文/後藤雅洋
■サッチモと歌の復権
いつも不思議に思うのは、「ジャズ100年」といわれた2017年になっても、相変わらず「ジャズ」という音楽ジャンルが、変容を遂げながらたくましく生き続け、多くの音楽ファンに愛好されていることです。たとえば今話題のピアニスト、ロバート・グラスパーのアルバムなど、いわゆる「ジャズ」のイメージからずいぶんと外れているように思えるのですが、ジャズ・ミュージシャンとして活動を続け、若い新たなファン層の人気を獲得しているのです。
たしかにグラスパーの音楽は、マイルス・デイヴィスのクールなトランペット・サウンドや、ジョン・コルトレーンの熱気に満ちたサックス・ソロでジャズの虜になった年配ジャズ・ファンからすれば、「ジャズじゃない」と思われても仕方ないかもしれません。しかしそこに、今回の主人公である“サッチモ”と愛称された、歌も歌うトランぺッター、ルイ・アームストロングを置いてみると、また違った景色が浮かび上がってくるのです。今回はそのあたりから話を進めてまいりましょう。
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キーワードは「ヴォーカル」と、「ポピュラリティ」です。まずは本シリーズのテーマでもある「ヴォーカル」です。
現代ジャズの特徴として「ヴォーカルの復権」があります。グラスパーが注目を集めるきっかけとなった12年のアルバム『ブラック・レディオ』(ブルーノート)にはエリカ・バドゥ、レイラ・ハサウェイら多くのゲスト・ヴォーカリストが参加しており、それが話題となりました。また、新進女性ベーシストとして注目されているエスペランサ・スポルディングは、ヴォーカリストとしてのアルバム『エミリーズ・D+エヴォリューション』(コンコード)を16年に発表しています。
また中堅ギタリスト、カート・ローゼンウィンケルの話題の新譜『カイピ』(ソングエクス・ジャズ)も、全編にわたってエキゾチックなヴォーカルがフィーチャーされているのですね。こうした動きは明らかにここ数年の出来事で、「モダン・ジャズ」の時代には、器楽奏者のアルバムにヴォーカルがフィーチャーされることは、むしろ例外的だったのです。
そして「ポピュラリティ」です。今挙げた現代ジャズ・アルバムが注目された理由のひとつに、「親しみやすい歌」が入っていることは否定できないでしょう。グラスパーなどは、「従来のジャズ・ファンとそうでない人たちの懸け橋になればいいと思って」ヴォーカル入りのアルバム制作をしたと発言しています。他方、エスペランサやローゼンウィンケルは、彼らの「自己表現」の手段として、ヴォーカルという戦略をとっているのでしょう。そしてそれがおのずとポピュラリティの確保に繫がっているように思えます。
こうした動きは一見「新しいジャズの潮流」のようにも見えますが、じつをいうとはるか昔にサッチモが実践し、その活動自体が「ジャズ」という音楽ジャンルを今日まで生き延びさせてきたのです。
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