第38号「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.3」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

文/後藤雅洋

■ジャズは肉体の音楽

本シリーズ第6号「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.1」に続く第18号「同vol.2」もたいへん好評だったので、今回「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.3」の登場となりました。大いに喜ばしいことです。私事ですが、その「嬉しさ」の中身を少し披露してみたいと思います。というのも、それが「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.3」の魅力の紹介にも繫がるからです。

「vol.1」で最初に強調したのが、あの大歌手、美空ひばりが「ジャズも歌っていた」という事実でした。美空ひばりや石原裕次郎といった、昭和を代表する国民的スターが、なまじ歌謡曲や映画での名声が圧倒的であるがゆえに、そのころはマイナーなジャンルだった「ジャズ」に関わっていたということが忘れ去られていたのです。こうした隠れた「日本のジャズ史」が掘り起こされたことが、第一の喜びですね。

そしてなによりも重要なことは、こうした「昭和のジャズ・ヴォーカル」が想像以上に素晴らしかったということです。率直に言って私自身を含め、1960年代のジャズ・ファンは日本のジャズを少々見くびっていたのですね。半世紀も昔のことですから無理もないのですが、そのころは「ジャズ」という音楽のほんとうの醍醐味がまだ見えていなかったのです。

ジャズの魅力の第一は、それぞれのミュージシャンの個性を堪能するところにあります。「サッチモ」と愛称されたルイ・アームストロングは「ジャズの父」と呼ばれた名トランぺッターで、同時に初めて「スキャット」をレコーディングしたところから、「ジャズ・ヴォーカルの開祖」ともいわれています。

彼は、もともとクラシック音楽のために作られたトランペットを「自分の身体に引き付けて」演奏したのです。そしてこれが、「ジャズの音」だったのです。本来であれば、譜面に書かれた作品を正確に表現するため、演奏者の「個人的な癖」をなくし、モーツァルトなりベートーヴェンなりが思い描いた音を出すことが要求された演奏技法をサッチモは無視し、「自分の身体が求める音」を出したのです。「気持ちが求める音」ではなく「身体が求める」としたのにも理由があります。トランペットはピアノなどと違い、人間の唇の震えを真鍮の管で拡大して音を出しているのです。まさに「身体が楽器」なのですね。ですから、気持ちの音=身体の音なのです。

■ジャズ歌は訛りも個性

これは楽器の話でしたが、「声」でも同じことなのです。サッチモは録音の最中に「歌詞カードを落とした」と言って、「ウヴィ・ダヴァ」と自由に思いついた言葉を発しましたが、これがジャズ・ヴォーカルの特徴といわれる「スキャット」の発祥とされているのですね。彼がそうした理由もまた楽器演奏と同じで、「自分の気持ち」の欲するままに歌いたいということなのです。

そして「声質」です。サッチモは「ダミ声」が特徴であり持ち味です。いわゆる「美声」ではありませんが、それが魅力となっているのです。ところで、「気持ち」はそれこそ「気の持ちよう」で変えることもできますが、持って生まれた「声」はそう簡単には変えられません。そういう意味では、サッチモの親しみに満ちたダミ声は、「身体が発する声」でもあるのです。要するに楽器にしろ声質にしろ、「身体が発する音」がジャズの音なのですね。しかしもし、そのサッチモがラジオのアナウンサーをしたとしたらどうでしょう。一部からは苦情が出るかもしれませんね。「訛っている」と……。

さていよいよ本題です。日本にジャズが幅広く知れ渡った1960年代、トランぺッターならマイルス・デイヴィス、歌い手ならエラ・フィッツジェラルドといった大物ジャズ・ミュージシャンが人気を集める一方、日本人ミュージシャンは彼らに比べ劣っていると思われたのです。その理由が技術的なことならわからないでもありませんが、「日本的である」こと自体が本場アメリカに比べて「訛っている」と思われていたフシがうかがわれるのですね。つまり歌謡曲調であるとか、英語の発音の癖を「日本人の個性」とは思いが至らず、ネガティヴなものと決めつけていたのです。

前述したように、ジャズの聴きどころはそれぞれのミュージシャンの魅力的個性を堪能するところにあるのですから、ある意味では「訛り」は個性でもあるのですね。そこに気がつけば、日本ジャズの、アメリカとの違い自体が、「聴きどころ」であることは容易におわかりになることでしょう。

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