気持ちのあり方ひとつで、結果は大きく変わってきます
2009年、角さんは東京・恵比寿に昭和歌謡曲バーをオープンさせた。角さん自身も、仕事のない日には昌恵夫人とともにカウンターに立ち接客をする。この店でのひと時が、角さんにとって大切にしたい日常の今なのだそうだ。
「お客さんには大会社の社長さんなんかもいて、やっぱりそういう方の話は興味深いですね。いろいろ教わることも多いし、選手時代には交流することのなかった人たちと話をするのは楽しいです。それから、妻には心配をかけたので、女房孝行をしなければとも思っています。具体的に何かをしたわけではないですけど、一緒に仲良く働けているのは、お互いにとって幸せだなと感じますね」
角さんの次男・晃多氏は、以前、千葉ロッテマリーンズに所属していた元プロ野球選手。現在は、BCリーグ武蔵ヒートベアーズの監督を務める。角さんは、時間が合えば球場まで足を運び、試合を観戦したり、練習を見学するようにしているという。現場では選手たちにアドバイスを送ることもあるそうだ。
角さんは「若い選手のプレーを見ていると、結構イライラすることもある」と顔をしかめるが、それはNPBでのプレーを目指す選手の側に立つからこその感情だろう。「チームには、こんな若手選手もいる」と紹介してくれた様子は実に楽しそうだった。解説者の立場ではなく、現場でダイレクトに野球と触れ合える環境も、角さんにとって大切にしたい“今”の一つなのだろう。
過去は振り返らずに、前だけを向いて進む。それが角さんの闘病生活、ひいては人生のモットーだ。
「気持ちのあり方ひとつで、結果は大きく変わってきます。そのことを野球で教わりました。ピンチの場面でマウンドに上るとき、『なんで、こんなシーンで起用するんだよ!』と後ろ向きに考えるか、『やった! ここを抑えればヒーローだ。監督、ありがとうございます!』とポジティブにとらえるか。本当に、それだけで結果が違ってしまうんです。過去に起こってしまったことは仕方のないこと。だから僕は、今を精一杯楽しく過ごそうと思います」
がんの宣告から4年。角さんは今日も、“今”を満喫しながら前向きに生きている。
角盈男(すみ・みつお)
1956年6月26日生まれ(62歳)。鳥取県米子市出身。米子工高から三菱重工三原を経て、76年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。78年に5勝7セーブをマークして新人王獲得した。その後、投球フォームをサイドスローに変えさらに飛躍。ブルペン陣の中心的存在となり、81年に8勝20セーブの成績を残し最優秀救援投手に輝く。89年に日本ハムファイターズへ移籍。92年はヤクルトスワローズでプレーし、この年限りで現役を引退した。引退後は、ヤクルト、巨人で投手コーチを務めたほか、解説者の傍らタレントとしても活躍。次男・晃多は千葉ロッテマリーンズに所属していた元プロ野球選手。また長男・一晃も四国アイランドリーグplusでプレーしていた。2014年に前立腺ガンが見つかるが、放射線治療により根治した。
取材・文/田中周治 (たなか・しゅうじ)
1970年、静岡県生まれ。東京学芸大学卒業後、フリーライターとして活動。週刊誌、情報誌などにインタビュー記事を中心に寄稿。また『サウスポー論』(和田毅・杉内俊哉・著/KKベストセラーズ)、『一瞬に生きる』(小久保裕紀・著/小学館)、『心の伸びしろ』(石井琢朗・著/KKベストセラーズ)など書籍の構成・編集を担当。現在、田中晶のペンネームで原作を手掛けるプロ野球漫画『クローザー』(作画・島崎康行)が『漫画ゴラクスペシャル』で連載中。
撮影/藤岡雅樹