取材・文/藤田麻希
日本美術史上、最も著名な仏師と言っても過言ではない運慶。修学旅行の定番、奈良・東大寺南大門の金剛力士立像も運慶の作。知らず知らずのうちに、運慶仏を見たことがある方も多いかもしれません。
そんな運慶仏の史上最大規模の展覧会「興福寺中金堂再建記念特別展《運慶》」が、いま東京国立博物館で開催されています(~2017年11月26日まで)。天才仏師・運慶の造形の粋を堪能できる、画期的な展覧会です。
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運慶が手がけたことが確実な最初の仏像は、奈良・円成寺の《大日如来坐像》です。大正10年(1921)、台座裏側から運慶のサインと製作時期が明記された墨書銘が見つかり、20代の頃に11カ月かけて作り上げたことが明らかになりました。
このサイズの等身大の仏像は、通常2、3カ月で完成することが多いため、11カ月という期間から運慶がじっくり丹念に手を動かしたことが想像できます。みずみずしく張りのある体、ふくらみを持たせた繊細な髪の毛筋彫りなど、若い頃から類稀な腕前だったことが伝わってきます。
そして、50代後半の円熟期に手掛けたのが、古代インドの学僧、無著(むちゃく)・世親(せしん)の肖像彫刻である《無著菩薩立像》と《世親菩薩立像》です。
治承4年(1180)の平重衡による南都焼討で焼失した、興福寺北円堂を再興する際に、本尊の弥勒仏坐像と両脇侍像、四天王像とともに運慶一門が作り、現在も無著・世親と弥勒の3躯が北円堂に安置されています。
水晶を嵌める玉眼という技法が用いられた目がキラキラと光を反射し、生命が宿ったかのようです。もちろん運慶は、無著・世親に会ったことはなかったはずですが、こんな風貌の人が実際にいたのだろうと錯覚させるような、現実味を帯びています。また、像高を等身大よりも大きい、2メートル近くすることで、二人の偉大さを伝えようとしたのかもしれません。
さて、著名な運慶ですが、意外なことにその研究はまだまだ発展途上です。ここ15年の間にも、少なくとも3件、運慶作の可能性が高い仏像が明らかになっています。そして、近年、議論が盛んになっているのが、興福寺南円堂に安置されていた《四天王立像》です。この像を、先ほどの無著・世親菩薩のある北円堂のために、運慶一門が作ったとする説が有力になっています。
決め手になったのは、台座が、北円堂の建物や本尊の弥勒仏坐像の台座と同じ八角形であること、「興福寺曼荼羅図」に描かれた北円堂四天王像の図とほぼと一致することなどです。四天王は東西南北の方角を守護する番人。約2メートルの圧倒的な大きさ、迫力あるポーズ、忿怒の表情で睨みをきかせています。
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開催中の展覧会「興福寺中金堂再建記念特別展《運慶》」では、北円堂の空間が再現されていて、無著・世親像と四天王像が一緒に並べられています。同館研究員の浅見龍介さんは次のように説明します。
「最初は、四天王像の圧倒的なスケール感で、無著・世親像の存在感が薄くなってしまうのではないかと心配していたのですが、並べてみると、そのようなことはありませんでした。ただ、北円堂はこじんまりとしたお堂ですので、2メートルの巨像6体を納めるには小さすぎるのではないかという疑問もあり、私としてはまだ結論を出せていません。展覧会で一緒に並べた様子をご覧いただき、皆さんに個々に感じ取ってもらいたいと思います」
また、展覧会の見どころについても伺いました。
「今回の運慶展は、推定作品を含め31躯と言われている運慶作の仏像のうち22躯が展示される、史上最大の運慶展です。初めて寺から外に出される瀧山寺の《聖観音菩薩立像》のほか、数十年ぶりに展覧会に出品されるお像も多くあり、これらすべてが一堂に会する初の機会です。運慶の素晴らしい造形に触れて、日本にこんなに素晴らしい世界に誇れる彫刻家がいたのだということを認識していただきたいと思っています」
展示作品の大半はガラスケースに入れない状態で、手を伸ばせば届くと感じられるほどの距離で見ることができます。また、360度ぐるりと回れるので、お寺に行っても目にすることができない、後ろや横の角度からも鑑賞することができます。照明にもこだわった、展覧会だからこそ実現した展示方法にもご注目ください。
【展覧会概要】
『興福寺中金堂再建記念特別展《運慶》』
■会期/2017年9月26日(火)〜11月26日(日)
■会場:東京国立博物館 平成館
■住所:東京都台東区上野公園13−9
■電話番号:03・5777・8600(ハローダイヤル)
■公式サイト:http://unkei2017.jp
■開室時間:9時30分~17時 (ただし、金曜・土曜および11月2日(木)は21時まで開館)入館は閉館の30分前まで
■休館日:月曜
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』