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ソニー・ロリンズ|豪放磊落なアドリブ・ジャイアント【ジャズの巨人】第4巻より

文/後藤雅洋

私もそうでしたが、ジャズを聴き始めのころは外見のイメージでジャズマンを捉えがちです。ソニー・ロリンズといえばモヒカン刈りの強烈なイメージとともに、テナー・サックスを豪快に吹きまくる、まさに「ジャズの巨人」としてファンに知られてきました。

しかし彼のアルバムを丁寧に聴いていくと、ロリンズの演奏はそれほど単純なものではないことに気がつきます。こうした「多面性」は大物ミュージシャンほど顕著なようで、それがまたジャズの面白さでもあるのです。

「豪快」とか「楽器を吹きまくる」というジャズに対するイメージはさほど間違ってはいませんが、その一般的印象がロリンズと結びついたのは、ジャズが日本に幅広く紹介され始めた1960年代に、彼が大スターだったことが大きいようです。

そのころ日本のジャズ・ファンの間では、ソニー・ロリンズとジョン・コルトレーンを「2大テナー奏者」として比較する見方が定着していましたが、どちらかというとロリンズはすでに大物の風格を備えていたのに対し、コルトレーンはニュー・カマーとして見られていたのです。1930年(昭和5年)生まれのロリンズのほうがコルトレーンより4歳年下なのにこれは面白い現象ですね。

ファン層もまた微妙に2分され、ベテラン・ファンはロリンズ派に多く、他方、ジャズに何か新しいものを求める若年層はコルトレーン支持という色分けが、うっすらとですができつつあったように思います。これは、早くも56年には「セント・トーマス」を含むアルバム『サキソフォン・コロッサス』(プレスティッジ)でロリンズが大スターの地位を獲得していたことが大きいように思います。

そして演奏スタイルもロリンズはジャズの王道をいく正統派路線なのに対し、60年代に入ってからのコルトレーンは急速に前衛的色彩を強めていったことも影響していますね。いつの時代も若者は過激な方向に惹かれるものです。

こうした背景から、一時期ロリンズ・スタイルはもう古いというような見方が生まれましたが、これは当時盛んだった学生運動に見られるように、一過性の「時代の風潮」にすぎなかったようです。

実際今になって振り返ってみれば、後期のコルトレーンが疾走していった〝フリー・ジャズ〟寄りの方向は、必ずしも次代 のジャズ・シーンの中心とはなりませんでした(70年代は、エレクトリック楽器を使ったトランペッター、マイルス・デイヴィスが話題の中心)。というかロリンズとコルトレーンを、いわば「保守対革新」といった図式で見立てること自体が少々的外れなのですね。

では「2大」と並立させられたふたりの特徴・違い を、どう捉えるべきなのか? ごく大まかに言ってしまうと、天才肌のロリンズに対し、努力型コルトレーンということがいえると思います。

とはいえ、天才肌であっても努力しないで素晴らしい演奏ができるほどジャズは甘くありません。「肌」ではなく、まさに天才そのものだったアルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーだって、まずは猛練習をしているのです。

というのも、ジャズという音楽はロックやポップスとは違って、楽器がきちんと演奏でき一定の音楽理論を理解していることが最小限度求められる音楽ジャンルだからです。このあたり、まずは演奏技術がなければ音楽家としてスタート地点に立てないクラシック演奏家に似ていますね。

ひとこと付け加えるなら、たとえばデビュー時点でのビートルズの「演奏技術」はいまひとつでしたが、彼らの音楽的才能はとてつもないもので、だからこそスターへの道が開けるのがポップスのいいところなのです。このように音楽ジャンルごとの「価値基準」の違いを知らないと、「難しい音楽だからジャズやクラシックは偉いんだ」などという短絡的な発想に陥ってしまいますね。

話を戻すと、天才肌ロリンズはジャズ特有のアドリブ、つまり即興演奏についてかなり真剣に考えていました。ジャズマンなら誰しもと思われるかもしれませんが、ロリンズはかなり生真面目にそのことを考えていたフシがうかがえます。というのも、「即興」とはいっても、一定のパターン化された旋律(ストック・フレーズともいう)を順番に並べただけのようなジャズマンも少なからずいるからです。

ソニー・ロリンズがアドリブの手本としたのは、ジャズの即興的要素を飛躍的に高度化し「モダン・ジャズの時代」を切り拓いた天才アルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーでした。

パーカーの即興はまさに「閃き」で、そのことを裏返せば「閃かなければ出てこない」性格のものでもあるようです。ロリンズは何度も「隠遁」をくり返し、そのたびに「橋の上」でひとり練習をしたエピソードが有名ですが、すでに名盤といわれる作品をいくつも世に出していることでもわかるように、演奏技術に問題があったわけではありません。ですから「即興の神様」が「降りて」来るのを待っていたとしか考えられません。このあたり、ピアニストのセロニアス・モンクから音楽理論を学ぶことで即興の手助けとしたコルトレーンとはだいぶ違いますね。

コルトレーンの発想は理路整然としており、わかりやすい。しかし私たちには「神様」のことは計り知れないので、「聴いてわかる」範囲でロリンズの即興演奏について解説してみましょう。

■サックスで歌う難しさ

ロリンズの演奏を評するときによくいわれるのが「歌っている」という形容です。もちろんこれは「たとえ」で、テナー・サックスからあたかも歌を歌うようなメロディアスなフレーズが繰り出されるということです。

これは難しい。というのも、ジャズのアドリブはすでに「歌として」完成されている旋律を「崩す」ことで成立しているから。つまりコード進行に基づく即興という「縛り」に加えて、「メロディアス」という二重の手枷・足枷が加わるのです。

ところで私たちは「歌」というと自然に「メロディ」を思い浮かべますが、たとえばひとり湯船に浸かり「ふふふん・ふーん」と鼻歌を口ずさむとき、必ずしも正確に「音程」を取っているわけではありませんよね。というかどだい「鼻歌」でそれは無理。ではいったいどうしてるんでしょう。イントネーション、抑揚です。それもリズミカルな抑揚です。つまり私たちは若干旋律が曖昧でも、いい塩梅のリズムに乗った抑揚があれば、気持ちよく「歌っている」気分に浸れるのです。

ロリンズのアドリブは「鼻歌」とはレベルが違いますが、基本は同じ。小気味よいリズムに乗った塩梅のいいアクセント・抑揚が「崩した」メロディ・ラインでも、たとえようもない「歌心」を感じさせることができるのです。

だんだん見えてきました。ロリンズのアドリブの気持ちよさの秘密は「リズムの乗り方」にあるのです。これはコルトレーンのリズムへの乗り方と比べてみるとよくわかります。彼の「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれた驚異的なスピードのフレーズは、よく聴くととても正確で規則的。他方、ロリンズのリズム感はかなりユニーク。ベース、ドラムスが刻みだす「定速リズム」に、必ずしも合わせてはいないのです。しかしズレているわけでもない。ある場面では、定速リズムを「やり過ごし」少し遅れ気味にフレーズが乗っていく。この「後乗り感」が聴き手には「余裕」として受け取られ、それが「歌心の気持ちよさ」に繫がるのです。

そしてそれが聴き手の耳にズレとは聴こえないのは、小節のどこかで拍子に対する「帳尻」を合わせているから。「遅れ」を取り戻すにはどこかで「加速」しているわけで、これもまた聴き手の感覚には「小気味よさ」として受け取られるのですね。

いってみれば、リズムに対して自由自在に「乗り降り」「加速減速」しているんです。これがロリンズならではの隠し技で、コルトレーンのような「スピード」とか「正確さ」といった明快な基準・指針とは異なる「匠の技」だけに、なかなか伝承・解明が難しいのですね。まさに「天才肌」といわれるゆえんです。

ロリンズのもうひとつの「隠し技」は「待ちの姿勢」です。この発想もコルトレーンとは正反対。空間を音で埋め尽くすコルトレーン流即興は、言い換えれば積極的な「音による説明の音楽」でもあります。他方、ロリンズは「降りて」こないときは無理にアドリブを展開しようとはせず、あえて「無意味フレーズ」を発してでも「機が熟す」のを「待つ」のです。

もっともその一見無意味とも思えるフレーズでさえもが、「音楽的」に聴こえてしまうのが前述した「リズムへの乗り方」の巧みさでもあるのですが。

とりあえず結論だけ示しておけば、ロリンズは「音楽理論」から導き出されたものではない「本物の即興」を求めていたのだと思います。このやり方は、トランペッター、マイルス・デイヴィスが師匠パーカーの「即興第一主義」に対して感じていた「危惧」のとおり、嫌でも「調子の波」に左右されざるをえません。

そしてそれを身をもって体現したのが、ロリンズの度重なる「隠遁」なのではないでしょうか。

■ニューヨークという環境

ところで、ロリンズのこうしたある意味で純粋すぎるアドリブに対する姿勢はどこから来たのでしょう。

もちろんもって生まれた気質といえばそれまでですが、それだけではなく彼の「ジャズマン人生」の成り立ちも微妙に影響しているように思えます。ポイントは出生地と出会い、そして時代です。

なんとロリンズは、〝ビ・バップ〟揺籃の地といわれたニューヨークのハーレム地区に生まれ、幼少のころから恵まれたジャズ環境に囲まれていたのです。子供のころの遊び場が、驚いたことに黒人音楽の聖地といわれた「アポロ劇場」。そこでロリンズはデューク・エリントン、カウント・ベイシー楽団といった超一流ジャズを聴いて育ったのですから、うらやましい。

そればかりではなく、近所には若き日のアルト奏者ジャッキー・マクリーンやピアニスト、ケニー・ドリューなど、のちに世に出るミュージシャンの卵たちが住んでおり、10代のロリンズは彼らとともにセッションをしたり、チャーリー・パーカーはじめ「テナー・サックスの父」といわれたロリンズのアイドル、コールマン・ホーキンスといった、第1線級のジャズマンの演奏にじかに接しているのです。

面白いのは、力強いサウンドのホーキンスの対極ともいえるたおやかな音色のテナー奏者、レスター・ヤングの演奏もロリンズは気に入っているのですね。思えば、豪快なロリンズのテナー・サウンドはホーキンス譲りながら、繊細で微妙なリズムへの乗り方は、レスターの小粋なフレージングと一脈相通じるものがあるのです。

そして時代はジャズが新たなシーンを迎えんとする40年代半ば、ジャズマンを目指す若者にとってこれほど恵まれた環境はないといってもいいでしょう。

■幸運な出会いと巡り合わせ

幸運はまだまだ続きます。18歳のロリンズはモダン・ジャズ・ピアノの開祖、バド・パウエルに音楽理論を教えた大ピアニスト、セロニアス・モンクから直接音楽理論を学んでいるのです。そればかりではなく、当のパウエルの家も近所にあったことから、ロリンズはマクリーンらといっしょにパウエル宅でセッションを行なうという、まさにジャズの英才教育を受けたのでした。

時代は〝ビ・バップ〟真っ盛りの48年。ちなみに、コルトレーンがモンクに音楽理論を教わったのは57年、歳こそコルトレーンのほうが4歳上ですが、ジャズの中心地ハーレム住まいという地の利を生かしたロリンズは、10年ほども先行していたのです。

出会いはまだまだ続きます。マイルスはロリンズの演奏を聴き、ただちに彼をバンドに雇い入れます。そればかりでなく、49年にはバド・パウエルの有名なアルバム『アメイジング・バド・パウエルvol.1』(ブルーノート)にサイドマンとして参加し、夭折した名トランペッター、ファッツ・ナヴァロとパウエルの火の出るようなセッションの現場で自らも演奏するという、貴重な体験をしているのです。

そして51年にはマイルスのアルバム『ディグ』に友人マクリーンとともにサイドマンで参加しています。また、一時活動を中断していたマイルスが55年に新グループを結成しようとした際、最初に声をかけたのがロリンズでした。しかし、例のごとく「模索期」と感じていたロリンズはマイルスの申し出を断ってしまい、代わりにコルトレーンがマイルスの新バンドに参加するという巡り合わせとなったわけです。

その後ロリンズはトランペッター、クリフォード・ブラウンとドラマーのマックス・ローチによる双頭グループに参加し、そこでの経験が次なる飛躍へのステップとなります。その結果、前出の『サキソフォン・コロッサス』はじめ、名演の数々が世に出ることとなったのです。

こうして彼の経歴を概観すると、いわゆる「ジャズの巨人」と呼ばれた超大物たち多数と実際の演奏を通じて交流しており、きわめて恵まれた体験がロリンズをして嫌でも「ジャズの本質」について考えざるをえない立場に追い込んだのではないでしょうか。

それは即興演奏を通じて表現する各人の個性という、ジャズのもっとも重要な特徴だったのです。しかしそれはマイルスが見抜いたとおり「険しい道のり」で、好不調の波に左右されざるをえません。

潔いロリンズは「不調期・模索期」はひとりじっと練習しつつ「神様」が降りてくるのを「待って」いたのでしょう。

文/後藤雅洋
ごとう・まさひろ 1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

「隔週刊CDつきマガジン JAZZの巨人」のページを見る

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