(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第15号「グループ・ジャズ・ヴォーカル」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

文/後藤雅洋

■“チームの音楽”の面白さ

今回は「ヴォーカル・グループ」の特集です。歌に限らず、ジャズ、そして音楽は、大勢でやることのメリット、面白さというものがあります。まずはそこから説明いたしましょう。

たとえば、モダン・ジャズの代名詞的存在であるトランペッター、マイルス・デイヴィスの魅力は、独特のブルーなサウンドや、「卵の殻の上を歩いて渡る」と形容された、繊細な緊張感が語られがちです。もちろんそのとおりなのですが、実際は彼の演奏を支えるポール・チェンバースのドライヴ感に満ちたベース・ラインや、マイルスと対比をなす、ちょっと荒削りなジョン・コルトレーンのテナー・サックス・サウンドが、マイルスのリリカルな魅力を引き立てているのですね。

また、サウンドの魔術師といわれたデューク・エリントン楽団の濃密なバンド・サウンドは、甘い音色のアルト・サックス奏者ジョニー・ホッジスや、トロンボーンの開口部にミュート(弱音器。蓋のような形のもの)をあてがってユニークなサウンドを生み出した、トリッキー・サム・ナントンなど、それぞれ個性的な歴代のバンド・メンバーがいなければとうてい成り立ちません。

これらはふたつのことを教えてくれます。まずマイルスの例では、ジャズは「チームの音楽」であること。つまり、ミュージシャン同士の「相互作用」による音楽的効果ですね。そしてエリントンのケースは、「さまざまな音色が混ざる効果」でしょう。付け加えれば、エリントン楽団に限らず、カウント・ベイシー楽団などビッグ・バンドは、トランペットやサックス、トロンボーンといったそれぞれ「音域が違う楽器」が旋律を演奏することで生まれる、分厚いバンド・サウンドが聴きどころでもあるのです。そして、とりわけエリントン楽団のハーモニーは特別であるということですね。

こうしたメリットは当然ヴォーカルでも発揮できます。歌の歴史をひもとくと、教会のコーラス隊など大勢で合唱するケースや、「ワーク・ソング(労働歌)」など、ふたつのグループが「掛け合い」で歌うようなジャンルがたくさん見つかります。こうしたグループによる豊かな「歌の歴史」が、「ジャズ・ヴォーカル」の中に流れ込んでいるのです。

グループが生み出す歌の魅力はほんとうに多彩・多様です。まずは男女、そして黒人と白人による「声質」の違いに注目してみましょう。これも器楽ジャズに喩えてみるとわかりやすいのではないでしょうか。いわゆる「ワン・ホーン・ジャズ」というジャンルがソロ・シンガーだとすれば、男女ふたりの混声グループは「2管クインテット(5人編成)」にも喩えられるでしょう。これらの場合、ピアノ、ベース、ドラムスが、そのまま「歌伴」に相当します。

「ワン・ホーン」とは、文字どおりトランペット、あるいはサックスといった「ホーン楽器」が1本だけで、それにピアノ、ベース、ドラムスの「リズム・セクション」が付く4人組、つまりカルテット編成ですね。たとえば第21号で紹介する予定の白人女性ヴォーカリスト、ジューン・クリスティの声質は、第3号に登場したサラ・ヴォーンなど黒人女性ヴォーカリストの声質に比べると、相対的に明るく高いので、さしずめトランペット入りワンホーン・カルテット(4人編成バンド)ですね。

その喩えでいえば、ドスが効いた低い声質のサラなら、テナー・サックスのワン・ホーンといったところでしょうか。それらに対し、白人男性デイヴ・ランバート、黒人男性ジョン・ヘンドリックス、そしてイギリス人女性アニー・ロスによるヴォーカル・グループ、ランバート・ヘンドリックス&ロス(太字は今号CD収録グループ)は、さしずめ3管セクステット(6人編成)といったところでしょう。女性特有の輝かしく高い声質のロスがトランペットに喩えられるとしたら、男性なので彼女より音域が低い白人男性ランバートがアルト・サックス、そして黒人特有の腰が強く力強い声質のヘンドリックスはテナー・サックスといったあんばいですね。

■楽器を声に置き換える

彼らの聴きどころはもうひとつあって、それは「ヴォーカリーズ」というジャズならではの面白発想です。どういうものかというと、エディ・ジェファーソンやキング・プレジャーといった先人ヴォーカリストたちが、器楽ジャズの名曲・名演奏のアンサンブル・パートからソロ・フレーズまで、そっくりそのままヴォーカルに置き換え、歌詞まで付けて歌うという「妙技」を彼らは受け継いでいるのです。このように、さまざまな音楽的要素を取り入れたランバート・ヘンドリックス&ロスがヴォーカル・グループへ及ぼした影響は大きく、現在も第一線で活躍しているマンハッタン・トランスファーは、彼らのスタイルをモダンな装いで継承しているのです。

マンハッタン・トランスファーは、1973年にティム・ハウザーが作った白人男女4人組のヴォーカル・グループです。彼らは圧倒的な歌唱テクニックと、現代的なセンスで一躍ジャズ・ヴォーカル・グループのトップに躍り出ました。私は彼らの初来日公演を観ましたが、その見事なステージに圧倒されたことをよく覚えています。巧いだけでなく、ジャズ的センスが抜群なのですね。それ以来私は、ヴォーカル・グループならではの魅力に開眼したのです。

■“床屋コーラス”の伝統

ところで、ワン・ホーンと2管あるいは3管編成のどちらが優れているかという問題は、視点によりけりです。ソニー・ロリンズやジョン・コルトレーンの個性・ソロに着目するならば、ホーン奏者がひとりのカルテットでも充分楽しめます。実際彼らは、そういう編成の名演が多いですね。また、レギュラー・グループとしての洗練されたチームワークや音楽性も堪能したいなら、カリスマ・リーダー、マイルスだけでなく、サイドにコルトレーンがいる2管編成や、それにアルト・サックス奏者のキャノンボール・アダレイが加わった3管編成のほうが、サウンドの多彩さ、そして3者3様の個性的ソロの変化が味わえるというわけです。

ヴォーカルでもまったく同じことがいえるのですね。つまりビリー・ホリデイのカリスマ性を堪能したいのなら、当然彼女がひとりで歌ったほうがいいでしょう。他方、掛け合いの面白さや、男女あるいは黒人白人といった異なる声質が混ざることによって生み出される、独特のサウンドを楽しもうと思ったら、これはヴォーカル・グループを聴くしかありません。

付け加えれば、声質が似ていてもそれが複数になるとまた違った効果が生まれることもたいへん重要です。昔ウディ・ハーマン楽団のサックス・セクションに「フォー・ブラザーズ」というチームがいました。スタン・ゲッツ、ズート・シムズ、ハービー・スチュワードの3人のテナー・サックス奏者に、バリトン・サックスのサージ・チャロフがそのメンバーでした。普通、ビッグ・バンドのサックス・セクションは、テナー・サックスより音域の高いアルト・サックス奏者が必ず入るのですが、このハーマン楽団ではアルトの代わりに3人もテナー奏者がいたのです。しかし「フォー・ブラザーズ」は、音域が低い楽器(テナー・サックス)が多いため、豊かで分厚いバンド・サウンドが話題になったのですね。

同じことがヴォーカル・グループにもいえて、今回紹介する黒人男性3人のヴォーカル・グループ、ミルス・ブラザーズなどは、黒人ならではの腰が強く粘りの効いた声質が3人もいることによって、独特の濃密でコクのあるヴォーカル・サウンドが堪能できるのです。こうした音楽的効果は、いくら歌唱技術に優れた歌手でも、ひとりでは絶対に生み出せませんよね。

ちなみに、アメリカには「バーバーショップ・ハーモニー」というユニークな伝統があります。要するに「床屋さんコーラス隊」ですね。アメリカでは昔から理髪店は黒人が営むことが多く、そこには当然白人の客も来るわけです。19世紀頃の理髪店は一種の「社交場」であり、「人種交流の場」でもあったのです。そして面白いのが、そこがアマチュア・コーラス・グループのリハーサル会場に利用されていたのですね。

店主、従業員が黒人ですから、当然そのコーラスには「黒人文化」の香りが色濃く漂うことになります。それは「自然発生的で即興的なハーモニー」で、これがジャズにも影響を与えているのです。具体的にいうと、固定されたメロディを「崩し」、「即興性を重視」することで、黒人らしさを強調するスタイルです。これって、まさに「ジャズ・ヴォーカル」じゃないですか!

ちょっと回り道が長くなりましたが、ミルス・ブラザーズはこの「バーバーショップ」でハーモニーを学んでいるのです。というか、このグループの創始者であるメンバーのお父さんは、床屋さんだったのです! 彼らはジャズ・ヴォーカル・グループの草分け的存在で、それだけに多くの後発コーラス・グループに影響を与えました。

■“フレッシュメン”の新鮮さ

そして、その「黒人コーラスの歴史」に挑戦するようにして現れたのが、白人男性4人組フォー・フレッシュメンなのです。彼らの、白人ならではの明るく透明感のある声質の特徴を最大限に生かしたハーモニーの気持ちよさは、筆舌に尽くしがたいものがあります。興味深いのが彼らのキャッチ・フレーズで、なんと「グッドバイ・バーバーショップ・ハーモニー!」。

これはふたつのことを言い表しています。ひとつは、いかに「バーバーショップ・ハーモニー」の影響が大きかったかということ。そしてもうひとつは実際に、彼らはそれまでの主流だった黒人流ハーモニーとは「違った響き」をもったハーモニーで新たなファンを獲得したことです。そのフォー・フレッシュメンの影響力もたいへんに大きく、1960年代に日本でもブームが起こったサーフィン・ミュージックのグループ、ビーチ・ボーイズもまた、彼らの影響を受けているのです!

このように「ヴォーカル・グループ」のもつ独自の魅力は特別で、その「サウンド、ハーモニー効果」は、たとえフランク・シナトラでも、ナット・キング・コールでも、ひとりではとうてい表現することができないのです。

■ハーモニーの最小編成

創刊号に収録したルイ・アームストロングとエラ・フィッツジェラルドの魅力的なデュオや、第14号「カーメン・マクレエ」でのカーメンとサミー・デイヴィス・ジュニアの共演をお聴きになったみなさんは、男女のコンビによる「掛け合い」が独特の魅力を歌に付け加えていることを実感されたことと思います。彼らはみな、それぞれふだんはソロ・シンガーとして活躍していますが、それでもあれだけの魅力的なデュエットを披露してくれたのです。

では、いつもふたりでチームを組んだらどうだろうという発想で生まれたのが、ジャッキー・ケインとロイ・クラールによるおしどりコンビ、ジャッキー・アンド・ロイです。彼らは夫婦なので、息の合い方もぴったりです。彼らの魅力をひとことで言い表すと、「都会的でお洒落」。しかも独特の「親密な感じ」がたいへん好ましいですね。一般的な知名度は必ずしも高くありませんが、熱心なヴォーカル・ファンやマニアックなジャズ・ファンにはジャッキー・アンド・ロイを密かに愛聴している方々が少なくありません。冗談ですが、ジャズ・マニアを自認している方から「どんなジャズ・ヴォーカルがお好き?」と尋ねられたら、「ジャッキー・アンド・ロイって、いいですねえ」と言えば、一目置かれること間違いなしです(笑)。

■ヨーロッパの新しい響き

と、ここまではジャズ・ヴォーカルの話なので当然アメリカを中心に見てきましたが、教会音楽やクラシックの伝統があるヨーロッパに眼を移すと、また違った景色が見えてきます。

パリで結成された男性3人女性3人による混声グループ、ザ・ダブル・シックス・オブ・パリは、前述のランバート・ヘンドリックス&ロスの影響を受けつつも、いかにもフランスらしい洒落た味わいが魅力的です。彼らは文字どおり声を楽器のように使って、ビ・バップ・トランペッターのディジー・ガレスピーや、ビ・バップ・ピアニストのバド・パウエルといった超一流器楽奏者たちと丁々発止の掛け合いを行なっています。このグループは、男女の声質の違いを生かした高度なコーラス技術による迫力で、ジャズ・ヴォーカルの世界に新風を吹き込んだのです。

■クラシックとの共存

ザ・ダブル・シックス・オブ・パリは、フランスの草分け的ジャズ・ヴォーカル・グループ、ブルー・スターズのメンバーだったミミ・ペランがリーダーとなって、クリスチャンヌ・ルグラン、ウォード・スウィングルらを伴って結成されました。ちなみにスウィングルだけはアメリカ人で、のちに彼は、男女4名ずつのコーラス・グループ、スウィングル・シンガーズを結成します。

彼らは今回収録した、クラシックを題材とした「G線上のアリア」で一躍有名になりました。このグループの特徴は、歌詞を歌わず「ダヴァ・ダヴァ」とスキャットでコーラスを行なうことでジャズに新風を吹き込んだのです。俗に「ダヴァ・ダヴァ・ジャズ」などともいわれましたよね。付け加えれば、一見水と油のようなクラシック音楽と黒人音楽ジャズが、意外な形で共存できることもスウィングル・シンガーズは教えてくれたのです。

余談ですが、バッハの鍵盤楽曲の一部には、シンコペーションを付けリズミカルに演奏すると、即興演奏の天才、チャーリー・パーカーのアドリブ・フレーズのようにも聴こえるものがあるのですね。というか、じつはパーカーの発想のほうがバッハの時代の音楽の構造にヒントを得ているのです。「水と油」的なクラシック音楽とジャズですが、じつは奥深いところで繫がっているのです。

このように、ヴォーカル・グループといってもその中身は非常に多彩です。しかし共通するのは、ひとりでは表現できない魅力的なサウンド、味わいを彼らはチーム・プレイによって実現しているのですね。まさに「チームの音楽」であるジャズのスピリットを彼らヴォーカル・グループは体現しているのです。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第15号「グループ・ジャズ・ヴォーカル」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

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