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ジョージ・ガーシュウィンが残した「メロディ」よりも大切なもの【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道12】

文/池上信次

第12回ジャズ・スタンダード必聴名曲(7)「アイ・ガット・リズム」

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・アイラ・アンド・ジョージ・ガーシュウィン・ソング・ブック』

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・アイラ・アンド・ジョージ・ガーシュウィン・ソング・ブック』

今回は作曲家のジョージ・ガーシュウィンの楽曲を紹介します。ガーシュウィンは、前回紹介した「グレイト・アメリカン・ソングブック」の、もっとも知られる代名詞的作家のひとりです。1898年、ニューヨーク生まれ。1919年にアル・ジョルスンが歌った「スワニー」のヒットで注目され、その後ミュージカルから映画音楽まで大活躍した作曲家です。37年に38歳で亡くなりましたので、活動期間は20年に満たないのですが、手がけた歌劇、ミュージカルは50作品、楽曲の数は500曲を超えるといわれています。ガーシュウィンはロシア移民の子供ですが、アフリカ系アメリカ人キャストによるアフリカ系アメリカ人の生活を描いた歌劇『ポーギーとベス』(35年)を書いているように、アフリカン・アメリカン・ミュージックに造詣が深く、それが他のミュージカル作家たちとは異なる特徴になっています。また、ガーシュウィンはオーケストラ作品も手がけていますが、ジャズのサウンドを取り入れた「ラプソディ・イン・ブルー」はとくによく知られている1曲ですね。

そのようなわけで、ガーシュウィンは「ジャズ曲」を書いたわけではありませんが、楽曲構造はジャズと親和性が高く、その結果たいへん多くの曲がジャズ・スタンダードになりました。思いつくままに挙げるだけでも、「サマータイム」「ザ・マン・アイ・ラヴ」「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」「スワンダフル」「バット・ノット・フォー・ミー」「ア・フォギー・デイ」「エンブレイサブル・ユー」など、ジャズ・ファンならきっと一度は(いや、何度も)耳にしていることでしょう。

ジャズ・ファンなら絶対に、それも何度も「間接的に」聴いている曲

今回紹介する楽曲は「アイ・ガット・リズム(I Got Rhythm)」。上記の曲に比べれば知名度は少し下でしょう。また、録音されている音源の数もそれらほど多くはないでしょう。でも、ジャズ・ファンならこの曲を絶対に、それも何度も「間接的に」聴いているはずです。

「アイ・ガット・リズム」は、ジョージ・ガーシュウィン作曲、兄のアイラ・ガーシュウィン作詞による、30年のミュージカル『ガール・クレイジー』の中の1曲です。ヴァース(楽曲本編の前振り)からの歌詞の大意はこんな感じです。
「お金で買えるものなんて人生には必要ないの。私の人生は幸せよ。なぜって、それは私が手に入れたものを見ればわかるわ。私にはリズム、音楽、愛する人がいる。ほかに何がいるというの?」
このようなとてもハッピーな曲なのですが、ジャズマンが目を付けたのはその内容ではありませんでした。ジャズマンが反応したのは、この曲の構成とコード進行なのでした。

ジャズマンが反応した、曲の構成とコード進行

この楽曲の構成は、[Aパート(8小節)×2回、Bパート(8小節)×1回、Aパート(8小節)×1回、最後にくり返し2小節]の計34小節となっています(このあたりはなんとなくわかっていただければ充分です)。そしてそこに乗っているコード進行が、さまざまなアドリブ演奏がしやすいパターンだったのです。今日では、この「アイ・ガット・リズム」の構成(正確には最後の2小節をカットして32小節としたもの/後述)とコード進行が、ジャズ演奏の定番かつ基本パターンのひとつとなっており、「リズム・チェンジ」と呼ばれています。これはリズムを変えることではなく、「(アイ・ガット・)リズム」のチェンジ(=コード進行)という意味です。つまり、ジャズマンは「アイ・ガット・リズム」を名曲というより名構成、名コード進行(なんて言葉はないでしょうが)としてとらえたのですね。つまり、第7回で説明した「オール・ザ・シングス・ユー・アー」同様の「アドリブの素材」で、しかも「リズム・チェンジ」という名前で呼ばれていることを見ても、重要なものであると想像していただけるでしょう。

というわけで、ジャズマンは「オール・ザ・シングス・ユー・アー」同様、「アイ・ガット・リズム」の構成とコード進行の枠組みを借り、さらに、いつしか、よりアドリブ演奏しやすいように最後のくり返し2小節をカットし32小節にして、そこにこぞって自作のメロディを乗せました。

膨大な「リズム・チェンジ」の曲の録音数

ガーシュウィン作品の中では「アイ・ガット・リズム」のジャズ演奏は比較的多くはないのですが、この枠を「借用」した曲はたいへんたくさん作られました。そして、それら多くがそれぞれスタンダード曲として演奏されているので、この「リズム・チェンジ」の曲の録音数は膨大です。「アイ・ガット・リズム」は聴いていなくても、その子、孫というべき曲の演奏はきっと聴いているはずです。先に「間接的に」耳にしていると書いたのはそういう意味なのです。

歴史的に振り返ってみると、ガーシュウィン発表の2年後の32年にクラリネットのシドニー・ベシェが、自身のバンド「ニューオリンズ・フィートウォーマーズ」で「シャグ(Shag)」というタイトルで録音を残しています。メロディは「アイ・ガット・リズム」の断片の組み合わせで、最後の2小節はきちんと残しています。これはまだ「借用」というよりは、「カヴァー」のひとつと見るべきでしょう。

36年にはレスター・ヤング(テナー・サックス)が「シュー・シャイン・ボーイ」という曲を録音していますが、ここでは最後の2小節を外して、「リズム・チェンジ」になっています。おそらくこの頃にはすでに「リズム・チェンジ」がアドリブの素材として、広く認識されていたと思われます。その後、39年にレスターは「レスター・リープス・イン」をカウント・ベイシー(ピアノ)らと録音、また40年にはデューク・エリントン楽団が「コットン・テイル」を録音します。いずれもよく知られる曲ですが、どちらも「リズム・チェンジ」です。

そして40年代の半ば、アドリブにもっとも注力するジャズ・スタイルである「ビバップ」が広まると、「リズム・チェンジ」は完全に「定番化」します。ビバップのリーダーであるチャーリー・パーカー(アルト・サックス)は、「ムース・ザ・ムーチェ」「レッド・クロス」「コンステレーション」「アン・オスカー・フォー・トレッドウェル」「デクステリティ」など、「リズム・チェンジ」で多くの曲を書きました。

「リズム・チェンジ」は、演奏していない人はいないといっていいほどの、ジャズマンにとって最大の「共通の土俵」です。「リズム・チェンジ」の演奏を探して聴き比べれば、各自の個性はよりはっきりと見えてくることでしょう。でも、とにかく数が多いので、これを続けると泥沼にはまりますのでご注意ください。

「アイ・ガット・リズム」の名演収録アルバムと聴きどころ

ここでは「アイ・ガット・リズム」に加えて、「リズム・チェンジ」の曲も紹介します。

(1)エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・アイラ・アンド・ジョージ・ガーシュウィン・ソング・ブック』(ヴァーヴ)
エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・アイラ・アンド・ジョージ・ガーシュウィン・ソング・ブック』

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・アイラ・アンド・ジョージ・ガーシュウィン・ソング・ブック』

「リズム・チェンジ」がジャズの基本とはいえ、それはアドリブ演奏でのこと。もともと「アイ・ガット・リズム」は歌詞のある「歌」ですから、まずはそれを知っておきたいところ。エラ・フィッツジェラルドはこのアルバムをはじめ、いくつかのガーシュウィン楽曲集を作っていますが、いずれもガーシュウィンに敬意を表したもの。ここではヴァースからしっかり歌って、まずは歌の魅力を伝えます。さらに豪快なスキャットで「ジャズ」もしっかり加味しているところがエラ流。

演奏;エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、ネルソン・リドル(編曲、指揮)
録音:1959年

(2)ハンプトン・ホーズ『ザ・トリオ vol.1』(コンテンポラリー)
ハンプトン・ホーズ『ザ・トリオ vol.1』

ハンプトン・ホーズ『ザ・トリオ vol.1』

ジャズマンはみんなこの曲を「リズム・チェンジ」としてしか使わない、というわけではありません。ハンプトン・ホーズはちゃんと「アイ・ガット・リズム」とタイトルを付けてそのメロディを演奏しています。が、テーマのBパート(サビ)部分8小節は、あまりの高速テンポにノリが合わないのかアドリブにしてしまっていますし、最後のくり返し2小節はカットです。まあ、やっぱりこの曲は、楽器演奏者にとってはアドリブの素材なってしまうのですね。

演奏:ハンプトン・ホーズ(ピアノ)、レッド・ミッチェル(ベース)、チャック・トンプソン(ドラムス)
録音:1955年6月28日

(3)チャーリー・パーカー『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.1』(ダイアル)
チャーリー・パーカー『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.1』

チャーリー・パーカー『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.1』

「デクステリティ」(作曲:チャーリー・パーカー)

ここからは「リズム・チェンジ」を使った曲と演奏を紹介します。
チャーリー・パーカーは「ビ・バップ」の「開発者」。ビ・バップというのは、アドリブこそ最重要という考え方であり、また(当時)新しい画期的な演奏技術のことでもあります。「リズム・チェンジ」はそれを披露する格好の舞台になったわけですが、ビバッパーの作る「リズム・チェンジ」曲には、ビバップ理論に基づいた独特の節回しが満載です。「アイ・ガット・リズム」を下敷きに、どこまで違う曲を作れるかを試しているかのよう。

演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、デューク・ジョーダン(ピアノ)、トミー・ポッター(ベース)、マックス・ローチ(ドラムス)
録音:1947年10月28日

(4)マイルス・デイヴィス『バグス・グルーヴ』(プレスティッジ)
マイルス・デイヴィス『バグス・グルーヴ』

マイルス・デイヴィス『バグス・グルーヴ』

「オレオ」(作曲:ソニー・ロリンズ)

ソニー・ロリンズが作曲した「リズム・チェンジ」曲「オレオ」。今ではスタンダードとなっていますが、初演は1954年のマイルス・デイヴィスとのセッションでした。ユニークなのは、テーマのBパート部分8小節はメロディがなく、リズム・セクションのアドリブになっていること。「音がない」のも曲のうちなんですね。マイルスもこの曲が気に入ったのか、この後にいくつも録音を残しました。

演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、ソニー・ロリンズ(テナー・サックス)、ホレス・シルヴァー(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、ケニー・クラーク(ドラムス)
録音:1954年6月29日

(5)『アート・ブレイキーズ・ジャズ・メッセンジャーズ・ウィズ・セロニアス・モンク』(アトランティック)

「リズマニング」(作曲:セロニアス・モンク)

ユニークな作曲家としても知られるセロニアス・モンクが、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズとセッションしたアルバム。「リズマニング(Rhythm-A-Ning)」というタイトルが「リズム・チェンジ」を意識していることを表していますが、逆にそれはモンク個性を引き立たせています。みんなやっている「リズム・チェンジ」もモンクの手にかかれば、「モンクの曲」になってしまうのですから。テーマのメロディから強烈なモンク節が炸裂しています。

演奏:ビル・ハードマン(トランペット)、ジョニー・グリフィン(テナー・サックス)、セロニアス・モンク(ピアノ)、スパンキー・デブレスト(ベース)、アート・ブレイキー(ドラムス)
録音;1957年5月15日

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。ジャケット写真は一部のみ掲載しています。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

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