文/池上信次

第23回ジャズ・スタンダード必聴名曲(13)「アイ・ラヴ・パリ」

チャーリー・パーカー『プレイズ・コール・ポーター』

チャーリー・パーカー『プレイズ・コール・ポーター』

コール・ポーターの名曲紹介の3曲目です(第6回で紹介の「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」もポーター作なので合わせれば4曲目です)。

前回までに、ポーターがブロードウェイで活動を始めるもヒットに恵まれず、その後パリに渡ったことを紹介しましたが、そこではポーターの人生に決定的な影響を与える出来事がありました。ポーターは1919年にパリで、「パリの社交界でもっとも美しい未亡人」と称されていたリンダ・リー・トーマスと結婚します。じつはポーターは同性愛者でしたが、リンダはそれを知って結婚しました。その理由はポーターの才能に惚れ込んだから。ポーターはのちにアメリカに戻って、大人気作詞作曲家となるわけですが、リンダの献身的なサポートなしではそれは実現しませんでした。このふたりの関係は、2004年公開のポーターの伝記映画『五線譜のラブレター~DE-LOVELY』でも主要なテーマとなっています。また2013年にはリンダの生涯を描いたミュージカル『ラヴ・リンダ』が作られ、オフ・ブロードウェイで上演され、現在も全米で公演が続いています。

さて、今回紹介するのは「アイ・ラヴ・パリ(I Love Paris)」。これは、すでにポーターが名を成していた1953年に作られたミュージカル『カン・カン(Can-Can)』のなかの1曲です。ミュージカルは1893年のパリの歓楽街モンマルトルのダンスホールを舞台にした物語。1955年の終演までに892回のロングラン・ヒットとなりました。ここからは「アイ・ラヴ・パリ」のほか、「セ・マニフィーク」「イッツ・オールライト・ウィズ・ミー」がジャズ・スタンダードとなっています。

「アイ・ラヴ・パリ」の歌詞は、「春夏秋冬、いつでもパリを愛している。なぜなら、そこに彼女がいるから」という内容。もちろんこれはミュージカルの物語に沿ったものですが、リンダとの想い出を込めているものとして聴いてしまいますね。そしてリンダはミュージカル公演期間中の54年に死去。この曲はポーターの、リンダへの最後のメッセージとなりました。

「アイ・ラヴ・パリ」の名演収録アルバムと聴きどころ

(1)チャーリー・パーカー『プレイズ・コール・ポーター』(ヴァーヴ)
チャーリー・パーカー『プレイズ・コール・ポーター』

チャーリー・パーカー『プレイズ・コール・ポーター』

演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、ウォルター・ビショップ・ジュニア(ピアノ)、ビリー・バウアー(ギター)、テディ・コティック(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)
録音:1954年12月10日

チャーリー・パーカーは1949年にヴァーヴ・レコードに移籍。それまでの「アドリブ絶対至上主義」から幅を広げ、これは初の、(自分以外の)ひとりの作曲家の作品だけを取り上げた作品でした。それだけでもポーターがいかにジャズマンから注目されていたかがうかがえます。ここではLPレコードの時代に入り、バンドでの長時間演奏(とはいえ5分ほどですが)を試行していたようです。しかしパーカーの体調はすぐれず、これはパーカーのラスト・スタジオ・レコーディングとなり、この曲はその最後の曲でした。

(2)エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』(ヴァーヴ)
エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・コール・ポーター・ソング・ブック』

演奏:エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、バディ・ブレグマン(オーケストラ編曲・指揮)
録音:1956年2~3月

エラ・フィッツジェラルドは生涯に7人の作曲家の『ソング・ブック』シリーズを作りましたが、これはその第1弾。LP2枚に32曲ものポーターの楽曲を取り上げました。オーケストラをバックにしたヴォーカルなので、各曲の特徴が明快に表現され、ポーターの音楽の特徴を知るには最高の1作といえます。「アイ・ラヴ・パリ」はヴァースからしっとりと歌います。途中の転調で、声のトーンがパッと明るくなり、じつにドラマチックな歌唱になっています。このアルバムは前回も紹介しましたが、ジャズ版ポーターといえばまず絶対にこのエラなので、ご了承ください。

(3)エロール・ガーナー『パリの印象 第1集(Paris Impressions Vol.1)』(コロンビア)

演奏:エロール・ガーナー、エドワード・カルホーン(ベース)、ケリー・マーティン(ドラムス)
発表:1958年

これはタイトル通り、パリをテーマにしたアルバム。全8曲中、実際のパリ滞在の印象を反映したオリジナルが5曲で、3曲がパリを題材にした楽曲。しかし、この曲ではとくにパリという感じではなく、マイナーとメジャーを行き来するこの曲の特徴を押し出した、ガーナーらしいビートの利いた力強い演奏を展開します。1950年代、ポーターの多くの曲はジャズ・スタンダードになっていたので、パリといえばこの「アイ・ラヴ・パリ」は外せない1曲だったのかもしれません。

(4)オスカー・ピーターソン『コール・ポーター・ソング・ブック』(ヴァーヴ)
エロール・ガーナー『パリの印象』

エロール・ガーナー『パリの印象』

演奏:オスカー・ピーターソン(ピアノ)、レイ・ブラウン(ベース)、エド・シグペン(ドラムス)
録音:59年7~8月

ガーナーが「パリ集」だったのに対して、こちらは「ポーター集」ですから、考えの方向はかなり違って、多くのポーター曲のなかにおいてのこの曲の味わいを前に出してアレンジ、演奏するということになります。ここでピーターソンはテーマ・メロディをほぼ全編コード弾きで2回くり返しますが、それで終わりです。アドリブ・ソロなしはピーターソンらしからぬ意外な展開ですが、つまりこの曲のキモは、それだけで完結できるほどのいいメロディにあると考えたのですね。

(5)スティーヴ・カーン『クロッシングス』(ヴァーヴ)
スティーヴ・カーン『クロッシングス』

スティーヴ・カーン『クロッシングス』

演奏:スティーヴ・カーン(ギター)、マイケル・ブレッカー(テナー・サックス)、アンソニー・ジャクソン(ベース)、デニス・チェンバース(ドラムス)、マノロ・バドレーナ(パーカッション)
録音:1993年12月

スター・プレイヤーたちのスーパー・セッションに見えますが、これはスティーヴ・カーンのいつもの仲間たち。フュージョン系の顔ぶれだけにこの選曲は意外ですが、カーン(Khan)の父親は映画『ピーターパン』のテーマなどを手がけた作詞家のサミー・カーン(Cahn/スティーヴはあえて綴りを変えている)で、スティーヴは幼少時からミュージカル曲をよく耳にしていたということから。ラテン・リズムのアレンジに乗ったマイケル・ブレッカーのテクニカルなソロがとくに印象に残ります。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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