国立がん研究センターの統計によれば、日本で2018年に新たに診断されたがんは、98万例。日本人が一生のうちにがんと診断される確率は、男性65.0%、女性50.2%。日本人の2人に1人以上ががんにかかるというデータが出ています。もはやがんは他人事ではなく、誰でもかかる可能性があります。しかし、世の中にはがんの原因やがん予防に関する情報が溢れかえっています。エビデンスのない情報に振り回されて一喜一憂していては、Quality of Life(人生の内容の質や社会的にみた「生活の質」)を下げてしまうことになりかねません。

そこで、エビデンスに基づいたがんの予防法について長年研究を続けている、国立健康・栄養センター所長(旧:国立がん研究センター・センター長)である津金昌一郎医師に、日本人に多いがんとその原因についてお話を伺いました。

日本人のがん罹患率が増えているのは長寿国だから

「かつて日本人の死因は、結核や肺炎などの感染症が一番多かったのですが、1981年にはがんが死因として一番多くなり、それからがんで亡くなる人の数は増加し続けています。しかし、このデータだけで日本人ががんにかかりやすくなったとはいえません。がんで亡くなる人の数は増えているのですが、これは、戦後、衛生環境や栄養状態が改善されたこと、また医療技術の進歩により、感染症や脳卒中の発生率と死亡率が減少したことなどで、日本が長寿国となり、がんにかかりやすい高齢者の数が増えたことが原因といえます。

2015年のがん罹患統計によりますと、40歳までにがんにかかる率は、男性1%、女性2%であまり高くありません。女性の方が高いのは、女性特有のがんである乳がんや子宮頸がんは、比較的若い時にかかる可能性があるからです。これが、60歳までになると、男性8%、女性12%、80歳までになると男性41%、女性31%となり、年をとるほどがんにかかる可能性が上がっていきます。つまり、日本人の平均寿命が伸び、高齢者が増えていることが、がんの罹患・死亡率を上げている最大の原因であるといえます。決して日本人ががんにかかりやすくなったというわけではありません」

日本人に多くなったがんとは? かつては少なかったが、戦後増えたがん

それでは、日本人に多いがんとはどんなものなのでしょうか? 国立がん研究センターが発表した2018年、2019年のがん罹患数・死亡数の順位は以下のとおりです。

がん罹患数の順位(2018年)
   男性    女性
1位 前立線   乳房
2位 胃     大腸
3位 大腸    肺
4位 肺     胃
5位 肝臓    子宮

がん死亡数の順位(2019年)
   男性    女性
1位 肺     大腸
2位 胃     肺
3位 大腸    膵臓
4位 膵臓    胃
5位 肝臓    乳房

「肺がんが増えたのは、1970年代までの日本人の喫煙率の高さの弊害が、20、30年後になって現れたものです。1990年半ばからは、年齢の影響を調整した肺がん死亡率は減少傾向にあります。肺がんの原因は圧倒的にタバコによるものが多いのです。また、喫煙は、肺がんだけでなく、ほぼすべてのがんの発生に関係しています。

大腸がんが増えたのは、食の欧米化により摂取カロリーが増え、肥満者が増えたことや食物繊維の摂取が減ったこと、また、労働環境の自動化や交通網の発達などにより身体活動量が減ったことなどが、関係している可能性があります。

乳がんは、肥満や運動不足に加えて、成長期の栄養状態の向上などにより、初潮年齢が早くなると共に、閉経年齢も遅くなり、女性ホルモンにさらされる期間が増えたことやホルモン剤の使用が増えたことなどによると考えられています。前立腺がんが増えたのにも、食の欧米化が関係している可能性があります。ただし、カロリー摂取量は1970年代より減少傾向に転じており、大腸がんや前立腺がんによる死亡率は、肺がんと同様、1990年代半ばより減少傾向にあります。

前立腺がんの死亡率は減少している一方で、罹患率が急増し、近年は男性のがんの1位になっていますが、PSA(前立腺特異抗原)を調べる検査で発見される機会が増えたことが最大の要因と考えられています。前立線がんは加齢とともに、多くの男性の前立腺に潜在している可能性がありますが、命を落とすほど悪性度の高いものは一部であり、2009~2011年罹患症例の5年相対生存率は99%と報告されています」

日本人に多くなったがんは、戦後の喫煙率の増加、食の欧米化、身体活動量の低下などの影響、また、医療技術が進歩したことによりがんが以前より見つかりやすくなったということがあるようです。

反対に日本人に少ないがんとは? かつては多かったが、最近は減ったがん

「かつて日本人に多かった胃がん、肝臓がん、子宮頸がんは、概して減少傾向にあります。胃がん減少の理由は、日本人の塩分摂取量の減少が関わっていると考えられています。これは、食の欧米化が進んだことで、伝統的な日本食は塩分が過多だったものが、塩分が減ったことによるものと考えられます。また、胃がんの原因となるピロリ菌の感染率が低下していることも胃がん発生の減少の要因になっています。子宮頸がんは、お風呂やシャワーの普及で、衛生状態が良くなったことが原因の一つとされていますが、近年は、死亡率は横ばい、罹患率は増加傾向にあることが懸念されています。肝臓がんは、原因ウィルスが明らかになり、医療の現場などにおいて、感染予防措置がとられるようになったことに起因します。

多くのがんは、喫煙、飲酒、食生活、身体的活動、体格(太っている、痩せている)なども関係しています。つまり、生活習慣ががんの発生に大きく関わっているのです。年齢が上がるほどがんにかかりやすくなるわけですが、生活習慣に気をつけてさえいれば、発生のリスクを抑えることができます。生活習慣に気をつけて、できるだけがんの発生リスクを下げていただきたいですね。『がんを遠ざける5つの健康習慣』については、また次回ご説明したいと思います」

お話を伺ったのは……

津金昌一郎先生
医薬基盤・健康・栄養研究所 理事兼国立健康・栄養研究所 所長

1981年、慶応義塾大学医学部を卒業後、同大学医学研究科にて公衆衛生学を専攻。同大学医学部助手を経て、86年に国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に入所。研究所室長、臨床疫学研究部長、がん予防・検診研究センター(2016年より社会と健康研究センター)予防研究部長を経て、2013年にセンター長に就任。2020年に国立健康・栄養研究所所長を併任し、2021年より現在に至る。主な受賞歴に朝日がん大賞、高松宮妃癌研究基金学術賞、日本医師会医学賞など。主な著書に『がんになる人ならない人』『科学的根拠にもとづく最新がん予防法』などがある。

医師のインタビュー記事は、株式会社おいしい健康が運営するメディア「先生からあなたへ」でもご覧いただけます。
https://articles.oishi-kenko.com/sensei/

取材・文/一瀬立子  写真/フカヤマノリユキ

 

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