文/後藤雅洋
■日本のクリスマス風俗
クリスマスの想い出は、世代によって違うのではないでしょうか。私など団塊世代は、まだ焼け跡や進駐軍用の長方形道路標識など、「戦後」の風景が街のあちこちに残っているころのクリスマスのことを想い出してしまいます。
昭和30年代の街角は街灯も少なく、ショーウインドウの明かりが今よりいっそう輝いていました。銀座、新宿、そして渋谷の百貨店の大きな飾り窓にしつらえられた、クリスマスツリーやトナカイに乗ったサンタクロースなど、思い思いの飾りつけが年の瀬の街に華やぎを添えていました。
そしてレストランのメニューには、貴重だった鶏の丸焼きが登場し、ケーキ屋の店頭はショートケーキの山が築かれていました。
しかし、気分としてはたんなる「お祭り」で、あまり「神聖」な気分というわけでもなかったようです。何より「家庭でのクリスマス」というより、「お父さんたち」が外で派手に飲みまくるための「口実」がクリスマスで、「チキン」や「ケーキ」は家族への「言い訳用」のお土産的色彩が濃かったようです。
当時の日本映画のクリスマスといえば、華やかに着飾ったホステス嬢相手に、サンタなど思い思いのお面をかぶったサラリーマン諸氏が天下御免で酔っ払う風景がよく描かれたものです。まあ、神さまもビックリですよね。
それでもやはりクリスマスは、子供たちにとっては年に1度の楽しみなイヴェントでした。この日が何の日なのかあまりよくわかっていない私なども、靴下に入っているはずのプレゼントを夢見、クリスマスを待ち望んだものでした。
時代は一気に80年代バブルへとワープします。そのころ私はもう結婚し子供もいたのですが、どうやらクリスマス風俗も一変していたようです。
聞くところによると、クリスマスには都内の一流ホテルはすべて予約満杯。お洒落なカップルが「自分たちだけ」のクリスマスを、ホテルのレストランでワインなど傾け豪華に過ごすようになったそうなのです。もちろん支払いはすべて男性。私は「早く結婚しておいて助かった」と安堵したと同時に、「このバチ当たりどもが!」とエラそうにも思ったものでした。
しかしすぐに思い出しました。私もまだ学生のころ、そのころ憎からず思っていたさる女の子をクリスマスの晩にデートに誘ったのでした。しかし賢い彼女は言いました。「今日はクリスマスだから一緒に教会に行きましょう」。やむをえず彼女の母校のチャペルに行くと、どういうわけか、きわめて低い位置に、ひざまずく際に膝を乗せる台があるのですね。
言われるままその台に膝を乗せ、慣れない中腰の姿勢で長いお説教を聞きつつお祈りを捧げていると、とても腰がツラい。そのとき思ったものでした。「神さまはすべてお見通し」。どちらにしても、やはり「日本のクリスマス」は、「お祭り」だったのですね。
■クリスマス、日本に伝来
歴史をひもとくと、日本にクリスマスが伝わったのは思いのほか古く、天正年間(1573~92)にイエズス会の宣教師が日本人の信徒とともにキリスト降誕のミサを行なったとか。しかし徳川幕府のキリシタン禁止令で当然この宗教行事も断絶。ようやく明治時代になって、食料品・酒類の小売り、輸出入を行なう「明治屋」が、商品販売戦略の一環としてクリスマスを広めたそうです。
そもそも発端が「クリスマス商戦」だったのですね。ですから、日本のクリスマスがあまり宗教色が強くないのも当然なのかもしれません。
それにしても、この「異教徒のしきたり」が日本に根づいたとされる理由がふるっています。大正天皇崩御がたまたま12月25日。そして御世が代わって昭和になると、この日がいわゆる「先帝祭=先帝崩御日」として祭日となったのでした。つまり、クリスマスとまったく関係のない理由で祝日となったことで、なし崩し的にご命日が誕生祝いとなるという理不尽さは、ファンキーとしか言いようがありません。
もしかすると、昭和の日本人にも江戸の諧謔趣味が息づいていたのでしょうか。
■特別な日を祝う
それはさておき、西欧ではこの日は神聖な日。家族で食卓を囲んでイエス・キリストの生誕を祝うようです。日本でもまったくその意味が理解されていないわけではなく、たとえば強欲な商人がクリスマス・イヴに神秘的な体験をして改心するというチャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』などから、この日が「特別の日」であるというイメージはあったようです。
ところで、その小説のタイトルである『クリスマス・キャロル』は、キリスト生誕に関係した歌のことを意味しています。クリスマス・キャロルは中世ヨーロッパで生まれましたが、16世紀の「宗教改革」で一時期衰退したようです。
しかし19世紀になるとまた盛んになり、今回の「ジャズ・ボーカル・コレクション」の特集である「クリスマス・ソング」は「現代版クリスマス・キャロル」という見方もできるようですね。私はクリスチャンではないので、その本当のところはよく理解しているとはいえませんが、クリスマス・ソングに込められた意味は、おおよそ次のようなことなのではないでしょうか。
まずは「喜び」ですね。「救世主」とされるイエス・キリストがこの世に生まれた日を心から喜ぶ気持ちです。ちなみに聖書には正確な日付の記述はなく、キリストの誕生日には諸説あるようです。個人的にお気に入りの「説」は、まだキリスト教がローマに認められる前、ローマの地下洞窟に潜んでいた原始キリスト教徒たちが、仲間の目印として「魚」のマークを使用していたという事実から、「うお座」つまり2月19日ぐらいから3月20日ぐらいの間にキリストは生まれた、という「解説」です。この星座の気質といわれる博愛主義的なところなど、キリスト教の教義にピッタリではないでしょうか。
■喜びを歌に込めて
話をもとに戻すと、今回付属CDの冒頭に収録した代表的クリスマス・ソング「ジングル・ベル」の、人々の気持ちをワクワクさせるような旋律など、まさに「救世主誕生」を喜ぶ気持ちをじつに見事に表していますよね。エラ・フィッツジェラルド(太字は今号の付属CDに収録されているヴォーカリスト)のリズミカルでダイナミックな歌唱も、この楽曲のもつ弾み立つような気分にピッタリです。同じ趣向は2曲目の「サンタが街にやってくる」にもいえるでしょう。こちらはサンタさんですが、子供たちにクリスマス・プレゼントという「喜び」を与えてくれるという点では同じですよね。パティ・ペイジの軽やかで優しい歌いぶりも、子供たちに歌いかけるというシチュエーションにジャスト・フィットです。
サンタクロースの物語は実在の聖職者に由来しています。4世紀頃、東ローマ帝国のミラというところにいた司教、セント・ニコラウスの故事がもとになっているそうです。それは、貧困のために娘を身売りしなければならなくなった家に、ニコラウスが夜中に訪れ、窓から金貨を投げ入れたところ、たまたま暖炉に吊り下げられていた靴下に金貨が入った、という言い伝えです。かなりリアルですねえ。ともあれ、これがサンタクロースの原型のようです。
そしてサンタさんの乗り物がトナカイが引く橇です。小林桂が語りかける「赤鼻のトナカイ」の物語は、子供心を捉えて離しません。しかし、どうしてサンタがトナカイの橇に乗ってくるのかはよくわかりません。どうやら19世紀頃の絵本に描かれた姿が発端のようですが、なかなかよくできたイメージですね。
それはそうと、南半球のオーストラリアでもクリスマスはあります。当然季節は暑く、サンタさんはいったいどうするんでしょう。サーフィンに乗って登場する面白画像などもありますが、ここはぜひカンガルーに活躍してもらいたいですね。そしてプレゼントはカンガルーの袋の中というのが合理的。サンタさんは大きな袋を担がないですみます。
「喜び」を表す歌唱という意味では、やはり「もろびとこぞりて」が白眉でしょう。英語のタイトルも「ジョイ・トゥ・ザ・ワールド」と、そのものズバリです。ナット・キング・コールのダイナミックかつ自信に満ちた歌唱は、いやでも気持ちが高まりますよね。詳しくはあとに譲りますが、歌詞、メロディともにクリスマスを迎える喜び、すなわち救世主の降誕を祝う高揚した気分に満ち溢れています。
■感情を動かす音楽の力
しかし「クリスマス・ソング」は「喜び」だけではありません。邦題「きよしこの夜」として親しまれている「サイレント・ナイト」などは、キリスト生誕の情景を厳かに描写したまさに「クリスマス・キャロル」で、メロディも心安らぐものとなっています。ダイナ・ショアの優しく穏やかな歌唱が、この曲の清らかな感じを際立たせていますね。クリスチャンでない私も、この曲を聴くとなぜかしら敬虔な気持ちになるのですから、やはり音楽のもつ力は計り知れないものがあります。
そして、この「喜び」と「敬虔さ」を、愛する人たちと分かち合おうというのも、クリスマス・ソングの大きなテーマといえるでしょう。それはたとえば、ジュディ・ガーランドが歌う「メリー・リトル・クリスマス」などによく表れていますね。「あなたに楽しいクリスマスを」という邦題が、「分かち合おう」という精神を端的に示しています。
同様の趣向は、メル・トーメが歌う「ザ・クリスマス・ソング」にもいえるでしょう。この名曲はトーメ自身が作曲していることでも知られています。聴き手の心に穏やかに染み渡るいい歌です。それにしても、この「喜びを分かち合おう」というのは、キリスト教の博愛の精神であると同時に、アメリカ人ならではの強い「仲間意識」の表れなのではないでしょうか。かの地は人種問題などもあると同時に、「自分たちが国を作った」という「同胞意識」も強いのでしょうね。
より親密な「仲間」ということになると、これは妖艶なジュリー・ロンドンの出番です。「アイド・ライク・ユー・フォー・クリスマス」の「クリスマスにはあなたにいてほしい」という願いは、日本の「お祭りクリスマス」に近いものがあり、わりあい親しみやすい感覚でしょう。
そして最後のグループが、クリスマス自体を情景的というか叙情的に描いた楽曲です。ルイ・アームストロングの歌う「ウィンター・ワンダーランド」は雪や雪だるま、そして定番の橇の鐘の音など、クリスマス風景が楽しく歌われています。それにしてもこういう歌をしんみり歌わせるとルイは最高ですね。
こうした趣向の白人版は、ビング・クロスビーの歌う「ホワイト・クリスマス」にとどめを刺します。穏やかで美しいメロディといい、ビングのソフトな歌声といい、まさにクリスマス・ソングの白眉といえるでしょう。ここには「喜び」「共感」そして「敬虔な気持ち」といった、欧米人がクリスマスに託すすべてが備わっています。彼の歌唱が史上最高のレコード累積売上げを築き上げたのもよくわかりますね。
■歌いこなせれば一流の証
さて、こうした「クリスマス・ソング」の「ジャズ・ヴォーカル版」としての聴きどころは、いったいどこにあるのでしょうか。私はやはりここでも、ジャズの最大の特徴である「個性の魅力的発現」がポイントだと思います。「クリスマス・ソング」という「目的が限定された歌」だからこそ、かえってそれらをそれぞれの歌手たちがどのように料理するか、そのお手並みが見えやすいのですね。
そういう意味では、「クリスマス・ソング」には、ジャズではお馴染みのスタンダード・ソングと似たことがいえると思います。たとえば、「朝日のようにさわやかに」という楽曲はすでにできあがっていますが、テナー・サックス奏者ソニー・ロリンズはその素材をどう料理したか。あるいは同じテナー・サックス奏者であるジョン・コルトレーンは、この楽曲をどのように解釈し個性を発揮したかという「聴き方・楽しみ方」が、そのまま適用できるのですね。
しかしながら、ちょっとばかり違う側面があるのも事実です。率直にいって、「朝日のようにさわやかに」という楽曲が最初に使われたミュージカル『ザ・ニュー・ムーン』をご覧になったファンなど、まずいないといっていいでしょう。ですから、解釈の幅が相当に広くても、違和感は生じにくいのですね。しかし「ジングル・ベル」や「きよしこの夜」などは、エラ以外、そしてダイナ以外の歌唱でもみなさんすでにさんざん聴いているはずなのです。
それだけに、ファンのみなさんの「こうあるべき」という「先入観」は、はるかに強固なのですね。くわえてアメリカ人なら「クリスマスはこういうもの」という固定観念もまたきわめて強い。ということは、クリスマス・ソングを魅力的に歌えたなら、その歌手は一流という判定ができるのですね。実際、今回登場したジャズ・ヴォーカリストは誰もが鮮明な個性をもっており、だからこそ、「この人の歌」「この人のクリスマス・ソング」として楽しめるのです。
つまりここに収録した歌唱は、クリスマス・シーズンに街中に流れる、季節感を象徴する「BGM的ジングル・ベル」とは一線を画した、ジャズ・ヴォーカルとしての聴き方ができるということなのです。というか、ビング・クロスビーの名唱などは、もはやそのあたりの基準が逆転しており、ビングの歌声自体がクリスマスの象徴のようになっているのです。これは凄いことですよね。
最後に、クリスチャンではない私の、個人的「クリスマス・ソング観」を披露させていただきたいと思います。それは、私などふだんあまり考えたことのない「敬虔な気持ちを、喜びとともに他の人たちと共有しよう」という、いかにもアメリカ人らしい素直な感覚ですね。これは大いに学びたいところです。
文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。
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