文/池上信次

第5回ジャズマンはなぜみんな同じ曲を演奏するのか?(3)~「アドリブ」とは何か

ジャズマンはなぜみんな同じ曲を演奏するのか?(3)|「アドリブ」とは何か【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道5】

前々回の「枯葉」楽曲紹介の最後で、それを作曲したジョゼフ・コズマの楽曲はたくさんあるのになぜ「枯葉」だけがジャズで取り上げられるのかを前回で説明すると予告しましたが、前回はその前ふり的な説明で終わってしまいました。今回はその続きです。

前回までに、スタンダード曲はジャズマンの「土俵」であり「共通言語」と説明しましたが、スタンダードになった曲を見ると、そこにはいくつかの条件があります。まず何のための土俵であり言語かというと、ジャズという音楽の特徴である「個性表現」のためですが、それはおもに「アドリブ=即興演奏」によって行われます。ジャズ・ヴォーカルの場合は少し違う観点での表現になりますが、ここではまず、モダン・ジャズの中心編成といえるコンボでのインスト演奏について説明していきます。

ジャズ・コンボの演奏は、最初に楽曲の「テーマ」があり、それに続いて「アドリブ」、そして最後にまた「テーマ」を演奏して終わるのが一般的な構成です。テーマはその楽曲のメロディを演奏することで、「枯葉」なら「枯葉よー」で始まるよく知られた32小節のメロディとなります。そしてテーマのあと、曲はアドリブのパートに入ります。前々回で紹介したキャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)の演奏でいうと、長いイントロのあと、マイルス・デイヴィス(トランペット)がテーマを吹き、それが終わるとキャノンボールのアドリブ演奏(アドリブ・ソロ、またはたんにソロといいます)になります。そしてマイルスのソロ、ピアノのハンク・ジョーンズのソロと続きます。そのあと、ふたたびマイルスがテーマ(「枯葉よー」のメロディ)を吹いて、イントロと同じパタンのアウトロ(後奏)になって終わります。

このアドリブ・パートの部分ですが、バックの演奏は「枯葉よー」と同じ構成(テンポやコード)で進行するのが一般的です。つまり、ジャズのアドリブというのは、クラシックでいうところの「変奏曲」なのです。ここでは「『枯葉』の主題による変奏曲」ですね。それをジャズマンは「その場で=即興」作曲、演奏しているのです。

ただし、それは閃きでやっているわけでありません(そういう場合もあるでしょうが)。アドリブのための手法はいくつも存在します。これはジャズマンにとって、もっとも基本的で大切な技術といえるものです。そのもとになるのが、テーマの「コード進行」です。楽器演奏に馴染みのない方にはわかりにくいかもしれませんが、簡単にいえば、「テーマの伴奏」のパターンというところです。この、コード進行という枠組みをもとにして、そこから外れない形でジャズマンは「自分だけのフレーズ=個性表現」を即興で作り出して演奏するのです。

ここで最初の設問に戻ります。なぜ「枯葉」なのか。その答えは、極論すればアドリブがしやすいから。コード進行に基づいたアドリブ手法は、現在では高度に理論化されていますが、「枯葉」はさまざまなバリエーションのアプローチを可能にするコード進行のパターン、いわば格好の「アドリブの素材」をもっているのです。

そもそもジャズマンがこうした楽曲を(とくにインストで)取り上げて演奏する理由は、ジャズとして演奏しやすい、アドリブの素材として優れているということが重要なのです。「枯葉」は、もともとシャンソンの歌詞付きの曲として作られていますので、当然ながらこれに乗ってアドリブするなどということは考えられていません。「名曲」であることも大事ですが、ジャズマンは、「枯葉」がもつその要素を発見し、取り上げたのです。ジョゼフ・コズマ作曲の他の曲は、名曲であってもアドリブの素材としての要素が乏しかったということなのです。

では、アドリブのためにはテーマは関係ないのではないか、と気がついたあなたはじつに鋭い。それを実践したジャズマンもたくさんいます。

1940年代から50年代前半に活躍したチャーリー・パーカー(アルト・サックス)は、徹底的にアドリブ表現を追求しました。パーカーの活動によって、「モダン・ジャズ=アドリブ命」という認識が生まれたといっても過言ではないほどの影響を残したジャズの偉人です。パーカーの演奏もほとんどは「テーマ→アドリブ→テーマ」という構成をとりますが、パーカーにとってテーマのメロディは有って無いようなもの。極端なものは、テーマがありません。たとえば、パーカーは「オール・ザ・シングス・ユー・アー」というジェローム・カーン作曲のスタンダード曲を録音していますが、テイク(録音し直し)を重ねていく際に、テーマを省略してしまいました。そもそもアドリブを聴かせることが最大の目的なので、コード進行さえあればテーマはなくてもよかったということなのですね。もちろんテーマの演奏も大きな個性表現の場であり、だからこそみな演奏するわけですが、テーマを演奏しないのもパーカーの個性表現のひとつということなのです。

チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.2

『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアル vol.2』(ダイアル)

演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、マイルス・デイヴィス(トランペット)、デューク・ジョーダン(ピアノ)、トミー・ポッター(ベース)、マックス・ローチ(ドラムス)
録音:1947年10月28日

チャーリー・パーカーのダイアル・レコードでのベスト盤。ここに収録されている「バード・オブ・パラダイス」は「オール・ザ・シングス・ユー・アー」のテーマなしヴァージョン。完全盤セットでは、最初に演奏した「オール・ザ〜」や「バード〜」の別テイクも聴けます。すべてイントロとコード進行は同じですが、まるで違う「曲」になっています。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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