■女優の個性と表現力

ジュディ・オングがジャズを歌う。これは「美空ひばりがジャズも歌っていた」よりも意外な響きがあるのではないでしょうか。というのも、大方のジュディ・ファンは1979年(昭和54年)の大ヒット曲「エーゲ海のテーマ~魅せられて」の強烈なイメージができあがっているからです。なにしろ200万枚以上も売り上げ、第21回レコード大賞を受賞し、NHK「紅白歌合戦」にも初出演したのですから、その人気の高さもうかがえようというものです。加えて、のちに小林幸子のトレードマークともなった豪華な衣装に影響を与えた、鳥が羽を広げたような白いドレスでの登場も彼女のイメージを決定づけているようです。

そのジュディがジャズを歌ったらいったいどうなるのか? 大いに気になるところですよね。これがいいのです。ちゃんとジュディ・オングらしさを出しつつ、ジャズのテイストにおいてなんら不満なところもなく、見事に「ジュディのジャズ」になっているのです。これは彼女が英語に堪能であることも大いに関係しているでしょう。ともあれ、素直で明るい歌唱はとても好感がもてます。

■歌う喜び溢れるひばり

さて、最後に登場するのは国民的大歌手にして圧倒的歌唱力を誇る美空ひばりです。彼女はジャズの専門教育を受けたことはありませんが、持ち前の「耳のよさ」で、「耳から」ありとあらゆる歌を吸収していったのです。そういう意味では、バークリー音楽院のようなジャズの教育システムが生まれる以前のアメリカのジャズ・ヴォーカリストたちと変わらないと言っていいかもしれません。とにかく彼女の歌唱技術は完璧なのです。音程、リズムといった初歩的な要素は言うまでもなく、ジャズに必要なスイング感やドライヴ感といった、どちらかというと天性の資質に関わるような部分も申し分ないのです。

しかしもっとも重要なのは、ひばりの「歌い手魂」とでも言うしかないスピリットなのです。というか、ひばりクラスの歌手ともなると、歌謡曲、ジャズといった音楽ジャンルを超えたところで聴き手の心を捉える力があるのですね。

よく知られているように、ひばりはほんとうに子供のころから歌を歌っています。それも「生活のため」にではなく、歌自体が好きだったのです。そしてひばりは、その好きな歌を人に聴かせる喜びを、子供のうちから身につけていたのです。歌に対する愛がじつに深い。その愛があるからこそ、彼女の歌唱は時代を超えて人の心を打つのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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※ エラ・フィッツジェラルド|エラの歴史はジャズ・ヴォーカル・ヒストリー

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※ ビング・クロスビー|古きよきアメリカを体現する「囁きの魔術師」

※ 映画のジャズ・ヴォーカル|映画音楽はジャズ名曲の宝庫

※ ジューン・クリスティ|ドライでクールな独創のハスキー・ヴォイス

※ ガーシュウィン・セレクション|ジャズマンが愛した「名曲王」

※ メル・トーメ|他の追随を許さないジャジーなヴォーカリスト

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