文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1187309)の続きです。ニュー・メディア「ステレオ・レコード」の情報は、1958年3月にアメリカで初発売された後すぐに日本に入ってきましたが、日本の「ジャズ」で「ステレオ」が動き出すのは、その翌年のこと。ジャズ専門誌『スイングジャーナル』では1959年3月号から、新譜レヴューのほかに「ポピュラー・ステレオ・ディスク評」のコーナーが始まります。これはクラシック以外のレコードを対象にしているディスク紹介記事ですが、紹介作品を見ると、ジャズは『ステレオ・レコードへのお誘い』(コロンビア)というデモ・レコードに、「飛行場の実況録音」などに混じってデューク・エリントン・オーケストラの1曲があるだけです。

その楽曲名は「トラック360」で、記事によれば左右に音が移動するように編曲された「ステレオ」のための書き下ろしとのこと。どうやらこれが、日本盤初のジャズのステレオ・レコード(トラック)のようです。なお、この「トラック360」は、現在ではCD『ブルース・イン・オービット』(コロンビア)のボーナス・トラックで聴くことができます。リズム・セクションはセンターに定位し、左のサックス・セクションと右のブラス・セクションが掛け合うという、いかにも「ステレオのデモンストレーション」というトラックになっています。録音は58年2月(オーディオ・フィディリティ社が世界初のステレオ・レコードを発売する1か月前)とクレジットされていますので、コロンビアの最初のステレオ・レコード音源のひとつとして準備されていたものと思われます。エリントンにデモ用の曲を書かせて演奏させていることからも、コロンビアの力の入れようが感じられます。

59年4月号の同コーナーでは「今月よりビクターより45回転シングル盤のステレオ・レコードが登場」とあり、『森の対径/鈴木章治とリズム・エース及びオール・スターズ』が、楽器のステレオ定位図とともに紹介されています。これが日本のジャズの、最初のステレオ録音のようです。5月号からは『ジャズ・ウエスト・コーストvol.4』(ワールドパシフィック)、『クリス・コナー』(アトランティック)など、やっと「デモ」以外のステレオ・アルバムも紹介されるようになり、翌60年1月号で、コーナーの名前にジャズが付き、「ジャズ・ポピュラー・ステレオ・ディスク評」に変わります。3月号には『ジェリー・マリガン・クァルテット』(コロンビア)と『ビューティ・アンド・ザ・ビート/ペギー・リーとジョージ・シアリング』(キャピトル)、4月号では『お熱いのがお好き/バーニー・ケッセル』(コンテンポラリー)と海外のステレオ新譜が登場しはじめます。そして5月号では『モダン・ジャズ・コンポーザーズ・コーナー/前田憲男ほか』(東芝)が紹介されており、これが「我が国初の本格的なジャズのステレオ盤」とのこと。これはライヴ録音ですので、録音技術も急速に進歩してきたようです。

60年7月号の「ステレオ・ディスク・オン・パレード」という記事では、「昨年の7月号に『東芝ステレオ・オン・パレード』を書いた時迄のステレオ盤8枚が、今年7月現在で20枚を数える事になった。昭和34年(1959年)2月、第1回発売以来、美事な躍進振りである」とあります。この時期のオーディオの記事はステレオの新製品ばかり。また、多くのジャズ喫茶とレコード店の広告にも「ステレオ」の文字が目立ちます。11月号には「ステレオで聴くジャズは何故面白いのか」という記事が載り、そこには「クラシックの方に較べてかなり遅れていたジャズの分野でも最近は急速にステレオが浸透しつつあるのが現状である。もはやいくら保守的なジャズ・ファンとはいえどもステレオにほうかむりして過ごすわけにはいかなくなってきた」と、急速な広がりを紹介しています。この年、1960年が日本のジャズの「ステレオ元年」といえるようです。

それを象徴するのが、モノラル盤のステレオ出し直し発売です。同号の「今月のステレオ推薦盤」では、「コロムビアの画期的企画、モダン・ジャズのステレオ・レコード5枚、一挙に発売される」「今月、日本コロムビアより、今までモノーラル盤で既発売されて評判のよかった話題のモダン・ジャズLPをステレオで5枚同時に発売することになった」とあります。その5枚とは『トランペット・ブルー/マイルス・デイヴィス』『風とともに去りぬ/デイヴ・ブルーベック』『チャーリー・ミンガス・モダン・サウンド』『ランバート・ヘンドリックス&ロス』『J.J. モダン・タッチ/J.J. ジョンソン』。

この『トランペット・ブルー』(原題:カインド・オブ・ブルー)は、この前年59年の12月新譜として(モノラルで)リリースされたマイルスの最新アルバム(YL-143/1700円)。それが、1年経たずしてステレオで再発売となったのです(YS-127/2000円)。そして、この後の同誌ではステレオ新譜の特別扱いがなくなり、通常のディスク・レヴューの枠内で紹介されるようになります。ここで一気に「ステレオ」が浸透したのでした。さすがジャズの帝王、マイルスは日本のジャズの「ステレオ」ムーヴメントも牽引したのでした、というのは言い過ぎかな。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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