文/鈴木拓也

2人に1人がガンにかかる時代――。

そう言われても、正直なところ自分事として考えられないものだ。もし自分がガンと診断されたら、きっとうろたえ、沈みこんでしまうだろう。

急性白血病を治すという“プロジェクト”


企業でプロジェクトマネージャーとして活躍する山添真喜子さんも、まさか自分がガンにかかるとは思っていない大多数の1人だった。それが医師からの「急性白血病と診断されます」の一言で、すべてが暗転する。

その瞬間、「文字通り、目の前が真っ暗になった」という山添さんだったが、今の医学では治る病気と言われ、気を取り直す。

ただし、最低半年の入院が必要だという。それも翌日から。仕事も家庭もある多忙の身でありながらである。

ふつうの人なら、慌てふためくばかりで、その日が終わるだろう。入院後も、病院の指示のままに日数を過ごすだけかもしれない。

だが、シンクタンク系コンサルティング会社に勤めていた山添さんは違った。このとき、仕事で培われてきた知識、思考、発想が湧きだし、ガン治療を1つのプロジェクトとして対処する覚悟を固めたのである。

名づけて「白血病細胞撲滅プロジェクト」。

この時点から、主治医は「プロジェクトを遂行しようとしている、チームメイト」となり、山添さんは、信頼関係を築くなどチームビルディングに努めたという。

万事をこのようなかたちで進捗させ、退院後に著したのが『経営コンサルタントでワーキングマザーの私がガンにかかったら: 仕事と人生にプラスになる闘病記』(東洋経済新報社)という名の1冊の本だ。

書名に「ガン」の2文字が含まれていれば、辛さが身に染みる闘病記となるのが相場だが、本書はまるでビジネス書のようなおもむき。「面白い」という表現は不適当かもしれないが、我々の世代が読んで、引き込まれる含蓄に富んでいる。そこで今回は、少しばかりさわりの部分を紹介しよう。

病院食をマーケティングの視点で考える

山添さんは、入院中の一時期(4か月間)、病院食を一度も口にしなかったという。そう決めたのは、マーケティング計画で用いられる4P分析と4C分析のフレームワークに基づいてのことだ。

4P分析の4つのPとは、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販促)、4C分析の4つのCとはCustomer Value(顧客にとっての価値)、Customer Cost(顧客が費やすお金)、Convenience(利便性)、Communication(コミュニケーション)を意味する。ビジネスの現場では、これらの要素を勘案してマーケティング施策を立案する。

山添さんは、これを病院食に当てはめてみたところ、「病院側(売り手)と私(=患者=買い手)の求める視点にギャップがある」ことに気づく。Promotion とCommunicationに該当するものがないので、3P・4Cになるが、次のように検討したという。

病院食は、安全性・栄養価をもっとも重視してつくられる(Product)。一方で、患者側は、食事に対しておいしさや副作用が出ている状況での食べやすさに重きを置く(Customer Value)。病院食は低価格なものであったが(Price)、患者である私は、辛い抗がん剤治療中なので多少高くてもおいしいと感じられるものを希望した(Customer Cost)。(本書より)

マーケティングフレームワークで病院食を分析する(本書より)

検討の結果、この期間の病院食はナシという結論に。といっても、どこへも行けて何を食べてもいいわけでなく、制約の多い中、さまざまな工夫をしている。例えば、料理番組など見て食への興味を保ち、買い物のセンスのある女友だちに買い出しを依頼したという。ちなみに、酸味のあるものや濃い味つけの食べ物を好んだそうだが、これは抗がん剤の副作用で味覚に変化が生じたためだ(患者によってケースバイケースなので、白血病患者は病院食を避けよとか、こうした食べ物がいいと推奨するわけではない。念のため)。

スムーズなカテーテル処置のための「戦略立案」

入院中の山添さんは、首の血管にカテーテルを刺して生活した。抗がん剤は、このカテーテルを通して投与されるが、カテーテルの差し替えが随時行われるのが憂鬱の種であった。
4度目となる差し替えでは、嫌な予感が的中。カテーテルがうまく血管に入らず3回もやり直しになったという。

ここで山添さんは、医師の指示に従うのはよしとしても、自分が望むケアについて黙っていることの問題に気づく。つまりはコミュニケーションの問題。これは職場でも病院でも変わらないと、仕事の現場で学んだ3つのコツを応用した。

その1つが、ごく短時間で終わってしまう主治医回診時に向けた「戦略立案」だ。

事前準備はマストだ。必ずメモに整理してから主治医を待つようにした。ちなみに、なんでもかんでも医者に聞くのはNG。忙しい医師は全方位的には対応できないし、対応するモチベーションもない。看護師さんに確認すべきこと、薬剤師さんに聞くべきこと等、自分の知りたいことを抜け漏れなくリストアップして、適切な担当者を特定する。(本書より)

……というふうに。

ほかの2つのコツは「プライオリティの明確化」と「相手に合った言葉や表現の選択」。山添さんにとってのプライオリティは、いち早く退院してもとの生活に戻ること。「言葉や表現の選択」とは、1例を挙げると看護師相手には、単に要求を話すのではなく、体調やストレスなど総合的な情報を伝えたうえで、ポイントを話すといったコミュニケーション上の工夫。これらを実践することで、以降のカテーテル差し替えは、納得のいく処置を受けられたそうだ。

挫けないためのメンタル面での乗り切り方

山添さんは、職場のノウハウを駆使しながら早期の退院を目指したが、それでも想定外のことを「山ほど経験した」という。

職場での想定外は、他の人が期待通りに動かないためというのが多かったそうだが、今度は自分の身体が相手。入院中に脳に細菌が侵入したことで脳膿瘍(のうよう)ができて右手が麻痺し、腸閉塞にも苦しんで、入院期間が予定よりも長引いたり……。そうなるとメンタルヘルスの維持も難しくなってくる。

対策として、山添さんがとった方法の1つが、「シンプルな生活ルールを順守する」だ。

大変な状況であればあるほど、シンプルな日常生活にフォーカスすると雑念が消える。規則正しい生活、新たな生活のルーティンワークをつくる。そして、身体からのサインを感じながら淡々と生活するよう努めた。(本書より)

とはいっても、脳に膿がたまる膿瘍で右手が麻痺した時は、さすがにこたえたという。膿瘍の治療に加え、右手のリハビリも行うことになったが、それを継続するモチベーションに苦心する。

打開の決め手となったのが、「スモールサクセスを達成しつづける」。特に「アーリースモールサクセス」が重要とのこと。山添さんは、理学療法士が作成したメモを貼って、毎日のリハビリがしやすい環境を整え、スプーンを扱えるようにするというハードルの低い目標を、まずは設けた。こうした小さな目標を早いうちに達成することで、モチベーションを保てたそうだ。

小目標の設定と達成を繰り返し、山添さんはリハビリに成功。手の込んだ料理をしたり、バイオリンを弾くといった最終的な目標をも達成するにいたった。もちろん、無事に退院して日常生活に復帰。「これからの人生は、そう悪くはないだろう」と、自信をもつほどに。

*  *  *

本書は、ガンという難しい病気の「闘病記」ではあるが、文体は前向きな気に満ち、読んでいるこちらが元気をもらうくらい。新たな視点や気づきを与えられることも多く、今なにかの病気で辛い状況になっている方は、読んでみることをすすめたい。

【今日の自分も頑張りたくなる1冊】

『経営コンサルタントでワーキングマザーの私がガンにかかったら: 仕事と人生にプラスになる闘病記』

山添真喜子著
東洋経済新報社

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った映像をYouTubeに掲載している。

 

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