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マイルス・デイヴィス|ジャズを創り、ジャズを超えた「帝王」【ジャズの巨人】第1巻より

文/後藤雅洋

1926年にイリノイ州のオールトンで生まれたマイルス・デイヴィスは、赤ん坊のうちに近くのイースト・セントルイスに移住しました。ミシシッピ川を挟んだ対岸がお隣ミズーリ州の大都市セントルイスで、カリブ海に面するアメリカ南部の港湾都市でジャズ誕生の地、ニューオルリンズから、ミシシッピ川を遡ったアメリカ中東部に位置します。このあたりはジャズに影響を与えたブルースやラグタイムが盛んな地域で、マイルスの師、チャーリー・パーカーが育ったカンザス・シティも近いところにあります。

マイルスは当時の黒人家庭としては裕福な歯科医の息子として育ち、ニューヨークで音楽の勉強をさせてもらうほど経済的に恵まれていました。彼がジャズに目覚めたきっかけはドラマチックです。彼自身の言葉を聞いてみましょう。

「オレの人生で最高の瞬間は、……セックス以外のことだが、それはディズ(ディジー・ガレスピー)とバード(チャーリー・パーカーの愛称)が、いっしょに演奏しているのを初めて聴いたときだった。ちゃんと覚えている1944年(中略)オレは18歳でリンカーン高校を卒業したばかりだった。」※『マイルス・デイビス自叙伝』(中山康樹・訳/宝島社文庫)より。

折よく対岸の大都市セントルイスにパーカーとガレスピーを含むビリー・エクスタイン楽団が訪れた際、幸運にもマイルスは彼らと共演するチャンスを掴んだのです。アマチュアとはいえ地元ではちょっとした腕になっていたマイルスですが、パーカー、ガレスピーの最新音楽〝ビ・バップ〟のすさまじさに圧倒され、演奏するどころではなくただ彼らの音楽に聴き入るばかりだったそうです。これがマイルスのジャズ人生の出発点でした。

マイルスは父親にクラシック音楽学校の名門、ジュリアード音楽院に行くという口実をもうけてニューヨークに移りましたが、実際はパーカーに会うためでした。紆余曲折の末パーカーに巡り会ったマイルスは、めでたく彼のバンドに迎え入れられるのですが、その理由は微妙です。もしかするとパーカーは、お金持ちの息子マイルスの懐目当てというよこしまな思惑もあったのかもしれません。何しろ破天荒なパーカーは新婚だった若きマイルス夫妻のアパートに転がり込み、居候を決め込んだりしているのですから……。

ともあれ、当時の最新ジャズ・スタイル、〝ビ・バップ〟を間近で体験したことがマイルスの音楽に多大な影響を与えたことは間違いありません。パーカーは「コード進行に基づく即興演奏」という新発明をジャズに持ち込み、ジャズのアドリブを一気に高度なものとしました。その効果は圧倒的なスリルと迫力、そして生々しさでした。何事も「その場」でやると、事前に練習したやり方では発揮できない生々しさが生まれるものです。もちろんそれと引き換えに「失敗」も多くなる理屈で、その差引勘定をどうプラスに持ち込むかが問われることになります。

結論からいえば、パーカー流の即興演奏はほとんど才能・センスの問題となり、努力や練習で到達できるレベルには限界があるのです。言ってみれば〝ビ・バップ〟は天才の音楽で、努力型秀才や平均的なジャズマンでは、逆立ちしてもパーカーの域には到達できないのですね。

もちろん40年代半ばに興ったばかりの新興ジャズ・スタイルですから、当初からそうした「身も蓋もない」現実がジャズマンたちに自覚されていたわけではありません。多くのジャズマンたちが「われこそは第2のパーカー、ガレスピー」あるいは「彼らを超えてやる」とばかり意気込んだのですが、このシリーズにも登場するピアニスト、バド・パウエルなど、ごく限られた「天才型」ミュージシャンしか〝ビ・バップ〟の頂点に立つことはできなかったのです。

まだ10代のマイルスは、そうした「恐るべきジャズの現場」に右も左もわからない状態で放り込まれたということになります。当然最初は「みそっかす」扱いなのですが、パーカーの偉いところというか、あるいは無頓着さというか、明らかにトランペットを吹く技量においてかつての同僚ディジー・ガレスピーに劣るマイルスをサイドマンに迎えたのです。

そこで先ほどの「微妙な問題」も出てくるのですが、やはり「音楽的効果」というまっとうな理由もあったと思います。鋭角的でギザギザしたパーカーのアルトに対し、ヴィブラートを付けないで吹く、相対的にマイルドなマイルスのトランペット・サウンドは、音色的対比という点ではガレスピーより向いているということは言えるかもしれません。実際「ビ・バップ・コンビ」と呼ばれたパーカーとガレスピーの共演作は思いのほか少ないのですね。

■ビ・バップからの脱出

〝ビ・バップ〟は個人のアドリブ・ソロが聴きどころだけにセッションをすれば、聴衆の誰しもが、誰それのソロが1番と判定を下せる、非常に競争的な音楽なのです。こうした、考えようによってはたいへん恐ろしい「ジャズの現場」で揉みに揉まれたマイルスは、かなり早い時期に「即興の限界」を直感したのかもしれません。

パーカーやガレスピー、あるいはパーカー・バンドで同僚だった天才ピアニスト、バド・パウエルといったほんのひと握りの才能の持ち主は「圧倒的なアドリブ」で聴衆を魅了させることができるけれど、それとてその日の「調子」次第。パーカーにしても、まったく冴えない演奏をすることもあるのです。

それはそうでしょう、「コード進行」という一定のルールがあるにしろ、毎晩毎晩クラブで「その場限り」の即興演奏を披露しようとすれば、いずれ「煮詰まる」のは眼に見えていますよね。クレバーなマイルスは、即興第1主義の〝ビ・バップ〟の打開策として、48年に自分がリーダーとなった9人編成の新しいグループを組織しました。これが有名なマイルスの〝9重奏団〟(ノネット)です。

パーカーのバンドはリーダー、パーカーのアルト・サックスとマイルスのトランペットにピアノ、ベース、ドラムスの「リズム・セクション」が付いた2管クインテット(5重奏団)から、せいぜい7名程度までの編成で、9名は明らかに大所帯。

7名程度までならさほど複雑なアレンジを施さなくても同時に演奏できますが、マイルスの新バンドのように大人数ともなると、事前に周到に譜面を用意しなければたんなる「音の洪水」になりかねません。そのかわり、楽器の数が多くなれば、複雑で深みのある「サウンド」を生み出すことができるようになります。マイルスが狙ったのはそこでした。

「個人のソロ」から「アンサンブル・サウンド」の妙味に「聴きどころ」を移そうとしたのです。この新バンドは短期間で解散してしまいましたが、その「サウンド」はのちの時代のジャズ・スタイル、〝ウエスト・コースト・ジャズ〟に影響を与えました。マイルスの音楽活動は「次の時代のジャズ・スタイル」を予見していたのです。

演奏例として、歴史的名盤として名高いアルバム『クールの誕生』(キャピトル)から「ムーヴ」を収録しました。ちなみにこのアルバム・タイトルはレコード会社があとから付けたもので、マイルスが〝クール・ジャズ〟の創始者ということではありません。

■ふたご座の二面性 

若干話題が逸れますが、5月26日生まれのマイルスは星占いでは「ふたご座」。いささか通俗的な理解だとは思いますが、マイルスの音楽人生をふたご座の象徴である「二元性」や、この星座の人の特徴といわれている、いい意味での「変わり身の早さ」というキーワードで眺めてみると、「なるほど」と思えるところがなきにしもあらず……。

ソロ重視からアンサンブル・サウンドへの転換が「変わり身の早さ」なら、「二元性」は何でしょう? わかりやすく「二面性」と見立てると見えてくるものがあるのです。それは、同時にふたつのことをやること。マイルスは48年から50年代初頭にかけ、 〝9重奏団〟に代表される「サウンド志向」と同時に、かつての「ソロ重視」つまり「ビ・バップ的」演奏も同時並行的に行なっているのですね。

俗な言い方をすれば「あれもやりたい、これもやりたい」といったところでしょうか。音源としては「チャンス・イット」から「ディア・オールド・ストックホルム」あたりがだいたいこの時期といえそうです。一種の「模索期」と受け取れなくもないのですが、この「傾向」は、のちに明らかに自覚的な「二面作戦」へと進化するのです。

■ハード・バップで時の人に

さて、〝ビ・バップ〟を振り出しにアンサンブル・サウンドに転じたあとのマイルスですが、いよいよ本領発揮です。それはだいたい54年頃に始まる〝ハード・バップ〟です。簡単にいうと〝ハード・バップ〟は〝ビ・バップ〟の進化発展形態で、〝ビ・バップ流〟のアドリブのスリルも維持したうえで、テーマとアドリブの有機的結び付きとか、曲想の一貫性にも意を払うという、ある意味で常識的なものです。

詳しく説明すると、「テーマ」というのは一般に「曲のメロディ」として知られている部分のことをいいます。

西欧音楽ではメロディにはだいたい和声が伴っています。「和声」というと小難しく聞こえますが、要するにギターで歌の伴奏をするとき、いくつかの弦を同時に押さえ、まとめて爪弾き「ボロン」と複数の音、たとえば「ドミソ」などと同時にかき鳴らすことを指します。簡単にいえば、これが「コード・サウンド」ですね。そして、その「コード」はメロディ・ラインに伴って「ドミソ」とか「ドファラ」とか変化していきます。「コード進行」というのはこのコードが次々と変化しつつ進んでいくことです。

パーカーはこの「コード進行」に基づき、原曲のコード進行には従いつつも「もとの旋律とは違った音」を瞬時に演奏する、いわば「高速演算ゲーム」のような極度に複雑な「即興演奏」を考案したのですが、彼はもっぱら「即興部分」にのみ興味、関心があったようで「原曲」の気分とか、原曲に相当する「テーマ部分」と「アドリブ・パート」の関係にはあまり頓着していません。

その結果、極端なことをいうと、聴き慣れたメロディから突然極端に音が跳躍するアドリブに突入するような印象を与えるのです。それが〝ビ・バップ〟特有のかっこよさでもあるのですが、「唐突感」といえなくもないのですね。

このあたりを改善し、1曲の音楽としての一貫性という、西欧音楽では常識的な要素をジャズに導入したのが〝ハード・バップ〟ということになります。当然音楽としては「こなれ」、そのぶん「聴きやすく」なりますよね。こうした発想は必ずしもマイルスひとりの発明ではありませんが、「パーカーの問題点」を身近に観察していただけに、マイルスは明らかに「自覚的」に「〝ハード・バップ〟の考え方」を推し進めています。

マイルスは51年にプレスティッジ・レーベルにリーダー作『ディグ』を吹き込みます。そして55年にテナー・サックス奏者、ジョン・コルトレーン、ピアノのレッド・ガーランド、そしてベースにはポール・チェンバース、ドラムスはフィリー・ジョー・ジョーンズというクインテットを結成しますが、これが大評判を呼び、一躍マイルスは「時の人」となります。この彼らの演奏こそが、新たなジャズ・スタイル〝ハード・バップ〟の典型例として知られた名演の数々なのですね。

それに目をつけたメジャー・レーベル、コロンビアが「引き抜き」にかかり、マイルスは移籍するのですが、その際プレスティッジとの契約を消化するため、わずか2回のスタジオ入りで合計4枚ものアルバムを制作するという離れ業をやってのけました。これが世にいう「マラソン・セッション」で、驚くべきはそのどれもが名盤だというところ。

ちなみに、4枚のアルバム・タイトルはすべて末尾に「ing」が付けられているところから「ing4部作」などとも称されています。それらは「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」が入っている『クッキン』、「ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ」が収録されている『スティーミン』のほか、『リラクシン』『ワーキン』の4枚で、「ソーラー」が収録されている「ウォーキン」は末尾にingがついていますが録音時期が異なり、「4部作」ではありません。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ )
1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

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マイルス・デイヴィス|ジャズを創り、ジャズを超えた「帝王」

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