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蕎麦(そば)

知ればさらに味わい深くなる年越し蕎麦の起源とは?【片山虎之介の「蕎麦屋の歩き方」第15回】

uenoyabu

町の雰囲気が気ぜわしくなり、また日本人がこぞって蕎麦を食べる、あの日が近付いている。
今年もなんとか、年越し蕎麦を食べることができそうで、よかったなあと思う。
一年の終わりに蕎麦を食べると、この年を大過なく過ごせたという安堵の気持ちと、支えてくれた家族や仲間への感謝の気持ちが湧いてくる。そして、さあ、これからいよいよ新しい年が始まるのだと、体の奥から元気が生まれてくるような気がするのだ。

この思いは日本人が、ずっと長い間、持ち続けてきたものなのだろう。

年越し蕎麦の起源については諸説あり、どれが本当なのかは、わからない。わかっていることは、どの説も、蕎麦を食べると幸せになると言っているということだ。

諸説のひとつに、鎌倉時代の高僧・聖一国師(しょういちこくし)の「運そば説」がある。
その昔、聖一国師が、年を越せない町人に「蕎麦餅」を振る舞ったところ、翌年から皆に運が向いてきたという話だ。これを契機に、年越し蕎麦を食べる習慣が生まれたと言われている。時代はいつかと考えると、聖一国師が博多に承天寺を開いたのは、仁治3年(1242年)のことだから、それ以降であり、それに近い年代の出来事だろうと思われる。

この話で「なるほど」と納得するのは、「蕎麦餅」を振る舞ったという下りだ。
今では蕎麦といえば、細く切った麺線の「蕎麦切り」を指すが、聖一国師が承天寺を開いた時代、日本にはまだ蕎麦切りは普及していなかった。

初めて「蕎麦切り」の文字が、文献上で確認されたのが、天正2年(1574年)の定勝寺文書だ。聖一国師の説は、それより330年も前の出来事ということになる。

そもそも聖一国師が、同行していた二隻の船が暴風雨で沈没するという苛酷な状況を乗り越えて、水車製粉の図面を我が国に持ち帰ったのが、仁治2年なのだから、まだ麺の文化は普及していなくて当然だ。この「運そば説」は、そこのところをきちんとおさえていて、振る舞ったのは「蕎麦切り」ではなく「蕎麦餅」だという。このあたりに「運そば説」の説得力を、ちょっと感じるのである。

仮に、この説が本当だとしたら、770年以上昔から、日本人は、蕎麦が幸せを運んでくる食べ物だと考えていたことになる。
古い文献を繙くと、蕎麦はいつの時代も、幸せを運ぶ食べ物として認識されている。
曰く、細く長く縁が繋がる。寿命が延びる。運がつく。難を免れる。健康に良い。怪我をしない。病気にならない。厄を払う。お金が集まる。願いが叶うなど、ありとあらゆる幸せが、蕎麦を食べるとやってくるのだという。
ここまで招福と結び付いた食べ物が、ほかにあるだろうか。

蕎麦は、昔、飢饉のときに、種を蒔いてから約75日で収穫できる、頼りになる救荒食であった。また、栄養バランスに優れ、通常の食事では摂りにくい微量のミネラルなども効率良く摂取できる、優れた健康食でもある。含まれているルチンや食物繊維は、生活習慣病の予防にも役立つ。

比叡山延暦寺の荒行、千日回峰行では、行者は蕎麦しか食べてはいけない期間があるなど、まさに命を繋ぐ食べ物であった。

蕎麦はいつも、人のそばに寄り添い、幸せに導いてくれる、ありがたい食べ物であったのだ。そう考えると確かに、蕎麦は健康を運び、福を呼ぶという評価は、正しい認識だといえる。

この縁起の良い蕎麦を食べる機会を、もっと増やして、私たちは今まで以上に幸せになろうではないか。

年配の方のお話では、ちょっと前まで日本では、毎月、月末に、蕎麦を食べる習慣があったという。その名は「晦日(みそか)蕎麦」。毎月の末を晦日といい、一年の最後の晦日を、大晦日と言う。大晦日に蕎麦を食べる習慣が、年越し蕎麦として、今も残っているのだ。

忘れられた毎月の「晦日蕎麦」を、もう一度、復活させて、一年に12回、蕎麦を食べることにしよう。そうすれば、今より12倍、幸福になれるに違いない。

蕎麦は幸せを運ぶ食べ物だ。770年以上の長きにわたり、私たちの祖先が信じて、実行してきたことなのだから、間違いはない。

(写真は、手打ち蕎麦の名店『上野藪蕎麦』)

文・写真/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』(http://sobaweb.com/)編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。伝統食文化研究家。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)、『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)、『蕎麦屋の常識・非常識』(朝日新聞出版)などがある。

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