文/池上信次

1980年の死去から40年以上経つ現在も、大きな人気をもつピアニスト、ビル・エヴァンス。近年も発掘音源が続々発表され、そのたびに大きな話題になるなど、その人気は衰えることはありません。代表作『ワルツ・フォー・デビイ』は、日本では現在もジャズCDの新譜を含めた年間売上げチャートの上位に毎年入っているといいます。エヴァンスの初の日本盤リリースは1962年のこと。タイトルは『ヴィレッジ・ヴァンガードのビル・エヴァンス』(現在はオリジナルと同じ『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』のタイトル)。そこからエヴァンスが日本で大きく注目されるようになったことは第236回(https://serai.jp/hobby/1167548)で紹介しましたが、今回はその後について。

『ヴィレッジ・ヴァンガードの〜』の直後、1963年初頭には『ビル・エヴァンスの芸術』(現在は『ワルツ・フォー・デビイ』)がリリースされましたが、その後もエヴァンスのレコードはすごい勢いでリリースが続きます。エヴァンスは新録音の新作を次々に発表していた時期ではありますが、驚くことに63年から66年の4年間に「ビル・エヴァンス」の名前が冠された国内盤レコードは、シングル盤を含めてなんと24作、平均して1年間に6作もリリースされたのでした。当時そんなにエヴァンスのアルバムは作られていない、と思ったあなたは正しい。でもレコードは出ていたのです。当時の国内盤のタイトルで、年ごとに見ていきましょう(レーベルはオリジナル・レーベル)。

1963年
●『ビル・エヴァンスの芸術』(Riverside)
 前述のとおり、現在の『ワルツ・フォー・デビイ』。
●ビル・エヴァンスとジム・ホール『暗流』
 現在のタイトルは原題どおりの『アンダーカレント』。当時の最新作。
●『ムーンビームズ』(Riverside)
 現在のタイトルは『ムーンビームス』。これも最新作。
●『ビル・エヴァンス/シェリー・マン』(Verve)
 現在のタイトルは原題どおりの『エムパシー』。オリジナルはシェリー・マンとエヴァンスの共同名義で、ジャケット表記順ではマンが先になりますが、この国内盤では逆にしています。しかも現在ではジャケットの表記順まで逆になっています。
●『キャノンボール・ミーツ・ビル・エヴァンス』(Riverside)
 これはキャノンボール・アダレイのリーダー・アルバム『ノウ・ホワット・アイ・ミーン』。
●『インタープレイ』(Riverside)
 アメリカでは6月発売、日本では10月発売の最新作。
●ビル・エヴァンス楽団『予期せぬ出来事』(MGM)
 シングル盤。このタイトルではまったくわからないと思いますが、まだ国内盤はリリースされていない『ビル・エヴァンス・プレイズ・V.I.P.s・アンド・グレイト・ソングス』(MGM)からのシングル・カットです。「(The V.I.P.sの)テーマ」と「スウィート・セプテンバー」を収録。「ビル・エヴァンス楽団」としているのは、「映画音楽オーケストラ」のイメージづけなのでしょう。

1964年
●『ゲイリー・マクファーランドとビル・エヴァンス』(Verve)
 ジャケットの表記では、エヴァンスは「スペシャル・ゲスト・ソロイスト」なのですが、まるで共同リーダーのようなタイトル。現在では『ゲイリー・マクファーランド・オーケストラ・フィーチャリング・ビル・エヴァンス』のタイトルです。
●『探求』(Riverside)
 これは、アメリカでは61年にリリースされた『エクスプロレイションズ』です。
●『ビル・エヴァンスの会話』(Verve)
 現在の日本盤タイトルは『自己との対話』。
●ビル・エヴァンスと楽団『ステレオ・スペクタクル・スクリーン・ムード(第7集)』(MGM)
 映画音楽のシリーズの1枚という体裁ですが、この内容は『ビル・エヴァンス・プレイズ・V.I.P.s・アンド・グレイト・ソングス』です。「と楽団」は、もう少しなんとかならなかったのかな?
●ビル・エヴァンスと楽団『ミスター・ノヴァクのテーマ/モア』(MGM)
 これは上記アルバムからのシングル・カット。「ミスター・ノヴァク」は当時放映中のテレビドラマ・シリーズ、「モア」は前年公開のヒット映画『世界残酷物語』の主題曲。
●キャノンボール・アダレイとビル・エヴァンス『デビイのワルツ/グッドバイ』(Riverside)
『キャノンボール・ミーツ・ビル・エヴァンス』からのシングル・カット。
●『マイ・ハート・シングス』(Riverside)
 現在では原題どおり『ハウ・マイ・ハート・シングス』ですが、「マイ・ハート〜」もいいかも。
●『ビル・エヴァンスの肖像』(Riverside)
 アメリカでは60年にリリースされた『ポートレイト・イン・ジャズ』です。これが国内盤初リリース。けっこう遅れての発売だったのは意外です。


1)『ビル・エヴァンス・プレイズ・V.I.P.s・アンド・グレイト・ソングス』(MGM)
2)ビル・エヴァンスと楽団『ステレオ・スペクタクル・スクリーン・ムード(第7集)』(MGM)

この2枚は内容が同じです。1)がオリジナル。タイトルにある『The V.I.P.s』は1963年製作、エリザベス・テイラー主演のイギリス映画。邦題は『予期せぬ出来事』。日米ともに同年9月公開なので、このアルバムは「最新映画を含む映画音楽カヴァー集」だったのです。ですから、「酒とバラの日々」も「オン・グリーン・ドルフィン・ストリート」もジャズ・スタンダードとしてではなく、映画音楽として演奏しているのです。2008年までCD化されなかったこともあってか無名で、しかもエヴァンスの作品系列上ではあまり高く評価されていませんが、ムード・ミュージックにカテゴライズされる「映画音楽カヴァー集」として聴けば、評価は大きく変わると思います。2)はその1964年の国内盤。タイトル、アーティスト名もジャケットも完全にそちらに向けて改変しています。なかなかいい判断だと思います。シングル・カット2枚は、売れたからなのか、はたまた「ビル・エヴァンスと楽団」を売り出したかったからなのか。

1965年
●『トリオ’64』(Verve)
 当時の最新作。すぐに出ました。
●『ディグ・イット!!』(Riverside)
 雑誌『平凡パンチ』とタイアップして作られたコンピレーション「パンチ・ジャズ・シリーズ」の1枚。とはいえ、単体ではまだ出ていない『エヴリバディ・ディグス・ビル・エヴァンス』が一部収録されているのがミソ。
●『ハービー・マンとビル・エヴァンス・トリオ』(Atlantic)
 これはハービー・マンがリーダーの『ニルヴァーナ』です。
●『ビル・エヴァンスとシェリー・マン』(Verve)
『ビル・エヴァンス/シェリー・マン』の、発売元が変わっての再発。
●『ザ・グレート・ビル・エヴァンス』(Riverside)
『探求』と『肖像』をセットにした2枚組。
●『トリオ’65』(Verve)
 これも最新作。

1966年
●『ビル・エヴァンス』(Riverside)
『ヴィレッジ・ヴァンガードのビル・エヴァンス』と『ビル・エヴァンスの芸術』をセットにした2枚組。
●『アーティストリー・オブ・ビル・エヴァンス』(Riverside)
 リヴァーサイド音源のコンピレーション・シリーズ「グレイト・ジャズ・アーティストリー・シリーズ」の第1弾として発売。
●『ビル・エヴァンスとシンフォニー・オーケストラ』(Verve)
『ビル・エヴァンス・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』です。最新作。

このように1963年以降は、続々と作られる最新作が国内盤でも早いタイミングでリリースされるようになり、旧作も「新発売」。さらにジャズではめずらしいシングル盤、発売元変更に伴うと思われる編集盤のリリースや、参加作品もエヴァンスの名前を大きく打ち出すなど、レコード会社をまたいでエヴァンスの「売り出し」が行なわれていたことがわかります。『スイングジャーナル』誌の人気投票では、61年には無印のエヴァンスが、62年に11位にランクイン、63年に5位に急上昇、64年から3位が続き、67年にはついに1位を獲得します。もちろんエヴァンスの実力あってのことですが、もしこれら大量のリリースとプロモーションがなければ、その動向、またその後の評価も少しは変わっていたかもしれません。まさか、「映画音楽カヴァーのオーケストラの人」になっていたりして。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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