、ちょっとモンクの音楽を続けて聴けば、どなたにもおわかりになると思います。「一貫性」があるのです。ですから、少しモンクの演奏を聴き慣れれば、どなたでも「あ、これはモンク」と他のジャズマンの演奏と識別ができるようになるのですね。

これこそ、まさにジャズの王道、「個性的演奏」ではないでしょうか。

しかし、これがまた不思議といえば不思議。「調子が外れ」たり「蹴つまずい」たりするというのは、だいたい音程やリズムのコントロールができていないから。当然、外れ方もつまずき加減も不規則なはず。「一貫性」などあるはずがないのです。つまりモンクの「異様さ」はけっして「その場の思いつき」ではなく、ちゃんと音楽的にコントロールされているのですね。

その「コントロールの規則」が、たとえばバド・パウエル流ビ・バップ・ピアノのように「習得可能」ではないところが、たいへんに面白い。そして、その「面白さ」こそが「モンクス・ミュージック」の魅力の源泉なのです。

私もジャズを聴き始めたばかりのころは、ほとんどミュージシャンの識別などできない状態でした。つまりすべてが混沌。しかし、これでは好きになりようがありませんよね。

誰もが親しんできたポップス、歌謡曲はとりあえずメロディが識別できる、歌手が誰だかわかることがファンになる大前提でした。しかし、ジャズは聴き慣れないとすべてが音の洪水状態で、「ジャズっぽい」「リズミカル」ということまではわかっても、もう一歩踏み込んで「この人が好き」にはなりにくい。仕方なく、とりあえず聴き分けられる「メロディの魅力」に関心がいくのですが、これはやはりポピュラー・ミュージックの聴き方で、ジャズの魅力に迫るにはいまひとつ方向が違うのです。結果、しばらくすると「ジャズ熱」が醒めてしまいがち。

その点、モンクの演奏は一聴して「変」ではあっても音楽的一貫性があるので、聴くうちに次第に親しみが生まれ、知らぬ間にモンク・ファンになっているのです。

ですから、むしろジャズ初心者にとっては「入りやすい」ミュージシャンだともいえるのですね。現にモンクの奇妙さに惹かれ、彼の演奏を聴くうち知らぬ間にジャズ・ファンとなってしまった音楽ファンを私は何人も知っています。

そしてその方たちは、ジャズの本質ともいえる、「何をやってもそれが魅力的に聴こえればOK」という大原則を、モンクを通して体感しているのです。

■個性の後ろにある理論

さて、それではいよいよモンクの不思議な音楽の秘密に迫りましょう。といっても私がそれを理解したのは貴重な資料公開の賜物なのです。

セロニアス・モンクは優れた作曲家でもあり、トランペッター、マイルス・デイヴィスの名演で知られたジャズ・スタンダード「ラウンド・ミッドナイト」の作曲者です。そして彼がこの自作曲をソロで演奏したアルバムもあり、当然私はそれを聴いていました。

あるとき、その録音の際の記録が公開され、ボーナス・トラック(おまけの曲目)として収録されたCDが発売されたのです(『セロニアス・ヒムセルフ』)。つまり完成品が録音される「過程」ですね。これが面白いのです。

自作曲をひとりで演奏するのですから、せいぜいテンポ設定とか冒頭のアレンジを試す程度かと思いきや、長い長い。本当にあらゆるパターン、やり方を試みているのですね。その様子はあたかも自分自身が出した音をじっと聴き入っている風情なのです。

それを聴いて私はポンと膝を打ちました。「そうか、モンクは自分の感覚を観察しているんだ」と。観察しているのは「音楽理論に精通した」モンクで、要するに自分の身体に染みついた感受性自体を冷静に分析しているのですね。

つまり、モンクが追求しているのは「論理的感受性」みたいなもので、ふつうは両立しがたいと思われている「理屈」と「情緒」のバランスを取ろうとしているのでしょう。これは凄い。まさにバランスの星「てんびん座」生まれならでは、などと言いたくなってしまいます。

■個性派ゆえの不遇時代  

セロニアス・スフィアー・モンクは、1917年(大正6)10月10日(てんびん座)にアメリカ東部ノースカロライナ州に生まれました。そして、まだモンクが5歳のとき、一家でニューヨークに引っ越します。

彼はきわめて頭がよく、面白いことに数学や物理学に強い関心をもっていたことは、ちょっと「ジャズマン」の自由奔放なイメージからすると風変わりでもありますよね(そういえば、トランぺッター、クリフォード・ブラウンも数学が得意)。また、バスケット・ボールで活躍するなど運動神経もたいへん優れていました。

彼は母親が購入した自動ピアノ(オルゴールの原理で自動演奏するピアノ)に魅了され、ピアノを習うようになり、正式に音楽理論も学んでいます。そしてバプティスト派の教会でオルガンを弾いたり、近所で開かれるハウス・レント・パーティ(家賃を集めるための、いわば頼母子講のようなもの)でピアノを弾いたりと、ジャズの中心地ニューヨークで音楽に対する関心を強めていきました。

こうした体験がモンクに音楽家として生きていこうという気持ちを高めさせ、17歳で高校を退学し福音伝道者(キリスト教を布教する人たち)の一員として、布教集会でピアノを弾きながらアメリカ中西部を中心に2年間ツアーをして回りました。この間モンクは各地でジャム・セッションに加わり、ジャズマンとしての経験を積んでいったのですね。

ニューヨークに戻ったモンクは、40年代初めに”ビ・バップ“発祥の地として有名なハーレム地区にあるジャズ・クラブ『ミントンズ・プレイハウス』でハウス・ピアニスト、つまり常雇いピアニストとして採用されます。これはモンクにとっては決定的な出来事で、スイング・テナー・サックスの大物コールマン・ホーキンスや”ビ・バップ“の一方の雄、トランペッター、ディジー・ガレスピーらのバックを夜な夜な務め、自然な形で”ビ・バップ“誕生の現場に居合わせたのです。

そして、前述のようにバド・パウエルに音楽理論を教えたりもしているのですが、ここでもモンクのスタンスはユニークです。ぜんぜん「“ビ・バップ”ふう」ではないのです。もちろんセッションでは合わせるのでしょうが、すでにこのころからユニーク極まりない「モンク曲」を書いているのですね。

このように早くからジャズの中心部で活動を続けてきたモンクですが、やはりその「ユニークさ」がファンの耳に留まるのに時間がかかったのか、実力のわりにはレコーディングのチャンスに恵まれず、ブルーノート・レーベルの名プロデューサー、アルフレッド・ライオンによって録音が行なわれたのは47年のことでした。

それにもかかわらず時代に先行しすぎたのか、当時主流となりつつあったパウエル流のスピーディかつ流麗なメロディ・ラインとの距離がありすぎたためか、人気のほどはいまひとつで、相変わらずクラブでバック・ミュージシャンを務める日々が続いたのでした。

■時代がモンクに追いついた

当時のエピソードとして有名なのが、1954年のクリスマス・イヴに行なわれた「新人」トランペッター、マイルス・デイヴィスとの「喧嘩セッション」です。

この日リーダーとなったマイルスは、サイドマンとはいえ先輩格にあたるモンクに対し、「オレがソロをとっている間、ピアノは弾くな!」と言ったとか。まあ、のちにマイルスは自伝で「別に喧嘩などしていないよ」と弁明していますが、何かあったことは事実。真相は「自分のムード」を大事にしたマイルスが、かなり異質なモンクのバッキングを嫌ったといったところではないでしょうか。

そして、これはマイルスが考える“ハード・バップ”の理念(音楽的統一感の優先)とも一致しているのですね。いみじくも当時のモンクを取り巻く音楽状況が映し出されていたようです。

不遇をかこっていたモンクにチャンスが訪れました。リヴァーサイド・レーベルのプロデューサーを務めるジャズ評論家、オリン・キープニュースとの出会いです。彼はリヴァーサイドでモンクのアルバムを連続して録音していきます。キープニュースの入念な「モンク再評価作戦」が功を奏し、ようやくモンクの音楽に対するファンの理解が進みます。

時代はすでに50年代半ばを迎えていました。モンクは82年に亡くなりましたが、没後もモンクへの評価は高まるばかりで、ジャズマンばかりではなく、ロック・ミュージシャンまでもがモンクの作品を採り上げるなど、「音楽家」としての彼の存在感はますます増していったのです。

文/後藤雅洋
ごとう・まさひろ 1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

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