8月14日、東京・勝どきのギャラリー「@btf」で、「ミウラヒロシマ」三浦憲治写真展2025が開幕しました。三浦憲治さんは、生まれ故郷である広島の姿を撮り続け、2014年からは毎年夏に展覧会を開催してきました。この夏の開催で「ミウラヒロシマ」は第12回目となります。特に今年は東京・広島あわせて過去最大規模となる9会場で展示を開催。日程を少しずつスライドしながら同時展開されています。そこで今回、全9会場のなかで最後に開幕する「@btf」会場を取材しました。三浦さんがライフワークとして取り組む写真展がどのようなものなのか、その概要や見どころをレポートします。
撮り下ろしの新作多数! 三浦さんがとらえた広島の「今」

本展の会場となる「@btf」は、東京都中央区の勝どきにある旧物流倉庫をリノベーションした、広々としたギャラリースペース。昭和の残滓が色濃く漂う、隠れ家のような入り口から入場します。
会場内は、天井に届くほどの巨大な写真プリント3点をはじめ、全部で約40点弱の写真作品が披露されています。その大半となる30点以上が、他会場では見られなかった2025年夏の新作。三浦さんは、毎年、原爆が投下された8月6日に広島の街を歩き、その変化を記録し続けてきましたが、今年度も8月1日から7日にかけて撮影を敢行。その成果となる、まさに“撮って出し”となるフレッシュな新作がズラリと並びました。


それ以外にも、過去の歴代展覧会のポスターや、過去11回分の展示内容を記録したリーフレットも公開されています。リーフレットは椅子に腰掛け、実際に手にとって閲覧することができます。過去11回分の写真作品を順番に見ていくことで、三浦さんの写した広島の姿がどのように変化していったのか、時系列でたどっていける楽しみも味わえます。


ポップな感性と詩的な美しさを併せもつ、魔法のような眼
展示を見て強く感じたのは、三浦さんの写真には、どれも軽やかで、それでいて詩的な美しさが宿っているということです。一般的に「広島」をテーマにした写真と聞くと、反戦や平和を訴える重厚な報道写真を思い浮かべがちです。しかし、三浦さんの写真はまったく違っていました。街角で偶然出会った人々や、観光客でにぎわうランドマーク、道端で見かけた動物――展示作品を見ていくと、どれも日常の中の一コマが、とてもカジュアルに、かつポップな感性で切り取られています。それでいて、どこか切なくなるような美しさも秘められていたのです。
たとえば、本展のハイライトのひとつである、この大きなお墓の写真を見てください。これは、2年前の8月6日に三浦さんが実家の菩提寺である眞光寺の敷地内を写した1枚ですが、あちこちに広島地方特有のカラフルな「盆灯籠」が飾られ、画面右上部には純白の光が差し込んでいます。湿っぽさはまるでありません。とても墓地を撮ったとは思えないような、光あふれる幻想的な1枚に仕上がっているのです。

同じように、三浦さんが撮る“戦争の記憶”は一味違います。夕陽を受け、燃えるような真紅に染まる原爆ドーム、深夜の街頭に妖しく照らされた路面電車の線路、川面をゆっくりと流れゆく灯籠の幻想的なワンシーンなど、確かにどの写真も、「原爆」や「戦争」といったキーワードにつながる要素を含んでいます。それなのに、思わず見とれてしまいそうな意外な美しさに満ちているのです。



広島の街中で見つけた、かけがえのない一瞬
三浦さんは写真家としての本業で、俳優やミュージシャンのポートレートを長年手がけてきました。雑誌、書籍や映画ポスター、CDジャケットなど、三浦さんの仕事は多岐にわたります。それらの仕事では、事前の綿密な計画や調整を経て、スターたちが輝く最高の一瞬を狙いにいきます。感覚を研ぎ澄まし、集中力を高めて被写体の動きを追いかける必要があるのです。
ですが、興味深いことに、「ミウラヒロシマ」では、三浦さんは事前準備も打ち合わせも一切行いません。気の向くまま広島の街を歩き、気になったものに次から次へとカメラを向ける。疲れたら一休みして、また面白いものを探し歩く。三浦さんは、「みんなもスマホで気軽にパシャパシャ撮るでしょう? そんな自由な感じでやってるんだよ」と謙遜して笑ってみせます。

三浦さんのコメントとは裏腹に、それぞれの作品には、即興で撮られたとは思えない構図の巧みさや、光と影の織りなす豊かな色彩が備わっています。被写体となるのは見ず知らずの道行く人々ですが、彼らの表情もまるで構えた感じがありません。極めて自然な空気感で収まっており、その場所の温度や匂いまでもが漂ってくるようです。本展に先駆けて行われたインタビューのなかで、みうらじゅんさんが「ミウラヒロシマ」の展示作品は、「すべてレコードジャケットに見える」と評したのも納得できます。
本展に先駆けて発売された写真集『ミウラヒロシマ』では、「被爆2世」である三浦さんが、原爆の残影を身近に感じながら育った幼少期の思い出も綴られています。そのなかで、三浦さんは、原爆ドームを遊び場とするなかで、被爆して溶けたガラスの塊を見つけては大切に持ち帰り、庭に埋めていた、と語っています。どんな環境であっても、何か面白いもの、美しい瞬間を見つけ出す驚異的な目は、幼い頃から育っていたのかもしれません。
貴重な展示アーカイヴにも要注目

一通り作品を見終わったら、ぜひ、過去の展覧会を記録した11冊のリーフレットにも目を通してみてください。「わずか10年程度だけど、リーフレットを見返してみると、広島の街がどんどん変化し続けていることが実感できるんです」と三浦さんは言います。広島駅構内に路面電車のホームが開設され、橋の欄干にはLEDライトが灯るようになりました。また、広島カープはセ・リーグのレギュラーシーズンで3連覇を遂げ、街なかには外国人観光客が増え続けています。
筆者が展覧会を拝見した際も、カタログを熱心に読み込んでは、三浦さんが撮りためてきた広島の姿を懐かしそうに眺めている人がいました。三浦さんの写真は、見る者の感情や記憶を豊かに引き出してくれる触媒なのだな、とあらためて感じました。

写真集『ミウラヒロシマ』は広島と向き合ってきた記録の集大成

また、会場では写真集『ミウラヒロシマ』も販売されています。本書は、過去11年間の「ミウラヒロシマ」の歩みを凝縮した“ベスト盤”とも言える1冊で、ページをめくるごとに“三浦ワールド”が立ち上がります。軽やかで、ちょっと不思議で、とても美しい三浦さんの写真を、紙面で何度でも味わい尽くしてみてはいかがでしょうか。これを手元に、実際に広島の街歩きに出かけてみるのも面白そうです。
三浦さんは「これからも、ライフワークとして、変わっていく広島の姿を楽しみに撮り続けていきたい」と話してくれました。被爆80年を迎えた広島。その日常の中に潜む小さな宝物を、三浦憲治さんのまなざしはこれからも探し続け、私たちに見せてくれるはずです。
展覧会情報

「ミウラヒロシマ」三浦憲治写真展2025
会期:2025年8月14日(木)~9月6日(土)
※木・金・土のみ開催(祝日休)
※8月23日(土)のみ16:00閉場
会場:@btf(東京都中央区勝どき2-8-19 近富ビル倉庫 3階・3B
開場時間:13:00~19:00
ミウラヒロシマ公式URL:https://dps.shogakukan.co.jp/miurahiroshima
広島会場開催情報(開催中)
<本展会場>
広島PARCO
開催期間:~10月13日(月・祝)
<サテライト会場>
おりづるタワー
開催期間:~8月31日(日) ※入場料あり
広島アンデルセン
開催期間:~8月31日(日)
八丁座ロビー(福屋八丁堀本店8階)
開催期間:~8月31日(日)
ジュンク堂書店広島駅前店(エールエールA館6階)
開催期間:~8月31日(日)
文・撮影/齋藤久嗣