文/池上信次
LPレコード、CD、配信と、ジャズの聴取方法は時代とともに変わってきました。しかし「名盤」は、その変化にかかわらず聴き継がれてきました。そしてその音楽と必ずセットで継承されているのが「ジャケット」。配信の時代になっても、作品の一部、アイデンティティとして常にその音楽とともに存在します。
レコード・ジャケットは、いわば作品の「顔」なので、たとえ何か間違いがあったとしても一度世に出たものが変更されることは少ないようです(名前やタイトルの間違いというのは論外)。何をもって間違いとするかは微妙なところではありますが、わかりやすいのは「写真の裏焼き」。裏焼き(逆版ともいう)という言葉も現在では死語かもしれませんが、左右が逆になった写真のこと。フィルム写真で、デザインや印刷の際にフィルムを裏返しに使ってしまうことで起こる間違いです。まずこちらをご覧ください。
これが裏焼き。写真の左右が逆です。気がつかない人も多いと思いますし、気にしなくてもいいのかもしれませんが、わかりやすいのはサックスの写真です。サックスは種類にかかわらず右手が下になります。ここでの裏焼きは単に間違えたのか、デザイン上の理由なのかはわかりませんが、サックスを演奏する人なら瞬時に違和感を覚えるでしょうから、音楽メディアのパッケージとしては不適切かと思います。このアルバムはオリジナルは1956年にNorgranレーベルからリリースされ、翌年にVerveから発売され直しましたので、デザインを変更する機会はあったのですが、レーベル・ロゴを差し替えただけでそのままリリースされました。やはり「顔」は変えるわけにはいかないのでしょう。このアルバムは、内容は素晴らしいのですが、必ずこの裏焼きもネタにされるのはいたしかゆしというところでしょうか(本稿もそうですが)。
この、パーカーの有名盤もじつは裏焼き。手がわずかしか写っていないので気がつきにくいですが、右手が上になっています。これを一見して見抜くのはかなりのサックス玄人といえるでしょう(私は人から教えてもらいました)。ということは、このパーカーの顔も逆向きなのです。しかしですね、このジャケットを反転させて(つまり正しい方向にして)みると、誰この人? というくらいの違和感があります。「見慣れた顔」こそが、その人なのです。ちなみに先のホッジスは、反転してもなぜだかまったく違和感がありません。
もうおわかりですね。正しくは、コルトレーンはエリントンの右側、ピアノの高音部のほうに座っている位置関係となります。デザイン上の考えがあってのことでしょう。
コルトレーンでもう1枚。サイケな模様でエネルギー溢れるコルトレーンを表現、というところですが、これも裏焼き。楽器を切ってしまうほどの乱暴な切り抜きまでするのなら、わざわざ裏焼きを使わなくても……と思うのですが、これには理由がありました。裏ジャケをご覧ください。
オリジナルのジャケットは見開きです。裏ジャケは表と対称のデザインなのです。つまり開いて外からみると、レコード中央から外側に向かって、背中合わせのふたりのコルトレーンが何かをブワーっと放射するという構図になるのでした。表ジャケにこの方向から撮った構図の正しい向きの写真を使うと、右手が手前下部になりよく見えず、演奏している感じが弱いという判断からなのでしょう、というのは考えすぎだとしても、裏焼きという「引っかかり」も、インパクトのあるデザインのいち要素として意識されたものだと思います。
名盤でも愛聴盤でも、ジャケットの細部までは案外見ていないものかもしれません。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。