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マイルス・デイヴィス|常に次代のジャズを奏で続けた革命家【ジャズの巨人】第5巻より

文/後藤雅洋

ジャズという音楽ジャンルは本来の黒人音楽としての発祥と、白人文化の影響が複雑に混ざり合ってできた混交音楽です。ですからジャズの特徴もまた単一ではありません。

誰しもが思い浮かべるシンコペーションの効いた躍動的リズムももちろん大きな特徴ですし、また「アドリブ」という言い方で知られるジャズ特有のスリリングな即興演奏も、ジャズの重要な特徴といえます。そしてそれらジャズならではの特性を駆使して、自分なりの「個性的表現」を行なう音楽がジャズなのだ、とひとまずいっていいと思います。

マイルス・デイヴィスの師であった天才的アルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーは、まさにこうした現代ジャズの条件といわれるものすべてを体現することによってジャズを一新した、「モダン・ジャズ」の開祖です。

しかしジャズにはもう少し複雑な要素も備わっていました。それはピアニストであり名バンド・リーダーとして知られたデューク・エリントンの楽団が開拓した、黒人音楽ならではの濃厚で深みのあるバンド・サウンドです。ちなみにエリントン楽団はパーカーが活躍し始める1940年代半ばより遥か昔の20年代から活動を続けていました。

マイルス・デイヴィスの音楽はビッグ・バンドではありませんが、エリントン楽団が生みだす芸術的ともいうべき「サウンド」の魅力にも深いところで影響を受けています。それは、表面的にはむしろ「白人的」といってもいい「9重奏団」の音楽にも、「個人のソロより、複数の楽器によるサウンド重視」という発想として息づいています。

こうしたジャズならではの「サウンド」が聴き手にもたらす効果は、ムードとか気分といった言葉で言い表せる独特のジャジーな雰囲気です。マイルスの音楽が多くのファンを魅了するのは、リズム、アドリブ、個性的表現といった「モダン・ジャズの必須条件」に加え、マイルスならではの「特有のムード」を醸し出しているからなのです。西欧音楽では伝統的に重視されてきた「サウンド」という考え方を、巧みに「モダン・ジャズ」に取り入れた、マイルスならではの秀逸なアイデアですね。

40年代末から50年代初頭にかけてのマイルスは、個人のソロ=アドリブと、集団によるアンサンブル・サウンドの折り合いをどうつけるべきか、ある意味で模索していたともいえるでしょう。その答えが見えてきたのが54年頃のことです。個人によるアドリブ・パートと、メンバー全体が醸し出す音楽的統一感をスムースに結びつけた、〝ハード・バップ〟という考え方です。

その試みは、ジョン・コルトレーンを擁するマイルス・デイヴィス・クインテット(5人編成バンド)の結成によって一気に完成度を高めます。56年には「ing4部作」と呼ばれる〝ハード・バップ〟の名演を世に送り出し、マイルスの名声は不動のものとなりました。

■〝モード〟より〝ムード〟

しかしマイルスの前進は止まりません。「コード進行に基づくアドリブ」という〝ハード・バップ〟の限界を予見し、〝モード〟という音楽上の考え方をジャズの即興演奏に導入した作品『カインド・オブ・ブルー』(コロンビア)を59年に発表します。このアルバムは現在に至るまで売れ続け、累積販売枚数は1000万枚を超えているといわれています。

このアルバムがジャズとしては異例なほど売れたのには理由があります。それはよくいわれるような「モードという新しい手法を用いたから」といった単純な話ではありません。それこそが「マイルス・ミュージック」の秘密なのです。

映画俳優にたとえるならば、クラーク・ゲーブルやヴィヴィアン・リーといった映画史に名を残すような名優は、たんに美男美女というにとどまらず、一種形容しがたい「オーラ」というかムードをもっているものです。ムードはまさにムードなので説明し難いのですが、名脇役特有の「個性的魅力」より一段上の、主演級俳優ならではの「その人でしか表現できない魅力」とでもいえましょうか。まさにマイルスの音楽にはそれがあるのです。

要するに『カインド・オブ・ブルー』が幅広く受け入れられたのは、「モード」という手法を用いて新時代の「マイルス・ムード」を巧みに醸し出しているからなのですね。マイルスにとって「モード」という考え方は、それ自体に意味があるというより、モードを利用することによって生まれる「新しいマイルス・ムード」こそが求めていたものなのです。

また名演「枯葉」は、元をただせばシャンソンですが、マイルスが演奏することによってジャズのスタンダード、すなわち定番演奏曲となった名曲です。そして多くのジャズ・ファンが頭の中で「枯葉」の旋律を思い浮かべるとき、面白いことにほとんどの方がマイルスのトランペットの音色で「枯葉」の曲想を思い浮かべるのですね。これは凄いことだとは思いませんか? これもまた「枯葉」を素材としてマイルスにしか出せない特別の雰囲気を聴き手に感じさせる、まさに「マイルス・ムード」なのです。

重要なポイントは、「モード」という考え方にしても「枯葉」という曲目にしても、「モードだからいい」「枯葉だから素敵」なのではなく、それをマイルスが素材として巧みに利用して、チャーミングな「マイルス・ムード」を醸し出しているところにあるのです。

マイルス・バンドは50年代末にジョン・コルトレーンのテナー・サックスに加え、キャノンボール・アダレイのアルト・サックスを擁した3管セクステット(6人編成バンド)に発展します。そして白人ピアニスト、ビル・エヴァンスを迎えた豪華な新グループは、モードという新しいジャズ・スタイルとも相まって、明らかに50年代ハード・バップとはひと味違う新鮮なサウンド=気分を獲得しました。

しかしコルトレーン、キャノンボール、そしてエヴァンスという大物ミュージシャンが相次いで独立し、60年代前半のマイルス・コンボはしばらくの間メンバーが流動的になります。テナー奏者に限っても、コルトレーンが抜けたあと、ハンク・モブレーやらジョージ・コールマン、サム・リヴァースなどかなり大勢が出入りしている。ピアニストに目を向ければ、エヴァンスの次がウィントン・ケリーで、この人選はコルトレーンからモブレーへの移行と重なっており、ジャズ・スタイルとしてはハード・バップ派への「先祖がえり」の様相も呈しています。

とはいえ、マイルス・バンドの凄いところは、コルトレーン、エヴァンス組より少々レトロなメンバーの演奏でも、明らかに聴き応えがあるのですね。マイルスを語るときにいつもいわれる「変容」の過程はけっして1本道ではなく、二股に分かれたり、かつての道を辿りなおしたりと、けっこう複雑なのです。

■クインテットで頂点に君臨

しばし流動的だった1960年代マイルス・バンドが決定的な陣容となったのは、60年代半ばのことでした。テナー・サックス奏者に現在も第一線で活躍している大物テナーマン、ウェイン・ショーターが、そしてピアノにも同じく現役のビッグ・ネーム、ハービー・ハンコックという鉄壁のメンバーが参加したのです。そしてベースにはこれまた現在活躍中のロン・カーター、そしてドラムスには当時天才少年として注目されたトニー・ウィリアムスという強力メンバーです。

この新生マイルス・デイヴィス・クインテットは60年代のトップ・グループであったばかりでなく、ジャズ史的にたいへん重要な位置を占めています。というのも、それから半世紀も経った現在でも、大多数のジャズ・グループはこの時代のマイルス・グループの演奏スタイルをひとつのスタンダードとしているからです。マイルスはモードという発想で自分自身のムードを魅力的に更新しただけでなく、「モード・ジャズ」の定番的演奏フォーマットをも生み出しているのです。

マイルスはこのようにして「モダン・ジャズ」の枠組みを少しずつ広げていったのですね。

■そしてエレキ・マイルスへ

マイルスの前進はまだまだ続きます。エレクトリック・マイルスです。この変容は少し複雑です。〝ビ・バップ〟から〝9重奏団〟を経て〝ハード・バップ〟、そして〝モード・ジャズ〟への道のりは純粋にジャズという音楽ジャンル内での変化でしたが、60年代後半にマイルスが挑戦した「電化路線」は、ロックという他ジャンルの影響が大きいのです。ただ「影響の意味」は少しばかり誤解されているようです。下世話にいえば、マイルスが60年代に一世を風靡したロックの軍門に下ったというようなニュアンスですね。

そもそもロック・ミュージックの歴史をひもとけば、エルヴィス・プレスリーもビートルズも、そしてローリング・ストーンズにしても、ブラック・ミュージックであるリズム・アンド・ブルースの強い影響を受けています。そしてリズム・アンド・ブルースの源流であるブルースとジャズは同じブラック・ミュージックとして、いわば親戚同士。半ば冗談ですが、最初に黒人音楽の「軍門に下った」のは、むしろエルヴィス、ビートルズら、米英の白人ミュージシャンたちだったのですね。

もちろん彼らがその「影響」を下敷きとして、明らかに新しく魅力的なロックという音楽ジャンルを創設したことは間違いありません。同じようにマイルスもまた、その大本に黒人音楽としての魅力を潜ませているロックを「利用」し、自らの音楽的表現の幅を拡張しようとしたのです。

そしてエレクトリック・マイルスの名を高からしめた69年録音の『ビッチェズ・ブリュー』(コロンビア)以降、マイルスはロックというよりむしろ〝 フリー・ジャズ〟を思わせるような「音の混沌」(これもまた「サウンド」の一種なのですね)から生まれるジャズのスリルを追求していきます。重要なポイントは、ロック的リズム・パターンやエレクトリック楽器を用いていても、この時期のマイルスの音楽から聴き取れるのは明らかに「ジャズ的スリル」なのです。

意外かもしれませんが、表面的にはまったく違って聴こえますが、エフェクターによって歪められたギターやキーボードによる濃密なエレクトリック・サウンドは、マイルス流の新エリントン・サウンドなのかもしれません。そしてそのダークで混沌としたサウンドから立ち上がるマイルスのトランペット・ソロには、明らかにパーカー譲りの即興のスリルがあるのです。マイルスはエレクトリック・ツールを用いて、芸術的バンド・サウンドの体現者エリントンと、個人プレイの王者パーカーという、直接は影響関係のないふたりのジャズの巨人たちの音楽を結びつけようとしたのかもしれません。要するに「ジャズの総合」を試みていたのですね。

ここでも「モード」や「枯葉」と同じように「ロック的手法」もまた「マイルス・ムード」拡張の道具・手段となっているのです。そればかりでなく、70年代以降ジャズはマイルスが切り拓いた「エレクトリック・サウンド」という新たな武器を手に入れ、いちだんとその表現の幅を広げていったのです。マイルスが「ジャズの拡張者」といわれるのは、こうしたジャズ史的事実の積み重ねによってなのです。

ところでマイルスの「二面性」についてですが、彼はスタジオ録音では「卵の殻の上を歩く男」と形容されたように、じつに繊細かつリリカルな演奏で聴き手を魅了しました。他方、ライヴではそれこそパーカー譲りの熱狂的スタイルを見せている。そのことは近年、いわゆる「海賊盤」と呼ばれる、ファンがコンサート会場で私的に録音したCDが大量に出回り、ライヴにおける思わぬマイルスの先鋭的姿勢が明らかになったことでわかってきました。まさに「二面性」ですね。

しかしこれはたんなる気まぐれではなく、かなり周到に計算されたもののようです。彼はレコードを一種のプロモーション・ツールと捉えており、ライヴこそが本来の見せ場と考えているのです。言い換えれば、マイルスは終生スタジオ録音で実現される緻密な「サウンド」の魅力と、ライヴにおける熱狂的「即興」のスリルを同時に追求する、二正面作戦を行なっていたといえるでしょう。

マイルスは75年から体調を崩し、およそ6年にも及ぶ活動休止期間を間に挟み、81年、不死鳥のごとくシーンにカムバックしました。マイルス最晩年の試みは、なんとポップスへの挑戦でした。マーカス・ミラーなど若手のミュージシャンにプロデュースを任せ、より幅広いファン層へとアピールする音楽を狙ったのです。それは、かつてジャズがもっていた大衆芸能的要素を取り戻そうとするかのごとくみえましたが、志半ばの91年、まさに「ジャズの巨人」としての生涯を閉じたのです。

文/後藤雅洋
ごとう・まさひろ 1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

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セロニアス・モンク|「ジャズは個性の音楽」を体現した唯一無二のスタイルと存在感

ハービー・ハンコック|「時代の感受性」と並走しジャズを拡大した変容するピアニスト

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