第7回ジャズ・スタンダード必聴名曲(4)「オール・ザ・シングス・ユー・アー」

文/池上信次
今回は第5回で紹介した「バード・オブ・パラダイス」の「元ネタ」のスタンダード曲「オール・ザ・シングス・ユー・アー」を紹介します。

「オール・ザ・シングス・ユー・アー(原題:All The Things You Are)」は、作詞オスカー・ハマースタイン2世(1895~1960年)、作曲ジェローム・カーン(1885~1945年)というミュージカルの名作家コンビによって作られました。1939年のブロードウェイ・ミュージカル『ヴェリー・ウォーム・フォー・メイ(Very Warm For May)』のための楽曲で、そのタイトルどおり「あなたは私のすべて」と歌われるロマンティックな求愛ソングです。じつはこのミュージカルは不評で、当時わずか2か月で打ち切りとなってしまい、「幻」の作品といわれるほどでした。しかし、この曲はジャズ・スタンダード曲となり、現在までにジャズ史上屈指の膨大な数の録音が残されています。どうして「幻」が「大人気」となったのでしょうか?

ジャズ・ヴォーカルでは、ミュージカル上演同年にミルドレッド・ベイリー、トミー・ドーシー楽団、アーティ・ショー楽団らが取り上げていますが、おそらくは最新ミュージカルのカヴァーとしての扱いでしょう。フランク・シナトラが47年に歌っていますが、ヴォーカルでは人気曲とはいい難いところです。ヒットどころか幻ですからそれも当然なのですが、インスト(器楽演奏)の世界は違いました。1940年代前半はさすがに取り上げられていませんが、40年代後半から様子が一変、爆発的に録音が増えるのです。

まず45年にディジー・ガレスピー(トランペット)が、録音しました。ディジーはここでアルト・サックスのチャーリー・パーカーをフィーチャーしていますが、パーカーのソロはほとんどなし、という(あまりぱっとしない)演奏です。そして46年にも『ジェローム・カーン曲集』の1曲として録音。しかしこちらはカーンの遺族からクレームがあってレコードが回収された事実があるので、もしかすると楽曲の著作権などの問題でそれまでは取り上げられなかった事情があるのかもしれません。そうであったとしても、ディジーが「オール・ザ・シングス〜」を「発見」したことがジャズ・スタンダード化の始まりだと思われます。

チャーリー・パーカーのアドリブがこの曲の「可能性」を感じさせた

チャーリー・パーカーは47年に自身のリーダー・セッションでこの曲を演奏します。ここで演奏している、のちに定番となるイントロはディジーのセッションでやっていたものですから、パーカーはその時の「ネタ」を持ち込んだのですね。そしてこの「オール・ザ・シングス〜」を聴いたジャズマンたちは、「これだ!」とひらめいたのです。その理由は、コード進行にあります。楽理的なことはここでは触れませんが、この曲のコード進行は、インスト奏者の「アドリブ心」を強力に刺激する要素に富んでいるのです。要するに腕の見せどころが満載なのですね。この演奏はミディアム・テンポの、けっして派手なものではないのですが、パーカーのアドリブはこの曲の「可能性」を感じさせたのです。

そうして50年代末までに、エロール・ガーナー、 デイヴ・ブルーベック、レニー・トリスターノ、オスカー・ピーターソン、ハンプトン・ホーズ、アンドレ・プレヴィン(以上ピアノ)、ズート・シムズ、ベン・ウェブスター、ジェリー・マリガン、ソニー・ロリンズ(以上サックス)、クリフォード・ブラウン、チェット・ベイカー(トランペット)、バーニー・ケッセル、タル・ファーロウ(以上ギター)、そ してMJQら、名だたるジャマンがこぞって取り上げ、スタンダード曲として認知されました。

この曲はメロディよりも、アドリブ演奏の「素材」として広まったのです。つまりこの曲のメロディも歌詞も、ヴォーカリスト以外にとってはまるで重要視されておらず、コード進行と構成にこそこの曲の価値があるという認識です。しかも「幻」ですから、オリジナルのイメージに縛られることなく、存分に個性を発揮できるのですね。『「オール・ザ・シングス・ユー・アー」を演奏する』ということは、アドリブで勝負するぞ、という意思表示なのです。それが極端に表れた例として、チャーリー・パーカーがテーマ抜きで録音したことは第5回で紹介しましたね。したがってこの曲の名演といえば、それは「アドリブの名演」ということになります。

パーカーと同様に、曲名は付けられているものの、実体はテーマを省略した「オール・ザ・シングス〜」という演奏は、ビル・エヴァンス(ピアノ)の「アー・ユー・オール・ザ・シングス」(『インチュイション』[ファンタジー]収録)などがあります。また、この曲のコード進行を使って作られた曲(=アドリブ・パートは「オール・ザ・シングス〜」同じ)には、ジャズ・メッセンジャーズの演奏で知られるケニー・ドーハム作曲「プリンス・アルバート」、デクスター・ゴードン作曲「ボストン・バーニー」、リー・コニッツ「シンギン」、デイヴ・リーブマン作曲「オール・ザ・シングス・ザット」などがありますが、これらは「オール・ザ・シングス〜」の演奏があまりにも多いので差別化の意味もあったのでしょう。

このように、ジャズの世界では「オール・ザ・シングス〜」は「素材」としての側面が強いのですが、じつは歌としても「名曲」なのです。あまり知られていないと思いますが、なんとマイケル・ジャクソンも歌っているのですから(1973年『ミュージック&ミー』[モータウン]収録)。マイケルはいったいどこからこれを見つけてきたのか、気になりますね。

「オール・ザ・シングス・ユー・アー」名演収録アルバムと聴きどころ

(1)『チャーリー・パーカー・オン・ダイアル完全盤』(ダイアル)
『チャーリー・パーカー・オン・ダイアル完全盤』(ダイアル)

『チャーリー・パーカー・オン・ダイアル完全盤』(ダイアル)

演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、マイルス・デイヴィス(トランペット)、デューク・ジョーダン(ピアノ)、トミー・ポッター(ベース)、マックス・ローチ(ドラムス)

録音:1947年10月28日

チャーリー・パーカーのダイアル・レコードでの録音を全部集めた4枚組CDボックス。ここには「オール・ザ・シングス〜」1テイクと、そのテーマ省略版である「バード・オブ・パラダイス」2テイクが収録されています。テーマがないほうが格段にスリリングな演奏で、ここではテーマは余計なものという印象すら受けますね。

(2)パット・メセニー『クエスチョン・アンド・アンサー』(ゲフィン)

演奏:パット・メセニー(ギター)、デイヴ・ホランド(ベース)、ロイ・ヘインズ(ドラムス)
録音:1989年12月21日

テーマを弾き終わるのが待ちきれなかったかのように、メセニーはアドリブ・パートに突入すると一気に猛烈な勢いで疾走します。バックの大先輩ふたりがそれを余裕で受けとめ、そしてさらに燃料を供給し、演奏はますます熱くなるばかり。ここでのメセニーは、ワイルドな「アドリブ命」のジャズ・ギタリストなのです。

(3)キース・ジャレット『スタンダーズvol.1』(ECM)
キース・ジャレット『スタンダーズvol.1』(ECM)

キース・ジャレット『スタンダーズvol.1』(ECM)

演奏:キース・ジャレット(ピアノ)、ゲイリー・ピーコック(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)
録音:1983年1月11、12日

1983年から現在まで活動を続けている通称「スタンダーズ・トリオ」は、その名のとおりスタンダード曲ばかりを演奏しますが、アプローチはビ・バップとはまるで異なる独特なスタイル。その場その場で変化する自由自在の展開は、有名曲を取り上げることでその特徴がより際立って印象づけられます。

(4)渡辺貞夫・ウィズ・ザ・グレイト・ジャズ・トリオ『バード・オブ・パラダイス』(フライングディスク)

演奏:渡辺貞夫(アルト・サックス)、ハンク・ジョーンズ(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)
録音:1977年5月4日

「バード・オブ・パラダイス」はチャーリー・パーカー「作曲」ですが、「オール・ザ・シングス~」のテーマを省略し、いきなりアドリブするという「テーマ・メロディのない曲」。つまりタイトルは行為を示しているようなものなので、この「曲」を演奏することは、「パーカー派ビ・バッパー」宣言と同義なのです。

(5)『サラ・ヴォーン・アンド・ザ・カウント・ベイシー・オーケストラ(センド・イン・ザ・クラウンズ)』(パブロ)
『サラ・ヴォーン・アンド・ザ・カウント・ベイシー・オーケストラ(センド・イン・ザ・クラウンズ)』(パブロ)

『サラ・ヴォーン・アンド・ザ・カウント・ベイシー・オーケストラ(センド・イン・ザ・クラウンズ)』(パブロ)

演奏:サラ・ヴォーン(ヴォーカル)、カウント・ベイシー・オーケストラ
録音:1981年

「オール・ザ・シングス〜」はもともと歌詞のある歌ですから、ヴォーカルも聴いておきたいところ。サラは最初のコーラスはストレートにメロディを歌っているものの、曲が進むにつれてどんどんフェイク(変奏)が飛び出してきます。この曲はヴォーカリストも「アドリブ心」を刺激されてしまうようです。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。ジャケット写真は一部のみ掲載しています。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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