文/鈴木拓也

コロナ禍による外出自粛の影響で、2020年のがん検診の受診率は3割も減った。

国民皆保険制度といった要因から、日本人ががん検診を受ける割合は、先進諸国の中ではもともと低い数値にとどまっていた。例えば子宮頸がん検診だと、米英で8割前後に対し、日本では約4割。他のがん検診についても、4~5割台にとどまる。

コロナ禍でさらに減ったことで、「1万人のがんが未発見になっている可能性」があると指摘するのは、国立がん研究センター検診研究部部長の中山富雄さんだ。

中山さんは、著書『知らないと怖いがん検診の真実』(青春出版社)で、がん検診の現場でのコロナ禍の余波をさまざま指摘している。ただ、本書において中山さんは、がん検診を手放しで推奨しているわけではない。

実は、がん検診にも明白な不利益(デメリット)があり、ここをおさえておかないと、かえって身体的なダメージを受けかねないという。

内視鏡検査で脳梗塞を起こすことも

不利益の一例を挙げると、大腸内視鏡検査がそれにあたる。これは、大腸がん検診で異状が疑われた際に行う精密検査だが、検査して1か月ぐらい後に、「脳梗塞、心筋梗塞、腎不全など」を起こすリスクがあるという。

その原因は「脱水」。大腸内視鏡検査の前に、下剤や浣腸で腸内を空にする必要があるが、これが脱水を招くことがある。

食事を抜いて下剤を飲んで浣腸までするのですから、お年寄りのなかにはかなり調子を崩す方も出てきます。がんばって病院まで来たものの顔色は真っ青でフラフラ。検査どころではなく、輸液をしてお帰りいただくこともあるのです。
検査後にあわてて水分を補給しても、一度脱水状態に陥った身体が速やかに元に戻ることはありません。(本書より)

追い打ちをかけるように、脳梗塞のような重病になってはたまったものではない。特に既往症でこういった病気の経験がある場合、大腸内視鏡検査は避けるのが賢明。どうしても必要であれば、入院をして、体の負担を軽減するよう中山さんはアドバイスしている。

過剰診断には要注意

もう1つが過剰診断の問題だ。

これは、「見つけなくてもいい『がん(または、がんかもしれないもの)』を見つけること」だというが、どういうことか?

がんはすべて治療対象となるものでは、必ずしもありません。ほとんどの方が「がん=命に関わる病気」という誤解を抱いていますが、放っておいてよいがんもあるのです。
「がん」という病気は実に多種多様です。
進行がゆっくりゆっくりで、その人が存命中に悪さをおこなえるほど大きくならないがんもあれば、いつの間にか消えてしまうがんすらあります。(本書より)

過剰診断とは、がん検診でそうしたがんが見つかり、さらなる検査・治療へと進めてしまうことをいう。

中山さんは、実際にあった例を記している。70歳の男性が、人間ドックで膵臓がんの超音波検査を受けたところ、膵嚢胞(すいほうのう)が見つかり、その根本にポリープがあった。このポリープは、がんへと進行するリスクがあるため、手術で切除したところ、縫合不全を起こしてしまい、腹膜炎を発症。1か月もICU(集中治療室)に入るはめに。しかも、ポリープは良性腫瘍で、あえて取る必要もないものだったという。

同じようなことが前立腺がんにもいえるという。医学の進歩で、精度の高い早期発見が可能となったはいいが、手術をしても、そのままにしておいても、あまり死亡率は変わらないことがわかっている。そのため、前立腺がんが発見されても、患部を除去する根治療法をすぐするのでなく、進行を見守る監視療法へとシフトしつつある。なまじ、手術したばかりに尿漏れといったQOL(生活の質)の低下をもたらすこともあるからだ。

実は自治体のがん検診が「最強」

では、デメリットを最小に抑え、メリットの大きながん検診とはどのようなものか?
中山さんは、「受診をおすすめするがん検診」として、5種類の検診をリストアップしている。

その1つが、胃X線や胃内視鏡を用いる胃がん検診だ。対象年齢は50歳以上、検査間隔は2年と明記されている。50歳未満なら受ける必要性はなく、間隔を縮めて毎年受ける必要もないそうだ。なぜなら「対象年齢より若い年齢やタイミングを逸脱して発生するがんは、がん検診の類では見つけられない」から。そして、自治体のがん検診が「最強」だとも。

そう言われると、「民間の人間ドックはどうか?」と考えてしまうが、「高額な治療費を負担すること」と「検診内容の精度を把握すること」の2点において、個人の判断が求められる点がネックだと指摘する。特に精度の把握は、心しておかねばならない。

もちろん、精度を把握しなくても検査は受けられます。
しかし、「精度は微妙かもしれない、デメリットもあるかもしれない」という事実は、せめて理解しておいたほうがよいでしょう。(本書より)

中山さんは、人間ドックを完全否定しているわけではない。しかし、上記の点に加味して、「お得感があるメニューをやたら並べているところや、扇情的なフレーズで広告をしているところも避けたほうが無難」ときっぱり。

* * *

中山さんは、がん検診研究のエキスパートであるが、著書の終わりのほうで「検診を受けているから大丈夫」と安心してしまうことの危険性も説く。信頼性の高いがん検診といえども完璧ではなく、体に潜むがんを見つけ漏らす可能性はあるからだ。そのため、不調のサインを見逃さないようにすることも大事。自身の体調を常に把握できるのは、他ならぬ自分だけなのだから。

【今日の健康に良い1冊】

『知らないと怖いがん検診の真実』

中山富雄著
青春出版社

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)で配信している。

 

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