文/池上信次
ジャズの「夏の歌」の続きです。前回(https://serai.jp/hobby/1196822)、ジャズの夏の歌は少ないと書きましたが、それは春・秋・冬に比べてのこと。ジャズの夏の歌ももちろんあります。最も有名なところでは「サマータイム」でしょう。残された演奏はジャズ・スタンダードとしてはダントツに多く、膨大な数に上ります。本連載の第13回(https://serai.jp/hobby/372049)でジャズ・スタンダードの名曲として紹介していますので、詳しくはそちらを参照していただくとして、余談ですが、この曲については近年、作家について「訂正」が発表されました。この曲は1935年にオペラ『ポーギーとベス』で発表されたデュボース・ヘイワード作詞、ジョージ・ガーシュウィン作曲による作品として認識されてきていましたが、のちにアメリカの著作権管理団体の資料によって、ジョージの兄の作詞家アイラとの共同著作物と確認され、日本でも2021年に日本音楽著作権協会 (JASRAC)がそれを認め、現在ではこの曲はアイラ・ガーシュウィンとデュボース・ヘイワードによる作詞となっています。それによって著作権保護期間が延びたため、異例のこととしてニュースになりましたが、それは大人気曲だからこそ。
さて、そのほかの「夏」のジャズ・スタンダードを紹介します。
1)「ザ・サマー・ノウズ」
「ザ・サマー・ノウズ」は1971年公開の映画『サマー・オブ’42』の主題曲。「テーマ・フロム・サマー・オブ’42」の別名(というかこちらが本家か?)でも知られます。映画の邦題は『おもいでの夏』なので「おもいでの夏」と記されることもありますが、どれも同じ曲です。これは、映画は知らずともメロディだけで「夏の甘くて切ない思い出」の感じがしてきてしまう名曲です。作曲は映画音楽の巨匠でありジャズ・ピアニストでもあるミシェル・ルグラン。ビル・エヴァンス、アート・ペッパー、フル・ウッズらのメインストリーマーから、アール・クルーやデヴィッド・コーズらフュージョン派まで多くの演奏があります。サウンドトラックはジャズのサウンドではありませんが、作曲者ルグラン自身がジャズ・ミュージシャンと共演している(つまりジャズとして演奏している)ヴァージョンがいくつもあるほどなので、ルグランとしては「ジャズの曲」という認識なのかもしれません。
2)「サマー・ナイト」
1930〜40年代に多くのポピュラー・ヒット曲を書いた作曲家ハリー・ウォーレンの作品。ウォーレンの楽曲は「ジーパーズ・クリーパーズ」「ゼア・ウィル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー」「セプテンバー・イン・ザ・レイン」など、ジャズ・スタンダードになった曲も多いですが、1936年発表のこの曲が広く知られるきっかけになったのは、マイルス・デイヴィスが『クワイエット・ナイト』(63年録音/Columbia)で取り上げたあたりと思われます。その後は、チック・コリアが86年に『夜も昼も ライヴ・イン・ヨーロッパ』(ECM)で、キース・ジャレットが91年に『バイ・バイ・ブラックバード』(ECM)で、それぞれピアノ・トリオ編成で録音し、その後両者とも複数回録音を残しています。このふたりが共通してお気に入りということをみても、ジャズ・スタンダードの名曲といえるでしょう。このメロディをひとたび「サマー・ナイト」というタイトルであると認識してしまうと、なぜだかもう「夏の夜」しかイメージできません。
3)「エスターテ」
「エスターテ」はイタリア語で「夏」の意味。この曲は、イタリア人のブルーノ・ブリゲッティが作詞、同じくイタリア人のシンガーでピアニストのブルーノ・マルティーノが作曲して歌ったポピュラー・ソング。1960年に発表されたときは特にヒットはしませんでしたが、ボサノヴァ・シンガーのジョアン・ジルベルトが77年発表のアルバム『イマージュの部屋』(Warner Bros.)で取り上げたのをきっかけに、世界的に知られるようになりました。ジルベルトはボサノヴァにアレンジしてイタリア語で歌ったのですが、その曲の良さを察知したジャズ・ミュージシャンが次々に取り上げて、多くの録音を残しました。イタリアの曲がジャズ・スタンダードになっているのはとても珍しいことです。しかもジルベルトがイタリア語で歌っていることから、イタリア語で歌うのがお約束になっているというのもこの曲ぐらいではないでしょうか(「イン・サマー」というタイトルで英語歌詞もありますが)。インストゥルメンタルでは、ミシェル・ペトルチアーニ『エスターテ』(82年録音/IRD)、グローヴァー・ワシントン・ジュニア『オール・マイ・トゥモロウズ』(94年録音/Columbia)がオススメです。メロディからは「気だるい夏」の感じが伝わってきますが、もともとのイタリア語の歌詞は「失恋を思い出すので夏は嫌い」という内容だそうです。
ジャズの「夏の歌」は名曲ぞろい。やはり夏に聴くのが一番、かな。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。