取材・文/田中周治

58歳の時に前立腺がんが発覚した角盈男さんに、闘病生活を振り返ってもらった。

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闘病生活において、病気と闘うという意識はなかった

がんとどう向き合い克服したか。ただ、角さんは闘病生活において、病気と闘うという意識はなかったという。

「正直、がんと闘っている感覚はなかったですね。とにかく、自覚症状が全くありませんでしたから。検査前と治療後で体調が変わったわけでもない。痛みがあって、それが治ったわけでもない。重粒子線治療の際に、ホルモン抑制をしたので、急に体が熱くなるホットフラッシュの症状がたまに出たり、その期間中は女性に興味が無くなったりしましたが、変化と言えばせいぜいその程度のことでした。画像を見せられて、『ここをこう治療しました』と説明を受けても『そうなんだ』と納得するしかない。そういう状況だったわけですからね。それに現役時代もケガをした際にはその痛みと闘おうとは思っていませんでした」

毎日のようにマウンドに立たなければならないプロ野球のリリーフ投手は、そのほとんどが体のどこかに大なり小なりの痛みを抱えながら選手生活を送っている。角さんが先輩選手から教わったのは、その痛みと友達になるという感覚だった。

「痛みと闘って無理に抑え込もうとすれば、向こうもムキになって、もっと激しい痛みで反撃してくる。だったら、多少痛くても登板しなければいけないんだから、その痛みと仲良くなった方がいいよ、と教わったんです。明日は休めるだろうから、今日だけは静かにしておいてくれよ。今日だけは無理させてくれ。そういう感情を持っていましたね。さすがに、がん細胞に対して友達という感覚は持てなかったけれど、それでも、この治療法で治ってくれ、素直に放射線で焼かれろよ、という気持ちでいましたね」

前立腺がんの治療は、投薬期間を含め数か月に及んだ。この闘病生活を経て訪れた、最も大きな心境の変化は、「時間を大切にする」意識が芽生えたことだという。

「その瞬間、瞬間をエンジョイしたい。元からそういうタイプでしたけれど、より強く思うようになりましたね。健康だと思っていたところ、突然、がんだと宣告された。その時、『人間は明日どうなるかわからない』と実感したわけです。だったら、生きている今を精一杯、楽しもうと……。ただ、だからといって、何か特別なことにトライしようというわけではありません。日常の生活の中で過ごす時間をどれだけ楽しめるか。命のあるこの一瞬を大切にしたいと考えるようになりました」

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