第36号「ビートルズ・ジャズ・ヴォーカル(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊

文/後藤雅洋

今回はジョン・レノンにポール・マッカートニー、そしてジョージ・ハリスンとリンゴ・スターの4人組、ご存じイギリスはリバプールが生んだ20世紀最大のロック・スター、ビートルズの楽曲の特集です。

彼らの登場から半世紀以上経った今では、「ビートルズ現象」のすさまじさはちょっと想像がつかないのではないでしょうか。とりあえず「事実」を並べてみましょう。

イギリスで発表した12枚のアルバムのうち、なんと11枚が全英アルバム・チャート週間ナンバー・ワン。ギネス・ワールド・レコーズで「もっとも成功したグループ」と認定。音楽誌『ローリング・ストーン』による「歴史上もっとも偉大なアーティスト」の第1位。エリザベス女王から勲章受章。1988年に「ロックの殿堂」入り。それらの結果としての「ロック産業」の勃興。

団塊世代ど真ん中の私は、まさに「ビートルズ世代」といっていいのではないでしょうか。今でも覚えていますが、ラジオから流れてきたビートルズの「抱きしめたい」(シングル・チャート・ナンバー・ワン)を聴いて、「あ、音楽が変わっちゃった」と心底驚いたものです。

こんな感覚を抱いたのはこのときが初めてで、それ以降も、このときほど音楽を聴いて「断絶の感覚」を抱いたことはありません。1964年のことですから、私は生意気盛りの高校生。とはいえ、学校では真面目に毎日柔道部の選手として稽古に明け暮れる日々で、取り立てて熱心な音楽ファンというわけでもなかったのです。

このことは強調しておきたいのですが、ごくふつうの体育会系高校生でも、「これは今までとは違う」と感じさせるほどの音楽的衝撃が、ビートルズの登場にはあったのです。

もちろん「洋楽」を聴いたのはそのときが初めてではなく、56年(私はまだ小学生)にエルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」(チャート・ナンバー・ワン)を聴いたときも、子供心ながら「お、カッコいい音楽だな」とは思いましたが、「それまでラジオから流れてくる音楽の中では」ということだったように思います。

「それまでの音楽」とは、たとえば、本シリーズでも雪村いづみ(第6号)江利チエミ(第18号)の歌唱で紹介した、「テネシー・ワルツ」(チャート・ナンバー・ワン)などの、幼い時期に聴いた「懐かしの洋楽」のことです。おそらくこうした感覚は、同時代を過ごした方々でないと実感できないのではないでしょうか。

■誰もが通過したビートルズ体験

今ではビートルズに象徴されるロック・ミュージックはごく当たり前のものとなっており、特別変わった音楽だとは思われていませんよね。こうしたことは歴史をさかさまに見たときによく起こることで、私なども天才的アルト・サックス奏者、チャーリー・パーカーがジャズの革新者だということを実感するまで、ずいぶんと時間がかかったものです。

というのも、パーカーの影響を受けたアルト・サックス奏者、ジャッキー・マクリーンやフィル・ウッズのアルバムをパーカーより先に聴いていたので、「パーカーって、マクリーンそっくりだな」などと、とんだ勘違いをしていたものです。

つまり歴史がその人の切り拓いた道に沿って進んでいくと、開拓者のやったことは「当たり前のこと」に見えてしまうのですね。この「当たり前」は、偉大さの証明でもあるのです。

ビートルズ体験に話を戻すと、さっそく私は「抱きしめたい」のシングル盤を購入し、かなり熱心に聴いたものです。しかし最初に買ったビートルズのLPアルバムは、ちょっとマセた従妹に勧められて買った『ラバー・ソウル』で、日本での発売が1966年ですから、ちょうど私が大学に進学した年です。当時LPレコードは高嶺の花で、ふつうの青少年は片面1曲ずつしか収録されていないシングル盤を買うのがやっとだったのです。ですから、初めて買ったビートルズの「アルバム」にはかなり期待を込めていたことを覚えています。

そのときの印象は「ちょっと前のビートルズとは変わってきたな」といったものでした。つまり、初期の「キャント・バイ・ミー・ラヴ」や「ハード・デイズ・ナイト」などの、いかにもシンプルで勢いがいい「ロックンロール」といったハードなイメージが薄れ、今でいう「音楽性」みたいなものが素人耳にも聴きとれたのでした。それを象徴するのがポール・マッカートニーの作った名曲「ミッシェル」でしょうね。

これまでの話をまとめると、私は「ビートルズ世代」そのものではあるのですが、格別熱心なビートルズ・ファンというほどでもないということなのです。そういう「一般人」のひとりである私でさえ、今まで書いた程度のビートルズ体験はもっていることの凄さ、この、彼らの知名度・影響力の大きさは、現在ではちょっとわかりにくいかもしれません。

60年代当時は今に比べ人々の趣味嗜好が細分化されておらず、小学生からおじいさんおばあさんまで、好き嫌いは別としても「ビートルズを知らない・聴いたこともない」という人はほとんどいなかったのです。現在では、いくらマイケル・ジャクソンが有名だったとはいえ、その存在すら知らない人も中にはおり、実際に彼の音楽を聴いたことのない人に至っては、相当数に上るのではないでしょうか。

■懐かしの歴史的武道館ライヴ

とまあ、個人的ビートルズ体験を書き連ねてきましたが、やはり大きかったのは、1966年のビートルズ来日公演を観ていることです。こう書くと「やはり相当熱心なファンじゃないか」と思われるかもしれませんが、そうでもないのですね。タネを明かせば、父親がどこかからビートルズ武道館公演のチケットをもらってきて、「おい、おまえ行かないか」ということだったのです。

ところが、私はこの公演ではさほど「熱狂」しなかったのですね。事前に予想されたファンの騒乱を避けるためか、武道館の1階フロアは立ち入り禁止で、まるで動物園の象の檻のように1階から高いステージを立ち上げ、私たち観客は2階席から、あたかも「空堀」を隔てるようにしてぴょんぴょん飛び跳ね演奏する豆粒のようなポールやジョンを眺めたのでした。

今のように巨大なプロジェクターで演奏シーンが映し出されるわけではないので、この「距離感」は決定的でした。また、当時は音響装置もあまり良くなく、これも感興を削ぐ要因だったように思います。

しかしこの体験は、かえってビートルズに対する関心を高めたのです。というのも、アルバムで聴く彼らの素晴らしさとの「落差」を確認しようと、今まで以上に真剣に彼らの音楽を聴くようになったからです。

とりわけその後発売されたアルバム『マジカル・ミステリー・ツアー』に収録されていたポール作曲の「フール・オン・ザ・ヒル」や、ジョンの「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」には感心させられました。明らかに「それまでのロック・ミュージックの歴史」を書き換える斬新な響きがこれらの楽曲にはあったのです。このあたりからですね、私が本格的なビートルズ・ファンになったのは。

■ジャズマンのしたたかさ

さて、それでは、いよいよこうした「ビートルズ・ナンバー」をジャズ・ヴォーカリストたちが歌うことの意味を考えてみましょう。

第33号「ナンバー・ワン&ミリオンセラー・ジャズ・ヴォーカル」でも触れましたが、1960年代、まさに今回の主人公ビートルズのアメリカ上陸でジャズ・シーンは一変させられます。レコード会社、ジャズ・クラブが揃ってロックへと鞍替えを始めたのでした。

その経済的影響をもろにかぶったのがジャズ・ミュージシャンたちでしたが、ロック旋風を逆手にとった「便乗商法」も当然登場します。もちろん主導者はレコード会社で、ジャズ・ミュージシャンたちは「お仕事」としてビートルズ・ナンバーを扱うケースも当然あったことと思います。

他方、ジャズ・ヴォーカリストは昔から他人が作った楽曲を歌うケースが大半なので、私たちが想像するほどには「抵抗感」なく、半ば冗談ですが、いわば「仇敵」の音楽を逆手にとって自己主張するしたたかさもあったのです。というか、もともとが雑種融合音楽である「ジャズ」は、こうした「逆風」には思いのほか強いのですね。

こうした視点に立てば、今回のジャズ・ヴォーカリストが歌うビートルズ・ナンバーの特集は、基本的に第22号「ジョージ・ガーシュウィン」や第32号「コール・ポーター」と同じシチュエーションと考えていいでしょう。要するに「スタンダードを歌う」ということですね。

別の観点からいえば、まずブロードウェイ・ミュージカルで使われた楽曲が定番化し、「スタンダード」となり、時代の変化に伴ってハリウッド映画の主題歌・挿入歌などがスタンダード・ナンバーの仲間入りをします。そして60年代以降は、ビートルズに代表されるロック・ミュージックが新たな「スタンダード供給源」となった、ということなのです。

と、大前提に立ってのうえですが、やはり「ビートルズ・ナンバー」には従来の「スタンダード」とは違う要素があるように思うのです。それぞれの楽曲がもつ色合い、個性、力強さが圧倒的なのです。今さらながらこれにはちょっと驚かされました。

私はポピュラー・シンガーとジャズ・ヴォーカリストの違いを、前者は「曲中心の魅力」、後者は「個性表現が重要」という言い方で大まかな区別をしてきました。しかしながらビートルズは楽曲の魅力とジョン、ポールといったリード・ヴォーカリストたちの魅力がじつに有機的に融合しているのです。

ビートルズが登場した60年代には「バッハ、モーツァルト以来」などという若干大げさな賛辞が一部で囁かれたりもしましたが、今となってみると、その広範な音楽的影響力の大きさを考えれば、あながち見当外れでもないような気もします。

■ビートルズの楽曲を歌うことの難しさ

では彼らの魅力とはいったい何だったのでしょう。ジャズに即していえば、ビートルズとジョージ・ガーシュウィンやコール・ポーターの違いといってもいいでしょう。その第一の要因は彼らが「シンガー・ソングライター」であったことだと思います。

歌手が自作曲を歌う、今ではごくふつうのことですが、前述のようにジャズ・ヴォーカリストはあまりそういうことをせず、また、ポップス、ロック畑でも、1960年代まではごく一部のミュージシャンしか「自作自演」はしなかったのです。自分たちが作った楽曲を歌えば個性が出せるのは当然ですが、作曲能力と歌唱能力を兼ね備えた人間が稀なのは当然でしょう。ビートルズはその「稀な人たち」だったのですね。

このことをジャズ・ヴォーカリストの側から見れば、「二重の縛り」となります。早い話、ガーシュウィンやポーターは歌手ではないですし、彼らの「身代わり」で歌ったブロードウェイの歌手たちの歌を聴いた人々は、今では明らかに少数派です。つまり、ガーシュウィン、ポーターに代表される伝統的スタンダードは、「比較されるべきオリジナル歌唱」のイメージを、今やほとんどのジャズ・ファンはもってはいないわけです。

ですから「比較の対象」は同業の他のジャズ・ヴォーカリストたちということになり、そこが私たちジャズ・ファンの聴きどころでもあったのですね。まあ、これはフェアな勝負といっていいでしょう。

他方、ビートルズ・ナンバーともなれば私たち団塊世代はいうまでもなく、少なくともその下十数年ぐらいまでの世代の方々は、ジョンやポールの個性的なオリジナル歌唱のイメージを色濃く刷り込まれているのです。ということは、作曲者の個性が色濃く出ている他人の楽曲で自分の個性的魅力を発揮しなければいけない困難だけでなく、その「オリジナル歌唱」との比較を否応もなくされる「二重の困難」というわけです。これはどうしたってオリジナルが有利でしょう。

そしてその二重の困難にどう対処したのか、というのが今回の特集の聴きどころでもあるのですが、ほんとうにそのやり方は多種多様なのですね。この「多様な解釈」というか「対処法」のありようがじつに興味深いのです。

つけくわえれば、彼らがグループであったことも非常に重要な要素だと思います。それも、ビートルズ以前のイギリスの人気バンド、「クリフ・リチャードとシャドウズ」のような、リーダー歌手とそのバック・バンドのような関係ではなく、ジョンとポールという優れた作曲能力をもった超弩級スーパー・スターがふたりもいる「チーム・グループ」なのですから、これは強力極まりないでしょう。しかもこのふたりの個性が対照的なのですから、そこから生まれる音楽的創造力の広がりには、なまなかなことでは太刀打ちできるものではないのです。

そして言うまでもありませんが、ジョージ、リンゴの存在もこのチームの総合的魅力の力強い源泉でしょう。ジョージは「サムシング」の作詞・作曲者でもあり、ジョン、ポールとは異なった資質の持ち主です。また、リンゴのドラミングがビートルズの演奏に独自の魅力を与えていたことはよく知られています。

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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