文/池上信次
暑い日が続いています。今回は「夏の歌」について。夏について歌った歌、夏を感じさせる歌というのは、ポップスだとすぐにたくさん思いつきますが、ジャズではどうでしょう。春、秋、冬はそこそこありそうですが、夏ですぐに思い浮かぶのは「サマータイム」(作詞:デュボース・ヘイワード、アイラ・ガーシュウィン、作曲:ジョージ・ガーシュウィン)ぐらいでしょうか。でもその「サマータイム」は、季節としての夏の感じは希薄です。ジャズに夏は似合わないのか? 『真夏の夜のジャズ』というジャズ・フェスの記録映画(名作)がありますが、連日の暑さで参っていると、夏にジャズは似合わないからこそ(暑い夜なのにジャズ聴くの?と)あえてそのタイトルを付けた、なんて珍説を考えてしまいます。
でも調べてみると、ジャズ・ミュージシャンによる「夏歌」はいくつもありました。しかも、ヒット・チャートの上位に入った曲が2曲も! そしてそれを歌ったのは同じ人だったのです。そのジャズ界随一の「夏男」とは……。
『暑い夏をぶっとばせ』は、1963年の5月にリリースされた、ナット・キング・コールの「夏歌」アルバム。原題は『ゾーズ・レイジー・ヘイジー・クレイジー・デイズ・オブ・サマー(Those Lazy-Hazy-Crazy Days Of Summer)』で、同名の曲がその1曲目に収録されています。歌詞の内容を見ると「ぶっとばせ」とはちょっとイメージが合っていないようで、夏をたっぷり遊んで楽しもうという感じです。この曲は62年にドイツで作られ(ドイツ語歌詞:ハンス・ブラッケ、作曲:ハンス・カルステ)、翌年に英語歌詞(チャールス・トビアス)でキング・コールが録音し、このアルバム収録のほか、シングルでもリリースされました(日本でもシングルが「暑い夏をぶっとばせ」のタイトルで出ました)。
このアルバムには、ほかにも「ザット・サンデイ・ザット・サマー」(作詞作曲:ジョー・シェアマン、ジョージ・デヴィッド・ワイス/シングル・カットあり)、「ザッツ・ホワット・ゼイ・メント(オン・ザ・グッド・オールド・サマー・タイム)」「イン・ザ・グッド・オールド・サマー・タイム」「ゾーズ・レイジー・ヘイジー〜(リプライズ)」と、タイトルに「サマー」がつく曲が全部で4曲5トラックも収録されているのです。ジャケットは見ての通り夏全開のイメージですから、サブタイトルをつけるなら、「ナット・キング・コール夏を歌う」というところですね。
そしてこのアルバムは、『ビルボード』の総合LPチャートで14位という大ヒット、しかもシングル・カットされた2曲は、いずれもチャートの上位に入ったのです。「ゾーズ・レイジー・ヘイジー〜」は総合シングル・チャート(Hot100)で6位、ミドル・ロード・シングル(Middle-Road Singles)で3位、R&Bシングル(Hot R&B Singles)で11位という大ヒット、「ザット・サンデイ・ザット・サマー」は総合シングル・チャートの12位、ミドル・ロード・シングルで3位になりました。
このミドル・ロード・シングルというのはあまり聞かれない言葉かもしれません。これは1961年に『ビルボード』チャートに登場した分類名称で、この前には「イージー・リスニング」となっており、64年からは「ポップ・スタンダード・シングル」「ホット・アダルト」と変わり、現在は「アダルト・コンテンポラリー」になっています。いわば「大人のポップスの真ん中」のチャートで、「夏男」がいるべきジャンルでちゃんとチャート・インしていたのでした。キング・コールのジャズでの活躍は言うまでもありませんが、ポップスでの活躍も素晴らしいものがあります(この時点では逆に言うべきか?)。
聴けば涼しくなるか、それとももっと暑くなるか。いや、これはそんなところは狙っていなくて、暑くても涼しくてもオレの歌を聴けば夏は楽しくなるぜ、というところがナット・キング・コールなんですね。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。