文/後藤雅洋

ジャズの巨人たちのうち、いちばん謎めいたジャズマンは誰でしょうか?

答えはいろいろあるでしょう。天才的アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーの即興演奏の謎、などがいちばん最初に思い浮かびますよね。いったいどうやってあの複雑な、しかしカッコいい“ビ・バップ” 奏法を思いついたのか……あるいは、ユニーク極まりないピアニスト、セロニアス・モンクの奇妙な音楽なども、やはり謎めいていますね。

しかし、いろいろな理由から私は、アルト・サックスはじめ、フルート、バス・クラリネットなど複数の楽器を自在に吹きこなすマルチ・リード奏者エリック・ドルフィーの奏法の謎が一番ではないかと思うのです。

とはいえ、この興味・関心は「後付け」で、ジャズを聴き始めたばかりのころは、「かなり変な音楽だなあ」とは思いつつも、わりあいスッキリとドルフィーの音楽に親しんでいたのでした。これもじつは不思議なことなのですが、その理由はのちほど説明いたします。

じつをいうと、パーカーのビ・バップ理論は現在ではかなり解明されていて、誰でもが「パーカー的」な演奏はできるのです。現に、ジャッキー・マクリーンやフィル・ウッズといったアルト奏者たちは、明らかに「パーカー的」な名演をいくつも残しています。

しかしそれは「的」であるにとどまり、パーカー自身の演奏のような強烈なスリル・感動を聴き手に与えるところまでは至っていません。

マクリーンやウッズの聴きどころは、即興の力もさることながら、むしろ「パーカー的奏法の枠組みの中」で発揮される、彼らの「個性の魅力」に負っているのです。そしてこれは多くのハード・バップ・ジャズマンたちに共通した事情といえるでしょう。

また、モンクのユニークさも理解はできるように思います。彼は自分自身の出す音にじっと聴き入り、自分の感受性と音楽理論との関係をじっくりと観察・分析しているのです。つまり感覚と理屈のバランスをうまくとろうとしているのですね。ですから、誰しもがモンクのような演奏はできないにしても、その「やり方」自体はそれほど謎めいているわけではないのです。

さて、そこでドルフィーです。本論に入る前に、あるかもしれない誤解を解いておきましょう。それはドルフィーを“フリー・ジャズ”に分類する考え方です。

たしかにドルフィーはフリー・ジャズの旗手といわれたアルト・サックス奏者オーネット・コールマンと、その名も『フリー・ジャズ』(アトランティック)という問題作を録音しています。しかし、どちらも革新的なジャズマンに違いはないのですが、ドルフィーは伝統的なジャズの文脈に連なった上での前衛性なのですね。ここのところが、ある時点から伝統的なジャズの枠組み自体を乗り越えようとしたオーネットとの違いなのです。

ここでも押さえておきたいことがあります。ともに「前衛的」と目されたドルフィーもオーネットも、パーカーのコピーから始まっているのですね。そして、ある意味で天才パーカーの「呪縛」からの「逃れ方」が、ふたりの違いとなっているのです。

オーネットは彼自身の柔軟な気質のせいか、あまりパーカーに対する「こだわり」はないように見受けられるのです。むしろここで引き合いに出したいのは、研ぎ澄まされた感性のトランペッター、マイルス・デイヴィスです。彼は天才パーカーのサイドマンだったというきわめて強烈なトラウマ的体験があるので、「呪縛」も「こだわり」も人一倍。

つまりドルフィーにしてもマイルスにしても、パーカーを「無視」できなかったというところに共通点があるのです。これこそがジャズ史の「見えない影響関係」であり、言い換えれば「ジャズ史的連続性」ということなのですね。そして楽器が同じであるだけに、ドルフィーの演奏にはパーカーとの「目に見えにくい共通点」が顕著なのです。

ちなみにオーネットの「乗り越え方」は、ごく簡単に言ってしまうと「理屈はさておき、気持ちの赴くまま吹いてしまえばいいじゃないか」というきわめて自由な発想。それに対し、モンク同様に音楽理論を熟知していたドルフィーは、それほど柔軟には割り切れなかったのでしょう。

■パーカーに繫がる音

ここで少々話が脇道に逸れますが、ジャズでいう「音楽理論」とは、極論すれば「出してもいい音の規則」で、その「出してもいい音」をきわめて乱暴に要約してしまえば、「聴いて気持ちのいい音の羅列、あるいは響き」ということなのですね。

つまり、特定の音楽文化に属する人々の、自然な感受性の歴史的集積が「音楽理論」なのですから、モンクにしてもドルフィーにしてもそれらを簡単には無視できないのです。

で、ドルフィーはどうしたのか? それがわからないのです。しかしわからないけどカッコいい。ここのところが彼の謎であって、そしてこの謎は現役ジャズ・ミュージシャンの多くも解きたいと思っているようです。

なんとかドルフィーの不思議な音の羅列の「法則」を読み取り、自分もドルフィーのようなカッコいい演奏をしたいという、ごくまっとうな欲求ですね。

音の選び方、配列、要するにフレージングの謎はいまだに解明されていないドルフィーですが、彼の魅力の秘密を理解するヒントはいくつかあって、それこそがドルフィー・ミュージックの聴きどころでもあるのです。

それは楽器の音色とリズムです。ジャズを聴き始めたばかりの方はあまり意識しないかもしれませんが、聴いていて気持ちのいい演奏は、間違いなく楽器の音色もいいのです。しかしそれはあまり意識されず、美しい旋律だとかリズムの心地よさに注意がいきがちですが、音色自体に魅力のないミュージシャンは、フレージングも沍えては聴こえないものなのです。

そこでドルフィーです。彼のアルト・サックスの音は、ふつうは両立が難しい「艶」と「腰の強さ」の両方とも兼ね備えている。これは強力です。

たいがいのアルト奏者はどちらかを選んでいます。なめらかで艶やかな音は出せるけれども力強さはそれほどでもないか、あるいはパワフルなサウンドだけどザラついた音色だとか……。しかしこのふたつを両立させたのが、あのパーカーだったのですね。これがドルフィーとパーカーのひとつ目の「目に見えにくい共通点」なのです。

私がまだジャズ入門者のころでも、「なんか変だけど惹かれた」のは、ドルフィーの音がもつ説得力にあったのだと思います。フレージングが魅力的に聴こえるのは、そうした「気持ちのいい音」の上に乗っているからこそなのですね。

そしてリズムです。ここでいう「リズム」は少々細かい話で、たとえば4拍子の「イチ・ニ・サン・シ」の「イチ」を細分化した微細なリズム感のことです。細かすぎて楽譜では書き表せない、微細な部分のリズム感が、じつは「聴いた感じ」に大きな影響を与えているのです。

幼稚な擬音語でしか表現できないのですが、パーカーのアドリブが気持ちよく聴こえるのは、普通のジャズマンの吹くフレーズが「パウ・パウ・パウ」だとしたら、「ウパ・ウパ・ウパ」というように、拍の頭に微細な休止符が付いているからなのです。つまり各拍子の頭から生真面目に乗っていくのではなく、ホンの少し遅れてタメを効かせて音を出しているのです。

たとえば鞭をしならせて打つと、手元より先端は遅れて動き出すけれども、結果としては加速して手元の動きより速いスピードで対象に当たって強い衝撃を与えることに似ています。この効果は、同じ拍子(スピード)で吹いていても、聴き手にはより速い「スピード感」を伴ったフレージングに聴こえるのですね。これは気持ちいい。ドルフィーにはこれができるのです。ですから、フレージング=節回しの特徴はとくにパーカーとは似ていなくても、「聴いた効果」としてパーカー的スリルが生まれているのです。

同時代の多くのジャズマンたちは、こうした微細なテクニックはうまく使えていなかった。これが「目に見え難い共通点」のふたつ目です。

天才といわれたジャズマンと誰にも真似できない共通点がふたつもあるミュージシャンなど、他に誰もいません。これが入門ファンだった私に「なんだかわからないけれどカッコいい」と思わせた、(そのときは自覚されない)隠れた理由だったのです。

■クリフォード・ブラウンと切瑳琢磨

エリック・アラン・ドルフィー・ジュニアは、1928年(昭和3年)にアメリカ西海岸の大都市ロサンゼルスに生まれました。興味深いのは両親が旧スペイン植民地パナマからの移民だったことで、ドルフィーがラテン世界と親しい環境で育ったことが想像されます。実際彼はラテン・バンドと共演したアルバムをいくつか作っています。

子供のころ、教会の聖歌隊に加わっていますが、ドルフィーにとって「歌う喜び」が原初の音楽体験だったことは思いのほか大きな意味をもっていたようです。

声を出す快感は管楽器を吹く快感に繫がるのです。そして小学校に入る年齢になるとクラリネットを演奏するようになります。ドルフィーは学校のバンドだけでなく個人教授も受けていますが、そのときにのちにサイドマンを務めることになるチャールズ・ミンガスと知り合うことになります。

中学に入るころにはジャズに興味をもち始め、41年にはアマチュア・コンテストで入賞するまでになりました。そしてドルフィー18歳の年、46年には、パーカーの演奏に衝撃を受け、アルト・サックスを吹き始めます。また48年には、パーカーと共演歴もあるドラマー、ロイ・ポーターの楽団に参加したりもしています。

しかし折からの朝鮮戦争の影響もあって50年に海軍に召集されますが、海軍音楽学校に入学。53年に除隊し、いよいよプロ・ミュージシャンへの道を歩み始めます。

そのころのエピソードとして、自宅のガレージを開放して名トランペッター、クリフォード・ブラウンたちとセッションを重ねたりしています。この50年代半ばはドルフィーにとっての助走期間で、テナー奏者ジョン・コルトレーンやオーネットと知り合ったり、スタジオ・ミュージシャンとして、有名な「ザ・プラターズ」の伴奏を務めたりもしているのですね。

■多彩な活動と突然の死

そして1958年にはウエスト・コーストの名ドラマー、チコ・ハミルトンのバンドに加わりニューポート・ジャズ・フェスティヴァルに出演しますが、このときの様子が有名なジャズ映画『真夏の夜のジャズ』に記録されています。

59年にはジャズの中心地であるニューヨークに移住し、一気にドルフィーの演奏活動は活発になります。翌年60年に友人であるベーシスト、チャールズ・ミンガスのバンドに入団し、そのかたわら初リーダー作『アウトワード・バウンド』(ニュージャズ)を録音していますが、そのスタイルはすでに完成されていました。そしてこの年にオーネットの『フリー・ジャズ』(アトランティック)の録音に参加しています。

61年も活動は多彩で、ミンガス・バンドを辞め、夭折のトランペッター、ブッカー・リトルとの短期間の双頭バンドを結成し、『ファイヴ・スポット』で伝説的名演を行なっています。そして今度はコルトレーンのバンドに参加し、『ヴィレッジ・ヴァンガード』でのレコーディングを残しています。またこの年は単身渡欧し、ヨーロッパのミュージシャンと共演したアルバムを残したりもしているのですね。とにかく忙しい。

62年にはコルトレーン・バンドを辞めて自分のバンドを結成します。そこには、なんと現在も第一線で活躍する名ピアニスト、ハービー・ハンコックがサイドマンで参加したりもしているのです。この時期の活動として特筆したいのは現代音楽への接近で、ドルフィーのクラシック音楽への関心の高さを表しています。

64年にはブルーノート・レーベルに自らリーダーシップをとった『アウト・トゥ・ランチ!』を録音するのですが、ミンガス・グループの一員として渡欧し、ベルリンで病死してしまうのです。まさに脂の乗りきった時期の突然の死は、ジャズ・シーンに大きな欠落をもたらしたのでした。

そして彼の死は、大きな音楽的な謎を現在に至るまで残したままなのです。

文/後藤雅洋
ごとう・まさひろ 1947年、東京生まれ。67年に東京・四谷にジャズ喫茶『いーぐる』を開店。店主として店に立ち続ける一方、ジャズ評論家として著作、講演など幅広く活動。

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