肥満が体に及ぼす悪影響に関する情報は日本社会に浸透し、また、コロナ禍に自宅で過ごす時間が増えたことにより、体重の増加を気にかけている人は少なくないことでしょう。しかし、がんの発生は、太っていても、痩せていてもリスクが高くなることがわかっています。もともと肥満の人の割合が少ない日本ですが、痩せ思考が強くなり過ぎると、がん発生のリスクが高まるので、気をつけなければなりません。

そこで、がん発生リスクを抑えるにはどの程度の体格がいいのか、また、がんを予防する食事法について、国立健康・栄養研究所長(元・国立がん研究センター・がん予防・検診研究センター長)である津金昌一郎医師にお話を伺いました。

肥満だけでなく、痩せ過ぎも注意

「肥満度を表す指標として国際的に用いられている体格指数をBMIといいます。BMIは[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で求めることができます。

日本肥満学会の定めた基準
18.5未満……低体重(やせ)
18.5以上25未満……普通体重
25以上……肥満(肥満はその度合いによって『肥満1』〜『肥満4』に分類される)

肥満の判定基準は国によって異なり、WHO(世界保健機構)の基準では30以上を『肥満』としています。

厚生労働省がとりまとめた平成28年「国民健康・栄養調査」では、日本人のBMI平均値は、男性が23.8、女性が22.6であり、欧米諸国(男性26~29、女性24~29)に比べ低く、WHO基準の肥満者割合も数%(欧米では20~37%)とかなり低いことがわかっています。

われわれが中高年日本人35万人のBMIとがん死亡リスクとの関連を調べたところ、男女ともにBMI30以上になるとリスクが1.3倍程度高まりますが、男性はBMI23未満、女性ではBMI19未満でもリスクが1.1~1.3倍高まることがわかりました。つまり、がんは太っていても、痩せていてもリスクが高まるということです。男性であればBMI25〜27、女性ではBMI19〜25くらいの人のリスクが低いという結果が出ています。『太り過ぎない、痩せ過ぎない』ことが、がんの予防に大切です。高血圧や糖尿病などの生活習慣病がなく、適正BMI以内であれば、無理に痩せる必要はありません。肥満が体によくないということはわかっていましたが、痩せ過ぎもがん発生のリスクを上げてしまいます。『痩せていればいい』という偏った健康思考には注意が必要です」

がん予防にいい食事法

■飽和脂肪酸は多過ぎない少な過ぎない

「日本人に大腸がんが増えたのは、食の欧米化が進み、肉類や脂肪を摂り過ぎていることが原因だといわれていますが、アメリカに比べれば摂取量が少なく、赤肉を食べ過ぎているという日本人は、1~2割程度の人だけのことだといえます。肉類や乳製品などの飽和脂肪酸を摂り過ぎると、血中総コレステロールが増加し、心筋梗塞や脳梗塞のリスクが増加することが、特に欧米諸国では重要な問題になっています。反対に、少ないと、血管が弱くなって脳出血などの原因につながることがあります。牛・豚・羊などの赤肉の摂取は、国際的には生肉換算で1日100gまでに抑えるのがいいとされていますが、国民健康・栄養調査によると、日本人の赤肉の摂取量は平均で1日63g程度ですので、多くの日本人は範囲内に入っているということがいえます。赤肉はたんぱく質やビタミンB、鉄、亜鉛など私たちの健康維持にとって有用な成分もたくさん含んでいます。ただし、食べ過ぎている方は、控えたほうがよいでしょう」

■食肉加工品の摂取には注意を

「ハム、ソーセージ、ベーコンなどの食肉加工品は発がん性があるという発表(※)がされています。欧米に比べ、もともと日本人の食肉加工品の摂取量は多くないので、絶対に食べないほうがいいということではないのですが、できれば控え、食べ過ぎないようにしたほうがよいでしょう」

■大豆製品のイソフラボンは乳がんのリスク下げる可能性がある

「豆腐、みそ、納豆などの大豆製品をよく摂るのが、日本人の食文化の特徴です。ある研究では、イソフラボンを多く摂取している人の乳がんリスクが低下したという結果が出ています。これは、イソフラボンの構造と女性ホルモンの構造が似ており、体内にイソフラボンがたくさんあると、女性ホルモンの働きを抑えることがあり、それによって乳がんの発生リスクが抑えられるのではないかとみられていますが、科学的にはまだ根拠がはっきりとしておらず、さらなる研究が必要です」

■野菜や果物は積極的に摂ろう

「われわれの調査では、野菜や果物を摂っている人は、胃がんや食道がんに対する予防効果が示されました。食道がんの予防効果はほぼ確実、胃がんの予防効果は可能性ありとなっています。また、果物は摂取量が増えるほど全循環器疾患のリスクを下げることが認められました。健康効果が期待できる野菜と果物は積極的に食べるようにしましょう。厚生労働省は、『1日あたり350g以上の野菜を摂ること』を推奨しています」

■塩分の摂り過ぎは胃がんの原因になる

「日本人の伝統的な食事は、漬物、干物などの塩蔵食品は塩分が多く、胃がんの原因になります。塩分の摂り過ぎは、高血圧を引き起こし脳卒中や心筋梗塞にもつながります。『減塩』という言葉がだいぶ浸透し、塩分を控えたほうが体にいいという意識が日本人に広がったことで、胃がんや脳卒中などの発生は減少してきています。

戦後、日本人の食事は欧米化が進み、肉などの動物性たんぱく質を多く摂るようになったことで、カロリー摂取量が多くなり肥満者が増え、一時期は大腸がんや乳がんなどの増加が懸念されました。しかしながら、日本人は肉だけでなく、魚や大豆製品からもたんぱく質を摂り、運動量が減った分、摂取するエネルギーの量を減らし、栄養状態はいいが欧米ほどの肥満ではないという状態を保ち、健康を維持しているといえます。ほどよく欧米化した食事が日本人を長寿に導いていると考えています」

(※)参考:https://www.iarc.who.int/wp-content/uploads/2018/07/pr240_E.pdf

お話を伺ったのは……

津金昌一郎先生
医薬基盤・健康・栄養研究所 理事兼国立健康・栄養研究所 所長

1981年、慶応義塾大学医学部を卒業後、同大学医学研究科にて公衆衛生学を専攻。同大学医学部助手を経て、86年に国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に入所。研究所室長、臨床疫学研究部長、がん予防・検診研究センター(2016年より社会と健康研究センター)予防研究部長を経て、2013年にセンター長に就任。2020年に国立健康・栄養研究所所長を併任し、2021年より現在に至る。主な受賞歴に朝日がん大賞、高松宮妃癌研究基金学術賞、日本医師会医学賞など。主な著書に『がんになる人ならない人』『科学的根拠にもとづく最新がん予防法』などがある。

医師のインタビュー記事は、株式会社おいしい健康が運営するメディア「先生からあなたへ」でもご覧いただけます。
https://articles.oishi-kenko.com/sensei/

取材・文/一瀬立子  写真/フカヤマノリユキ

 

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