文/印南敦史

「緩和ケア」と聞くと、余命わずかな末期がん患者のための医療を思い浮かべるのではないだろうか? だが緩和ケア医として活動する『幸せに死ぬために 人生を豊かにする「早期緩和ケア」』(大津秀一 著、講談社現代新書)の著者は、そうした考え方に異論を唱える。

緩和ケアが目指すものは末期に限りません。緩和ケアとは、本質的には生活の質を上げるアプローチであり、不安やストレスを抱える方、生きづらさを抱える方々に安心や前向きな心を与えるためのものなのです。(本書「はじめに」より)

たしかに医療には、「病気を治すもの」というイメージがあるだろう。しかしその一方、完治しない慢性病や、完全に以前の状態に戻すことは困難な“老い”の問題とも向き合っているのが現代医療だ。

したがって、「治す」とはまた別の重要な考え方である「苦痛を和らげ、心身をよりよく保ち、元気に生活できる」ことをサポートする緩和ケアが育ってきたのは当然の流れなのである。

緩和ケアは、早期から行うことが重要。ギリギリまで痛みを我慢してしまうと「痛みとの過酷な闘い」に終始することになるため、人生を豊かに過ごすどころではなくなるからだ。

なので、苦痛や不安を放置せずに早く対処し、医療を通して生活の質を向上させ、元気で長生きするために、早くから行う緩和ケア=「早期緩和ケア」が必要となるのです。(本書「はじめに」より)

いわば「病気を治す」ではなく、「病気とともに生きる」という考え方である。

では、緩和ケアの定義とはどのようなものだろう? 世界保健機関(WHO)による2002年の定義は次のようになっているという。

「緩和ケアとは、生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し的確に評価を行い対応することで、苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである」(本書36ページより)

なるほど、どこにも“末期”“がん”というような表記はない。しかも、「早期に見出し」と書かれている。つまり、これこそが現代の緩和ケアであり、だからこそ「末期がんだけ」という考え方は捨て去るべきなのだ。

なお、ここで注目すべきは「QOL(生活の質)を向上させるアプローチ」という記述だ。つまり緩和ケアとは、ホスピス・緩和ケア病棟に入ることでも、治療をあきらめることでもなく、それどころか末期と宣言された人たちだけのものでもない。あくまで生活の質を上げるためのアプローチなのである。

緩和ケアにおいては、症状を和らげることも大切な要素。苦痛があり生活に支障が出ている場合は、苦痛が緩和されれば生活の状況は改善される。

生活の質の評価にはさまざまな尺度があり、医療者等が研究を行う際には、いずれかの尺度を用いることになる。その尺度の項目を見れば、なにが生活の質に影響するか理解しやすいわけである。

たとえばここでは、15項目からなる「症状を中心とした緩和ケアのQOL尺度」が紹介されている。

1.屋外の短い距離を歩くことに支障がありますか。
2.一日中ベッドやイスで過ごさなければなりませんか。
3食べること、衣類を着ること、顔や体を洗うこと、便所に行くことに人の手を借りる必要はありますか。
この一週間について
4.息切れがありましたか。
5.痛みがありましたか。
6.睡眠に支障がありましたか。
7.体力が弱くなったと感じましたか。
8.食欲がないと感じましたか。
9.吐き気がありましたか。
10.便秘がありましたか。
11.疲れていましたか。
12.痛みがあなたの日々の活動のさまたげになりましたか。
13.緊張した気分でしたか。
14.落ち込んだ気分でしたか。
15.この一週間、あなたの全体的な生活内容は質的にどの程度だったでしょうか。
(本書39〜40ページより)

これらは症状が中心だが、日本でも広く知られている健康関連QOL(HRQoL:Health Related Quality of Life)があるそうだ。36項目からなり、大きく8項目に分けられる。

・身体機能
・日常役割機能(身体)
・身体の痛み
・全体的健康感
・活力
・社会生活機能
・日常役割機能(精神)
・心の健康
(本書40ページより)

幅広く生活の質に影響する要素が網羅されているが、つまりは日常生活を送るうえで求められるさまざまな機能や状態が良好に保たれていれば、生活の質は上がるのだ。

ここからもわかるとおり、緩和ケアの従事者は痛みの緩和だけを目指しているのではなく、「生活の質」の構成要素を踏まえたうえで、それらが向上するように総合的な支援を行っているのである。

だからこそ、緩和ケアに対する偏見は拭い去ったほうがよさそうだ。そして自分ごととして捉え、少しでも早く将来に備えるべきなのだろう。

『幸せに死ぬために 人生を豊かにする「早期緩和ケア」』
大津秀一 著
講談社現代新書

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

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