文/池上信次

ジャズという音楽は、他の音楽ジャンルに比べて「個人」の音楽という側面が強いものといえます。固定されたメンバーで活動する「グループ」は極端に少なく、そうであっても多くは「リーダー+バック」という構成です。まあ、つまりジャズ・ミュージシャンはみんな一国一城の主というものなのです。レコーディング・セッションなどで「共演」することはジャズでは日常ですが、ふたりのリーダーがひとつの作品を作ること、ジャズ・ミュージシャンの「コラボレーション」というのはなかなか困難を伴うものではないかと思います。

数多くのヒット・アルバムを作ったプロデューサー、トミー・リピューマの評伝『トミー・リピューマのバラード』(ベン・シドラン著、吉成伸幸/アンジェロ訳、シンコーミュージック・エンタテイメント刊)には、あるジャズの「コラボ」アルバム制作のエピソードが紹介されています。

「(前略)僕はボブ・ジェームスとデイヴィッド・サンボーンのふたりによるアルバムを制作することを思いついた。音楽的には極めて自然だったし、まだデュエットのコンセプト・アルバムがマーケットに出回っていなかったので話題性があった」

こうしてプロジェクトは、当然ふたりの了承の上で始まったのですが、「デイヴィッドはこの提案に全く乗り気ではなかった」「(前略)その曲をレコーディングし始めたその日の午後に(中略)ボブが『そうだな、これは僕の仕事じゃないね』と言って、彼はこの仕事が自分にふわさしくないと感じていることを明らかにしたんだ」と両方がコラボに消極的であることを表明。

しかし、(ミキシングの際に)「デイヴィッドとボブのふたりともコントロール・ルームにいた。要するに、ふたりそれぞれがより表に出るように主張してきたんだ。ボブは『もっとピアノが聴こえるようにしてくれ』と言うし、デイヴィッドは『もっとサックスが欲しい』と言い張る」と、作品の内容ではお互い一歩も引かないという状況だったのでした。

さらに、発売直後に雑誌の低評価レヴューを見たサンボーンが、「おい、だから言っただろ、こんなことになるぞって」と、「えらい剣幕」で電話をかけてきたというのです。

リピューマほどの巨匠プロデューサーでも、ジャズ・ミュージシャンの「コラボ」には苦労していたのでした。この章の最後はこう締めくくられています。「アルバムは最終的には250万枚のセールスを記録した。デイヴィッドもボブも、それっきり連絡してくることはなかった。そのアルバム『ダブル・ヴィジョン』に関しては」。

いくら売れてもそこは関係ないところに、彼らのジャズマン気質が表れているようです。しかし、そんな中でたいへん多くのコラボ・アルバムをリリースしているジャズ・ミュージシャンがいます。こんなに作っている人はおそらくほかにはいないと思います。それは、なんと件の『ダブル・ヴィジョン』のひとり、ボブ・ジェームスです。


●ボブ・ジェームスのコラボ・アルバム
1)ボブ・ジェームス&アール・クルー『ワン・オン・ワン』(Tappan Zee)1979年
2)アール・クルー&ボブ・ジェームス『トゥー・オブ・ア・カインド』(Capitol)1982年
3)ボブ・ジェームス&デイヴィッド・サンボーン『ダブル・ヴィジョン』(Warner Bros.)1983年
4)ボブ・ジェームス&アール・クルー『クール』(Warner Bros.)1992年
5)ボブ・ジェームス&ヒラリー・ジェームス『フレッシュ&ブラッド』(Warner Bros.)1983年
6)ボブ・ジェームス&カーク・ウェイラム『ジョインド・アット・ザ・ヒップ』(Warner Bros.)1996年
7)ボブ・ジェームス&ヒラリー・ジェームス『クリスマス・アイズ』(Tappan Zee)2008年
8)ジャック・リー&ボブ・ジェームス『ボテロ』(JL Music)2009年
9)ボブ・ジェームス&ハワード・ポール『ジャスト・フレンズ』(BJHP Music)2011年
10)ボブ・ジェームス&松居慶子『アルタイル&ヴェガ』(eOne)2012年
11)ボブ・ジェームス&デイヴィッド・サンボーン『カルテット・ヒューマン』(Okeh/JVC)2013年
12)ボブ・ジェームス&ネイサン・イースト『ザ・ニュー・クール』(Yamaha)2015年


これまで全部で12枚。アール・クルーもサンボーンにしても、ボブ・ジェームスのリーダー・アルバムに参加経験があるので、お互いはっきりとレコーディング・セッションとコラボは別ものという認識ですね。ボブ・ジェームスは、このほかにグループ「フォープレイ」でもたくさんのアルバムをリリースしていますので、『ダブル・ヴィジョン』事件が信じられないような、すごい協調性(これも技術でしょう)をもつ「コラボ」の名手といえるでしょう。なお、リストにあるようにサンボーンとは『ダブル・ヴィジョン』の約25年後に再びコラボ・アルバム『カルテット・ヒューマン』を作っています。その時はライヴ・ツアーも行なっているくらいなので、『ダブル・ヴィジョン』の時はたまたまふたりとも機嫌が悪かったのか……。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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