プロモーション用のエディットされたシングル盤は、「聴かせどころ」の凝縮といえます。一度耳にしてもらったら、とことん惹きつけるために、そこにはさまざまな工夫がありました。まず、前回に引き続き、キース・ジャレットのちょっと珍しいプロモーション用シングル盤(以下、プロモ・シングル)を紹介します。


キース・ジャレット『トレジャー・アイランド(宝島)/シスター・フォーチュン』(インパルス/プロモ・シングル)
演奏:キース・ジャレット(ピアノ)、サム・ブラウン(ギター)、チャーリー・ヘイデン(ベース)、ポール・モチアン(ドラムス)、ギレルミ・フランコ(パーカッション)、ダニー・ジョンソン(パーカッション)
発表:1974年
『宝島』からのプロモ・シングルは(なぜかグループにいたデューイ・レッドマン参加曲を外して)サム・ブラウンをフィーチャーした2曲。アルバム収録ヴァージョンより、A面曲は約40秒、B面曲は約80秒短く編集されている。

前回紹介した『ザ・ケルン・コンサート』の1年前、1974年にリリースされたアルバム『宝島』の押し曲は「宝島」と「シスター・フォーチュン」でした。このプロモ・シングルの珍しいところは、4チャンネル・レコード(Quad=Quadraphonic)というところ。「4チャンネル」とは、70年代前半に発明されたレコード盤によるマルチ・チャンネルの再生システムです。ステレオ・レコードの溝に4チャンネル分の情報を記録し、再生装置でそれを分離して前方左右と後方左右の4本のスピーカーで再生するものです。しかし、いくつもの方式が乱立した結果、共倒れとなってしまい、ほんの数年間で下火になってしまいました。これはそんな時代のさなかに作られた1枚です。

4チャンネルのシステムでこのレコードのステレオ放送を受信すれば、4チャンネル再生が可能で、かつ普通のステレオとの互換性もありますので、この盤は当時の最新メディアにも対応したプロモーション・ツールということになります。ただ、システムの普及率を考えると実際はそれを狙ったものではなく、LPアルバムが4チャンネル・レコードだったことから、そのマスターをそのまま使ったと思われます。

プロモ・シングルは、おもにラジオでかける/かけてもらうためのもので「家庭鑑賞向け」ではありません。ですから、ラジオの「放送システム」と密接に連携しています。この1970年代、アメリカの多くのラジオ放送局はAMのモノラル放送でした。当時のLPレコードは完全にステレオの時代ですが、プロモ・シングルは、ラジオのシステムに合わせたモノラル・ミックスの音源を使った盤が多数作られていました(その現状を見ると、4チャンネル放送はかなりぶっ飛んだ発想だったわけですね)。こんな感じで、ステレオとモノラルでカップリングされているものが多かったようです。


チック・コリア・アンド・リターン・トゥ・フォーエヴァー『スペイン』(ポリドール/プロモ・シングル)
演奏:チック・コリア(エレクトリック・ピアノ)、ジョー・ファレル(フルート)、スタンリー・クラーク(ベース)、アイアート・モレイラ(ドラムス)、フローラ・プリム(ヴォーカル)
発表:1973年
先ごろ亡くなったチック・コリアの代表曲。『ライト・アズ・ア・フェザー』収録のオリジナルは10分近い演奏だが、チック以外のソロをカットして半分以下の長さにエディットされている。

では、このモノラル盤はいつまで使われていたのでしょうか。次に見ていただくのは、キース・ジャレットの『スタンダーズvol.1』のプロモ・シングル盤です。楽曲は「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」。A面はステレオ、B面は同曲のモノラル・ミックスです(A面B面の記載はありませんが便宜的に。以下同)。アルバムのリリースは1983年。すでにCDが商品化され発売されているこの時期に、モノラル・レコードというのはかなり意外な印象を受けます。これは、(個性的な音も売り物にしている)ECMレコードに限ったことではありません。モノラル放送のシステムにおいて、モノラル・レコードとステレオ・レコードがどれくらい音的に違うのかは不勉強ながらわかりませんが、商品として作っていないモノラル・レコードをわざわざ作るくらいですから、きっと大きな意味があったのでしょう。(もちろんモノラルのステレオ再生では、まるで違いますが)。


キース・ジャレット『ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド』(ECM/プロモ・シングル)
演奏:キース・ジャレット(ピアノ)、ゲイリー・ピーコック(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)
発表:1983年
ぱっと見ではわかりにくいが、右側にSTEREO、MONOの表示がある。アルバム『スタンダーズvol.1』では15分超の演奏だが、ここでは3分20秒でフェイドアウトして収録。

次は2枚のパット・メセニー・グループのプロモ・シングルを見てみます。まず写真左『オフランプ』のプロモ・シングル『アー・ユー・ゴーイング・ウィズ・ミー?』は1982年リリース。先のキースの1年前、同じECMレコードです。A面がモノラル、B面が同曲のステレオです。そして、写真右『ファースト・サークル』のプロモ・シングル『ヨランダ・ユー・ラーン』(この曲が押し曲というのはちょっと意外です)。こちらは1984年のリリースですが、A面B面ともに同曲のステレオ(つまり両面まったく同じ)なのです。たくさんのプロモ・シングルをリサーチしたわけではないのですが、このあたりがモノラル/ステレオの切り替えになった時期と推測はできそうです。


左)パット・メセニー・グループ『アー・ユー・ゴーイング・ウィズ・ミー?』(ECM/プロモ・シングル)
演奏:パット・メセニー・グループ 発表:1982年
右)パット・メセニー・グループ『ヨランダ・ユー・ラーン』(ECM/プロモ・シングル)
演奏:パット・メセニー・グループ 発表:1984年
パット・メセニー・グループはこのころ精力的にツアーを行なっていたが、ラジオはそのプロモーションとしても重要なものだったに違いない。

そして、その後は当然ながらプロモーション・メディアはCDへと移行し、レコードの時代は(ひとまず)終わります。プロモ・シングル盤はもともと非売品であり、また期間限定の「生もの」でもあり、ディスコグラフィーにもほとんど載らないものだったので、その時代の変わり目に文字通り消えて無くなってしまいました。しかしこれらは、ジャズの変遷とメディアの変遷を知るための、ひとつのリアルな記録といえるものでしょう。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ「絶対名曲」』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究 3』『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

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