文/池上信次

今年(2024年)5月に死去したサックス奏者のデイヴィッド・サンボーン。1945年生まれ、60年代初頭より活動を始め、75年に初リーダー・アルバムをリリース。30歳の、やや遅咲きのアルバム・デビューでしたが、そこからはフュージョン流行の波にも乗ってヒット作を連発する一方、多くのレコーディング・セッションに参加し、ジャズ・ファン以外にも「ジャズ・アルト・サックス奏者」としてその存在を強く印象づけました。サンボーンがレコーディング・セッションに参加したアルバムは生涯で400枚を超えますが(ホーン・セクションとしての参加も含む)、そこにはサンボーンならではのいくつかの大きな特徴があります。ひとつは幅広いジャンルにわたること、もうひとつはその膨大なセッション数にしては、「ジャズ」のソロ演奏が少ないこと。

ここでいう「ジャズ」とは、「アコースティック」の「4ビート」で「スタンダード曲」を「アドリブたっぷりに演奏」という、伝統的ジャズ・フォーマットのこと。スター・プレイヤーが集まってブルースでソロを競うというような、ジャズ・ミュージシャンなら必ず演っているであろうセッションはわずかしかありません。


ボビー・ハッチャーソン『エンジョイ・ザ・ビュー』(Blue Note)
演奏:ボビー・ハッチャーソン(ヴァイブラフォン)、デイヴィッド・サンボーン(アルト・サックス)、ジョーイ・デフランセスコ(オルガン、トランペット)、ビリー・ハート(ドラムス)
発表:2014年
サンボーン参加作品ではめずらしい、4ビートでアドリブたっぷりのセッション。ただしジャズ・スタンダードではなく、全曲がサンボーン含むメンバーのオリジナル。全7曲の録音は1日で完了したという、まさに「ジャズ」のセッション。

そもそも、これだけ「ジャズ」を代表する奏者のひとりと認められていながら、自身のアルバムでのジャズ・スタンダード演奏は、デビューから20年が過ぎた1995年に発表した16枚目のアルバム『パールズ』までないのです。しかも、それはオーケストラをバックにした特別企画もの。その後は2003年『タイムアゲイン』、04年『クローサー』で取り上げているものの、きっちりとアレンジされた「曲」としての扱いに聞こえます。現在のジャズにおいて、そのような伝統的ジャズ・フォーマットはそのごく一部分でしかありませんが、それでもほぼ演奏されていないというのは、特別な存在といえるでしょう。

なぜサンボーンはそのような「ジャズ」作品を作らなかったのでしょうか? ここからは想像ですが、サンボーンはその「ジャズ」にさほどこだわりがなかったから、ではないかと思います。多くのジャズ・ミュージシャンが、「スタートがジャズ」「ジャズの伝統に則って学び始めた」なかにあって、サンボーンの経歴はまったく違うのです。75年のアルバム・デビューはジャズのジャンルでしたので、そこを起点とすればサンボーンも「スタートはジャズ」ですが、サンボーンの活動はその時点ですでに15年以上あり、極端にいえば「ジャズに転向してアルバム・デビュー」とも見られるものだったからです。

75年までのサンボーンの活動は、バンドのメンバーとしてはポール・バターフィールド・ブルース・バンド、スティーヴィー・ワンダーのワンダーラヴ、デヴィッド・ボウイのグループに所属。それぞれでレコーディングもしています。バターフィールド・ブルース・バンドでは、あの69年の「ウッドストック・フェスティヴァル」にも出演しているのです。レコーディング・セッションでは、B.B.キング、トッド・ラングレン、そしてなんとジェームス・ブラウンとも共演しており、ジャズのカテゴリではギル・エヴァンス・オーケストラがあるだけです。とはいえ、ギルのオーケストラは伝統的ジャズとはかなり離れたものでした。「ジャズ」のジャンルだけを見ていると、そのあたりはすっぽり抜け落ちてしまうので(フュージョン界に華々しくデビューと見える)、意外に思えるかもしれませんが、75年までのサンボーンは、「ブルースでロックでソウルの人」だったのです。また、サンボーンが先達にリスペクトした作品としては、『ヒア・アンド・ゴーン』(2008年)、『クローサー』(2010年)がありますが、その先達とはレイ・チャールズとレイのバンドにいたサックス奏者ハンク・クロフォードであることからも、サンボーンの「ルーツ」はジャズではないということがうかがえます。

ソロ・デビュー前の時期はセクション・プレイが中心で、常にバンド全体のバランスを考えつつ、ソロは限られたスペースで全力で、という感じだったと思われます。「ジャズ」のセッションとは正反対ですよね。そこで厳しく鍛えられてきたとすれば、「ジャズ」の「ゆるい」セッションに馴染めない、馴染まないのは不思議ではないでしょう。

しかし、そうでありながらもサンボーンがジャズ・ミュージシャンと認識されているのはなぜか。それはサンボーンが「ジャズ」の認識を変えてしまったから。サンボーンの音楽はジャズの領域を「拡張」させたのです。ジャズは時代とともに常に変化している音楽なのです。

* * *

2019年春に始まった本連載は今回をもって終了となります。270回にわたって、ジャズを一歩踏み込んで楽しむためのさまざまな視点を紹介してきました。「ジャズを聴く技術」は具体的な形では一度も提示しませんでしたが、もうきっと身についていることでしょう。読者のみなさんの、楽しいジャズ生活のお役に立てたならうれしく思います。長きにわたってのご愛読ありがとうございました。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』シリーズを刊行。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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