文/池上信次
今回紹介するのは前回に続いて「ソロ=独奏」です。前回はその中の「枠組みのある演奏」を紹介しました。今回は「枠組みのない演奏」です。
ジャズのもっとも大切なところは「個性の表現」です。たとえていうなら「私はこういった考えをもつ人間である」と話すことですね。それを楽器でやっているわけですが、たとえば、「あなたらしさを表現するために何か話してください。題材はなんでもいいです」と聞かれたらどう答えますか? それよりも、「○○○についてあなたの考えを話してください」と聞かれた方がずっと話しやすいですよね。設問の難易によって饒舌になったり寡黙になったりするわけですが、その設問が「曲」であり、これが「枠組み」です。共演者がいる場合は、その演奏も質問に相当しますね。返答しやすい設問かどうかが、その音楽の方向性を決める大きな要素になるわけです。
複数人によるジャズの演奏(ジャズのほとんど)は、こういった制約がある上で演奏されています。編成が大きくなればなるほど制約は大きくなります(もちろんジャズは何でもありですから、大編成でも制約のない〈しない〉ジャズ演奏もあります)が、一般的にはそうしないと音楽としてまとまらないからです。だからビッグ・バンドは全員の担当が楽譜に記されるわけです。いっぺんに16の質問には答えきれないので、ひとつの質問に「はい・いいえ」のどちらかで答えるのですね。ジャズに限ったことではありませんが、複数人で演奏をすることは、このようなさまざまな「制約」「足かせ」によってその音楽の形を作っているのです。
というわけで、無伴奏ソロ=独奏ではそれら「制約」がない方がよほど難しいということは想像していただけると思います。これを「勝負ネタ」にした演奏、つまり「ソロによる完全即興(フリー・インプロヴィゼーション)」には、音楽観、テクニックはもちろん、まさにそのアーティストの音楽すべてが表れることになります。聴きどころは「創造力」ですね。
「枠組みのない」ソロの名演収録アルバムと聴きどころ
(1)セシル・テイラー『ソロ・ピアノ』(トリオ)
演奏:セシル・テイラー(ピアノ)
録音:1973年5月29日
「ソロ・ピアノのフリー・インプロヴィゼーション」というと、打撃音や高速フレーズが休みなく連続する混沌としたサウンドをイメージする人が多いかもしれないですが、このセシル・テイラーの演奏がまさにそれです。いわば、テイラーはその「完全即興」のイメージを作った人でもあるわけですが、同じ「即興」でもいわゆる「ジャズのアドリブ」とはまったく違う、それまでになかった「新しい世界」を作り出しました。ピアノ演奏というよりも、そこにしかない「場」を作り出すという感じでしょうか。実際のライヴでの演奏を見ると、本人のダンスも含めてのパフォーマンスという要素もあるので、「ジャズのソロ・ピアノ」の枠には収まらない演奏ともいえます。聴くより体験するといった方がふさわしいでしょう。このアルバムはテイラー初のソロ・ピアノ・アルバムで、トリオ編成(こちらも完全即興)での来日公演中に東京で録音されました。
(2)キース・ジャレット『ケルン・コンサート』(ECM)
演奏:キース・ジャレット
録音:1975年1月24日
「完全即興ソロ・ピアノ」のもうひとつのイメージを作ったのが、キース・ジャレット。キースが最初に録音した「完全即興」ソロ・ピアノ・アルバムは、1973年録音の『ソロ・コンサーツ:ブレーメン/ローザンヌ』(ECM)でした。同じ「完全即興」といってもキースのスタイルはセシル・テイラーとはまったく違います。不協和音も打撃音も一切なし、多くは一定のビートに乗った演奏です。とにかく美しいメロディが次から次へと溢れ出てきます。10数分から1時間を超えるものもありますが、これは瞬間瞬間の作曲の連続といえるものです。曲名は「Bremen, July 12, 1973 Part I」といったように、演奏場所とその演奏順となっており、完全即興ソロ・ピアノのライヴ・アルバムではその後もこのパターンが継承されます。
キースの完全即興ピアノ・ソロ・アルバムは、スタジオ録音を含め10作を超えますが、中でももっとも知られるのが、『ケルン・コンサート』。その名のとおりドイツ、ケルンでのコンサートを収録したものです。どの曲も最初のモチーフをもとに、それが次第に変わっていく展開ですが、それがひとつのストーリーになっているのですね。印象的な4つの音で静かに始まり、リズミックに高揚して終わる1曲目「Köln, January 24, 1975, Pt. I」は、「キースのソロ」を代表する名演です。最初のビートをキープしながら、途中でドラマチックに変化していく「Pt.II B」もお勧めです。ただし、最後に収録された「Köln, January 24, 1975, Pt. II C」だけは、テーマ・メロディがありコード進行に則った演奏なので、あらかじめ書かれた曲と思われます。それとも瞬間に1コーラスの進行とメロディが生まれたのでしょうか。
(3)キース・ジャレット『サンベア・コンサート』(ECM)
演奏:キース・ジャレット
録音:1976年11月
キースでもう1作。『サンベア・コンサート』の原題は『Sun Bear Concerts』で、1976年11月の日本ツアーでの5カ所でのコンサートを収録したもの。キースの完全即興シリーズは、録音した都市名がタイトルに付けられますが、これはなぜでしょうか。もちろん世界じゅうで演奏しているということの「記録」でもあるわけですが、私は、キースはその都市の空気・雰囲気・観客と「共演している」からではないかと思うのです。まったく何もないところから音楽を作るとはどういうことなのか、というのはもう哲学の領域なので深入りしませんが、「完全即興」とはいえ、じつはその「場」のさまざまな影響を受けているはずです。パリ在住経験のある、ある知人はキースの『パリ・コンサート』(ECM)の演奏を聴いてパリを思い出したと言っていました。パリという「場」がキースに何かしらの影響を与えてそれが音に出た、ということなのでしょう。
『サンベア・コンサート』には、京都、大阪、名古屋、東京、札幌の5都市の演奏が収録されています。初発売時はLP10枚組、CDになっても6枚組という大作でなかなか手を出しにくいものでしたが、現在はSpotifyなどで1トラックずつ聴くことができます。
それにしても、どの曲も美しいメロディが溢れ、構成も展開もあらかじめ書かれていたかのように聴こえるほど。とくに「名古屋 Pt.2」「札幌 Pt.1」の冒頭には、歌詞を乗せて歌いたくなるような強い印象を残すメロディとコードがあります。これはほんとうに即興なのか。ただ、冒頭のモチーフ程度は用意していたとしても、全部の展開のアイデアをあらかじめ用意する必要があれば、これほどたくさんの作品を作ることはできないでしょう。キースのソロ・ピアノはまさに瞬間の作曲の連続なのです。
私は「東京」には都市の喧噪と孤独を感じました。なんていうとカッコつけ過ぎかな。札幌の人は「札幌」に冷たい空気を感じますか?
※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。